第2話

 アパートは二棟ありました。

 それらは恐らく同じ経営者のものでしょう。同じくらい古くて同じデザインでしたから。


 気になったのは、建っていた場所です。

 画面で説明すると左から、アパート・空き地・アパートでした。


「今思うと駐車場だったのかも」


 彼女はぼそりとつぶやきました。



 子どもは想像力が豊かです。


「あの空き地には死体が埋まっている」


 当時、誰かがそう言ったそうです。


「あのアパートには怪しいひとが住んでいる」


「宗教団体だ」


「あの時間に家にいるなんておかしい」


 当時の私たちは、大人は午後五時まで働いている、という認識でした。

 そうして私たちは、午後五時になる前に家に帰っていたのです。


 なので私たちが遊んでいる時間帯に家にいる大人というのは働いていない大人、つまり所属がはっきりしない怪しい存在。


 子どもは短絡的でしょうか。単に知識や情報が未熟なだけだったのではないでしょうか。

 それが当時の私たちには全てだったのは仕方がありません。みんな、そんなものです。


 そして、そうした話はおもしろい。

 怖い、不気味、噂、都市伝説。

 噂は尾ひれがつき広まってゆきます。

 彼女のような人気者を中心に。


 一人ではありません。

 複数人の証言があるのです。真偽はともかく。

 そうした証言と噂から出来上がったのが、アパートには怪しいひとが住んでいて子どもに声をかけて薬を飲ませる。だから記憶が曖昧でいくら探しても見つからない。

 あのアパートが諸悪の根源、子どもたちはそんなイメージを持ったそうです。


 悪ガキ、というのでしょうか。

 元気のあり余った男の子数人組が、アパートの住人に嫌がらせを始めました。

 ピンポンダッシュから始まり、泥の団子や石をアパートに投げつけたそうです。

 

 親が警察官だという子が、クラスにいました。

 正義感の強い彼女は警察官の親に言ったそうです、噂を。

 ただの噂だったなら、子どもの冗談かと、信じなかったかもしれません。

 けれどもその警察官の子も、夢みたいな場所で遊んだことがあるのです。

 しかも知らないひとにお菓子をもらったそうです。


 知らない大人が知らない子どもに接触した。一歩違えば誘拐にもなりかねません。

 この事実が警察官を動かしたようです。


 アパートに警察官が行きました。

 詳しい内容は分かりませんがそのあと、アパートからは何人か引っ越して行ったそうです。



 恐ろしいことです。

 なにが本当だったかは分かりません。

 空き地に死体は埋まっていたのでしょうか。

 子どもの頃にそんなニュースは聞いた覚えがありません。

 そんなことがあったならさすがに大ニュースになっているでしょう。


 宗教団体が住んでいたのは本当でしょうか。

 住んでいたとして、なにか悪いことをしたのでしょうか。

 全て噂です。憶測です。


 けれどもそのアパートからは人がいなくなり、そのうち雑草が生えて荒れていたそうです。

 アパートは取り壊され、私や彼女たちの記憶はさらに曖昧になったのです。



 これでこの話題は終わり。彼女からはそんな空気が流れていました。

 彼女は注文したアイスティーを一口飲みます。

 彼女が次の話題を口にする前に、私は発言しました。


「もう一度、よく思い出してみて」


 私はゆっくり、彼女に言いました。


「なにを思い出すの?」


「その、夢みたいな場所。お菓子、もらった? 誰に?」


「確か、女のひと。知らない女のひとにお菓子とジュースをもらった」


「どんなひとだった?」


 彼女は少し黙って思い出すような仕草をした。


「うーん、さすがにそこまでは」


 考えてから答えました、本当に覚えていないのでしょう。




「じゃあ、私が覚えていることを言うね。薄暗い日だった気がする。そこに強烈な光。テーブルとイスのセット。

 野外でティータイムって感じの白いテーブルセット。そこにフリルの服を着た女のひとがお菓子を持ってきたの。

 入ったお菓子とお茶。ティータイムが始まった」


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