まめさんと卵
「まめさん、次は何飲む?」
百瀬は話題を変えようとしたが、まめさんは目を逸らさないで応じる。
「人間が人魚の肉を食べると不老不死になるって事はさ、人間成分と人魚成分が反応すると、不老不死になる因子みたいなのができるって事じゃない?」
「まあ、そう……なのかな」
百瀬はしぶしぶ相槌を打って座る。まめさん、どうしたのだろう。なんだかいつもと雰囲気が違う。
「てことはさ、2つが混ざると不老不死因子ができるって事になるじゃん。人間が人魚を食べても、人魚が人間を食べても」
「理屈で言うと、そうなるのかもね」
まめさんの目にみるみる涙が浮かぶ。
「えっ? どうしたのまめさん? 大丈夫?」
「大丈夫じゃない! だってさ、そうだったらさ、もし人魚と人間が結婚して子供が生まれたらさ、その子は人間成分と人魚成分のDNAが混ざった状態なわけだからさ、生まれながらに不老不死になっちゃうってことでしょ?」
「え?」
「そんなの可哀そうじゃん! ずっと一人だけになったりとか。てか、ずっと赤ちゃんのままの可能性まであるじゃん!」
可哀そうすぎる、と言ってまめさんはわんわん泣いた。こいつ、酔ってるな?
「大丈夫だって、まめさん。もしそんな事になってるんだったら、きっとニュースになってるよ。そんなの聞いた事ないでしょ?」
「ないー」
「じゃあ、そういうシステムじゃないんだよ。たぶん人魚と人間が結婚しても大丈夫なんだよ。ほら、餃子食べよ」
ていうか、人魚自体だって、という言葉は飲み込んでまめさんの口に餃子を運ぶ。まめさんは泣きながらあーんと口を開けて餃子を食べる。
「おいしいー。好きー」
「うんうん。俺も好きだよ」
と、がばっと泣きながらまめさんが抱き着いてきた。ちょっと何なのこの酔っ払い。泣いたままぎゅっと顔を肩口に押し付けてくる。まだ涙が流れているのか、肩口が妙に熱い。
「百瀬……」
まめさんが顔を上げて見つめてくる。濡れた目から流れる涙のしずくがキラリと光ってポロっと落ちた気がした。が、それどころではない。百瀬は甘ったるい磯の香りの中へと顔をうずめた。
##
まめさんとそういう事になった次の日から、まめさんは百瀬の家には来なくなった。メッセージを入れれば返事は帰って来るものの、会おうと誘うと、なんのかんのと理由を付けて断られた。
「まずかったかのかなあ」
百瀬はできるだけ平静を装っていたけれど、混乱していた。そしてだんだんと連絡を取る事自体が少なくなり、お盆も近くなったころ、突然まめさんが百瀬の家のドアを叩いた。
「まめさん!」
「海の家の仕事も終わったから、にんぎょの海に帰る事にしたの」
百瀬の言葉に被せるように、まめさんは下を向いたまままくし立ててきた。
「いろいろありがとうね。楽しかったよ。……これ、受け取ってくれるかな」
まめさんは顔を上げてぎこちなく微笑むと、ひとつの箱を差し出した。受け取って開けてみると、そこには綿にくるまれた1つの卵が入っていた。見た目も大きさも鶏卵のL玉ほどだ。というか、これは鶏卵なのでは。
「卵……?」
「それ、にんぎょの卵なの」
「にんぎょ……の?」
「本当は私が育てようと思ったんだけど、いろいろあって、無理で。だからね、それを私と思って大事にしてね」
「え?」
「邪魔だったら卵かけご飯にして食べてもいいから!」
「まめさん?」
「ごめん。いろいろ言うつもりだっただけどこれ以上はむり」
そう言うとまめさんは百瀬をぎゅっとハグし、そして名残惜しそうに体を離すと、振り返る事なく去って行った。
「にんぎょの卵……?」
残された百瀬は、混乱したまま箱の中に入った卵を見つめた。いったいこの卵はなんなんだろう。にんぎょという事を貫くための、まめさんなりのけじめなのだろうか。
その日を境に、まめさんからの連絡はなくなった。あの子は、まめさんは一体なんだったのだろうか。
そういえば最後まで名前、聞いていなかったな。百瀬はもやもやと考えながら、ひとり眠りにつく日々に戻った。
──その胸に大事そうに卵を抱きながら。
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