第3話
「なにかが入っているって、どうして分かるの?」
「伯父さんだったの、私の。一昨年亡くなったんだけど。がんだったから、告知されてから親類が集まったの。
そこで知ったの。あのアパートは伯父さんが経営者だったの。空き地は駐車場だったんだけど、当時は車を持っているひとが少なかったのと、住人は仕事に行っていて空き地に見えていたみたい。宗教関係のひとは住んでいなかったって。いきなり嫌がらせが始まって警察まできて、気づいたら住人がいなくなって廃業するしかなかったって。
そして、その、お菓子をくれた女のひとも、伯父さんだったの。女装癖があったみたい。メイクをして、ライトを使って光の効果で女のひとに見えるように。
もうすぐ死ぬからと、伯父さんは心の内を親類に打ち明けたの。
女装をしていただけなら誰にも迷惑はかけなかった。伯父さんは独り身だったし。
けどやっぱり、寂しかったのかな。子どもたちが駐車場に遊びにくるようになって、嬉しくなったんだろうね。
今なら知らない子どもに声をかけるだけで怪しまれるけれど、あの当時はそこまでじゃなかったもんね。
あまり深く考えないで、子どもたちにお菓子をあげただけみたい。健康に育って欲しいって。けど女装したおじさんがお菓子をあげるなんて気味悪かったかな、って自分も悪かったかなって。だから理不尽な嫌がらせにも黙っていたみたい」
なにを言っているのだというような目で、彼女は私を見る。
私は構わずに続ける。
「あのときって、すぐに眠れた気がするの。「夢みたいな場所」に行ったとき。あのお菓子、今思うとハーブとかスパイスとか入っていたんじゃないかなって。疲労回復とかリラックス効果のあるものが。伯父さん健康オタクだったからそっち系に詳しかったみたい。よく自分でスパイス調合したカレー作ってたし。健康オタクだけどがんだなんて、皮肉だよね。けどそんなものか、人生なんて」
彼女は青ざめた顔をしていました。
常にカースト制の上位にいて友人の気持ちも思いやれる美人で性格のいい彼女は人気者でした。
大人になってからも、こうして私の誘いにも応じて会ってくれました。
私はただ、ふと思い出しただけです。
あの丁字路の、信号待ちの車の中で。急に。
子どもの頃に見た女装したおじさんが、彼女と重なったのです。
子どもの頃から身長が高くてスタイルのよい彼女はなにを着ても似合っていました。 細身のパンツもフリルのスカートも、着こなしていました。
そんな彼女に憧れて当時、私はフリルのついた服を着てしまいました。
似合わないフリルの服を着た私を見た友人の顔を、一瞬のうちに思い出しました。
そうしてその無様な私を見た彼女の表情も。
優しい彼女はすぐに切り替えて「かわいい服だね」と言いました。
服が、かわいいと。誰も傷つかない台詞選びに今さら感心しました。
そうだ、人気者の彼女なら、「夢みたいな場所」の話をたくさん知っているかもしれない。
私は彼女に会おう、会わなくてはと思いました。
自分がいくらか周りと違うからといって、理不尽な扱いを受け入れるなんてどうなんだろう。
自分が周りと違うからといって、自分の気持ちを押し殺すなんてどうなんだろう。
似合わないフリルの服を着た私は、誰かに迷惑をかけたのでしょうか。
その服は当時、親に買ってもらったものです。正統な対価を支払い、お店から買ったものです。
偶然、今日はおじさんの命日だったのです。
彼女をお墓参りに誘ったら、なんと答えるでしょうか。
夢みたいな場所 青山えむ @seenaemu
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