このキャンプ場にはエルフがいる。
金澤流都
焼いたマシュマロの味
彼女と初めて会ったのは5歳のときだ。僕は両親に連れられて、隣町のキャンプ場に二泊のキャンプに来ていた。
父と母はキャンプ場で出会った人たちで、僕にも大自然を体感させたかったようだし、僕も家よりずっと開放的でクワガタやカブトムシがうじゃうじゃいるキャンプ場をすぐ気に入った。
父の熾した小さめの焚き火で焼いたマシュマロがとてもおいしくて、でも口の中をやけどしてアチチチ……と、水汲み場に水を飲みに行ったところで、彼女と出会ったのである。
「口の中、やけどしたの?」
僕よりずっと背の高い女の子にそう声をかけられた。耳がとんがっている。不思議な服を着ている。
でも僕は子供だったのでこういう人もいるのだな、程度の認識で、「うん」と頷いた。
「じゃあ回復魔法かけてあげるね」
彼女はなにやら呪文をボソボソと唱えた。僕の口のやけどはきれいに治った。
そのことを親に報告したものの、父は缶チューハイでヘロヘロだったし、母は眠そうで、なにも聞いてもらえなかった。
それから毎年、夏休みになるたびに、我が家はそのキャンプ場に向かった。虫を捕まえたり、バーベキューをやったりした。彼女はちょっとずつ距離を縮めてきて、僕が小学校4年くらいのころには当たり前にしれっと我が家のバーベキューに参加していた。両親もどうとも思っていなかったが、もしかしたら見えていなかったのかもしれない。
両親が寝てしまってから、僕は昼間仕掛けた虫のライトトラップをこっそり見に行った。彼女は当たり前についてきた。
「きみさ、どこに住んでるの?」
「んー、山!」
ザックリしている。
「そーゆーあんたこそさ、なんで夏しかこないの?」
「キャンプだからね。冬のキャンプをするには、ここは寒すぎるから」
二人でライトトラップを見る。特大のカブトムシがいたので捕まえて虫かごにいれた。
「きみさ、もしかしてエルフ、ってやつ?」
「なんで知ってんの?」
「アニメで観た。エルフってすごく長生きするんだよね、だから毎年来ても見た目があんまり変わらないんだね」
「そうだよ! ヨユーで千年生きるし!」
彼女は朗らかにそう言うと、カミキリムシを捕まえた。カミキリムシは激怒してチキチキ鳴いている。
僕はそういうものなのだと理解した。夏休みのキャンプでここにくれば彼女に会えることも、僕が爺さんになっても彼女はこの可愛らしい見た目であることも理解した。
「来年も来る?」
「たぶんね。わかんないけど……」
小学生のうちは、毎年かならずキャンプに行って、彼女と話すのが楽しみだった。彼女はすごく長生きしているから、いろいろな昔のことを、つい昨日のことのようにニコニコ話す。
「戦時中はね、小学生の宿題でわらびをたくさん摘んでくるなんてのがあったんだ」
「高度経済成長の時代に、この山も崩して団地にしようか、って話もあったんだよ」
「バブルのころ、この近くにいっぱい別荘が建ったんだけど、みんな廃屋になっちゃったな」
「平成のころの子供はみんなゲームボーイとかDSとか持ってたっけ」
彼女と話すのは、僕にはいない祖父母と話すようで、とてもとても楽しかった。
僕は中学生になった。中学校は部活強制の学校で、しかも部活の種類もさほどなかったから、成り行き上しかたなくサッカー部に入った。
そうしたら家族の休みとサッカー部の合宿が重なってしまい、僕はキャンプに行けなくなった。
でもサッカー部はけっこう楽しかったので、いつしか彼女のことなど忘れ、高校に進学しても僕はサッカー部で走り回っていた。
大学生になってスポーツはやめたものの、東京に出ていった僕はもちろん田舎でキャンプなどできなかった。彼女のことは、もうほとんど忘れてしまった。
僕は社会人になった。毎日忙しく働いているうちに、彼女ができ、同棲し、結婚し、あっという間に子供ができた。それなりに父親として頑張って、どうにか娘が旅行やキャンプに耐えられる年ごろまで育ったので、僕は夏休み、妻と娘を連れて故郷の田舎に遊びにいった。
両親は相変わらずキャンプ好きなようで、じゃあキャンプに行こうか、ということになった。
昔よく訪れたキャンプ場は、すっかり寂れていたものの、いまも営業していた。父とテントを組み立て、バーベキューの支度をして、食材の用意が済むまで娘とカブトムシを探していると、どこかで聞いた声が投げつけられた。
「人間の成長は一瞬だね」
振り返ると、子供のころから何も変わらないエルフの彼女が、ニコニコと僕のほうを見ていた。
思い出すのは、アツアツに焼いたマシュマロの味。
このキャンプ場にはエルフがいる。 金澤流都 @kanezya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます