まめさんとイタリアン餃子
まめさんは料理が好きだった。すごい上手かと言われたらそういうわけではないのだけど、とにかく自分でおつまみやご飯を作りたがった。
あの夏、百瀬とまめさんはなかなかのペースで一緒に飲んだ。外のお店に行く事は少なく、大抵はまめさんが食材を買い込んで百瀬のアパートへと押しかけて来た。料理がしたい、との理由だった。
「海の中だとさ、なかなかフライパンとか使えないからさ」
まめさんはそう言ってざんざかいろいろな物を焼いた。台所のコンロではなくカセットコンロを部屋のテーブルにおいて、そこで焼きながら飲むスタイルがお気に入りだった。
得意な料理は餃子。しかも、肉餃子とか野菜餃子とかではない。まめさん曰く「イタリアン餃子」らしい。
ちぎったモッツアレラチーズを塩こしょうしたひき肉と混ぜて、パスタのバジルソースとチューブのにんにくを混ぜる。時々本物のバジルも入れるけど、パスタソースの方が話が速いのでだいたいこっちだった。
そうやって作った餡を、さいの目切りにしたトマトと一緒に餃子の皮で包む。まめさんはトマトを潰さずに切るのが苦手で(スパっと切りたすぎてついつい力が入り、押しつぶしてしまうのだ)、トマト切りはにんげんである百瀬の役目だった。
コツは、包丁を信じてトマトの上でスッと滑らすこと。決して上からは押さない。すると包丁自身の重みと切れ味で綺麗にカドを立てたまま切れるのだ。たぶんまめさんは、にんげんを信じきれないで、おのれの力だけでトマトを切ろうとしているのだろう。実は内心、怖がっているのだ。大丈夫だよ、まめさん。百瀬は勝手にそう思いながらトマトのキューブを量産していた。
餡を包んだ餃子をフライパンに丸く並べたら、半分隠れるくらいまでお湯を注いでそのまま煮る。くつくつと音を立ててお湯に溶けた餃子の皮の粉の泡を見ながらオリーブオイルを用意し、お湯が蒸発してきたころあいで回しがけして蓋を閉じる。
ちょっと蒸し焼きのような感じで焼いたら蓋を取って、焼き目がカリッとするように、そして、フライパンにくっつかないように揺らしつつ焼く。
まめさんが言うには、揺らしすぎるといい焼き目が付かないが、揺らさな過ぎるとくっつくリスクが固まる。その辺りをほどほどにするのがコツだそうだ。ころあいになったら火を止めれば完成だ。
まめさんはフライパンの上にカパッとお皿を逆さに被せる。そして百瀬の方を見て頷くと、「ほっ!」と声を上げてひっくり返し、フライパンをどける。お皿の上に、餃子の花が咲き、2人は「おおー」と拍手して互いに礼をする。そうなったら乾杯だ。
まめさんは、おしょうゆにマスタードを入れたタレが好きだった。「これ、にんぎょ的にはスタンダードなソースだから」と言って美味しそうに餃子を頬張ってビールで流し込む。百瀬はそんなまめさんを見ながら飲むビールが好きだった。
「それにしても、にんぎょの料理を食べながら飲む事になるとは」
「何? 不満なわけ?」
「や、いつも助かってます。にんぎょの料理かあ、そう言えばさ、人魚の肉を食べると不老不死になるって話あるじゃん?」
「あー、聞くね」
「あれってどうなのかな」
「それ私に聞く?」
まめさんは笑いながら百瀬を軽く睨む。
「食べてみる?」
まめさんはぐいっとスカートの裾を太ももまで上げてみせ、百瀬は思わずむせて目を逸らした。
「何してんの」
「あはは。照れてる? いっつももっと上まで水着で見てるじゃん」
「それとこれとは話が違うから」
正直、エロいと思いました。そう口には出せずに百瀬は怒ったふりをしてビールを飲む。にんぎょの考えはよくわからん。
「人魚の肉かあ」
「え?」
まめさんはちょっと焦点の怪しくなった目で百瀬を見つめる。
「人間が人魚の肉を食べたら不老不死って言うけどさ、じゃあさ、人魚が人間の肉を食べたら、――どうなるんだろうね」
まめさんは百瀬から目を離さずに、ゆっくり微笑む。食べてみる? 百瀬もそう言おうと思ったが、なぜか言わない方がいいと感じた。その言葉をビールで喉の奥へと押し込んで、曖昧に首を傾げた。
まめさんはまだ、百瀬を見つめていた。
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