第13話 古豪パーティー『アンビシャス』

 開かずの扉も一度開いてしまえばただの扉。


 一週間、開く気配のなかった事務所の扉は、ジョーカーの訪問からわずか三十分後に再び開かれた。


「すみません。表の看板を見たんですけど……」

「はいはい! 座って座って!」


 ジョーカーと違って一目見てお客さんとわかる風貌だったので、逃げられる前にソファに案内する。

 二件目のお客さん。大切にしないとな。


「まずは名前を聞かせてくれ」


 スーツのオッサンと地味な事務所に似合わない可憐なメイドに営業スマイルを向けられた女性は困惑の表情を浮かべながら名乗る。


「ナナンです。Bランク冒険者で、ジョブは弓使い」

「ナナンさんか。可愛い名前だね。麗しいお姿にぴったりだよ」

「セクハラ!」


 隣からジト目を向けられてしまった。そんなに怒らなくてもいいだろ。


 しかしナナンさん。お世辞抜きで可愛いな。桃色のショートボブにパッチリとした目は明るく元気な幼馴染って感じ。気高い美人のクックとは別方向の庶民的美貌の持ち主。


 ただし服装はやや刺激的。たわわな胸の谷間を見せつけ、肉感のある脚を見せつけるようなショートパンツ。日本だったら痴女判定されかねない装備だ。


 もっとも、俺もこの世界に来て一週間。水着のような露出だらけの装備を身に着けている女冒険者が平気で通りを歩いているところを見たことがある。


 この程度の露出は普通なんだろう、と平静を保つ(ただし視線は胸と足を行き来してしまうのはオッサンの性。許して)。


「それで、追放代行サービスって……」

「パーティーメンバーを依頼主に代って追い出すというサービスだ」

「本当に追い出してくれるんですか?」

「依頼の対象が追放されるに足る理由を有していれば、必ず追い出すよ」

「それは問題ありません。たぶん」

「たぶん?」

「確証がないんです。まだ疑惑の段階。でも、もしその疑惑が現実だったら、一緒にやっていくことはできません」


 どうやら訳ありのようだ。

 詳しく話を聞いてみよう。


「私は『アンビシャス』というパーティーのサブリーダーです」

「アンビシャス?」クックが驚いた声を出す。

「知っているのか?」

「ええ。有名よ。数年前にすい星のごとく現れて、一躍最強と言われたパーティー。リーダーとサブリーダーがSランクで、特にリーダーはSランクの中でも別格に強かったらしいわ」

「へえ、すげえじゃん」

「ただ、突然壊滅した」

「壊滅?」

「はい。十人近くの大所帯だったそうですが、ミッションの途中、一人を残して全員死んだそうです。原因は不明」ナナンが悔しそうに俯く。


 Sランクの中でも最強の冒険者が? なにがあったんだ?


「ちなみのその唯一の生き残りが現在のリーダーです。私は彼に誘われて加入した新メンバーになります」

「アンビシャスが今も続いているとは思わなかったわ」

「古豪ってやつですね。今は少人数で活動しています」

「何人?」

「私を含めて三人。リーダーのパステラさん、そして魔法職のラン。パステラさんはAランクで、ランはBランクです」

「じゃあ追い出したいのはランさんってことかしら?」


 普通に考えたらそうなるよな。まさかリーダーを追い出すなんて……、


「いいえ。追放したいのはパステラさんです」

「……念を押させてもらうけど、うちはトップを追放してリーダー権を奪ってやろう、みたいな不純な動機は受け入れないぞ」

「そんなわけありません!」


 確認のつもりだったんだけど、立ち上がって怒鳴られた。すぐに「すみませんと」申し訳なさそうに謝ってきたけど。


 まあ俺としてもこんな実直そうな女の子が謀反を企てていたら、もう人間という生き物を信じられなくなってしまう。邪な考えがないようでとりあえず安心した。


 しかしリーダー追放か。

 しかも全盛期のメンバーの唯一の生き残りだぞ。普通なら尊敬する相手。


 よほどの理由があるんだろう。


「理由を教えてくれ」


 ナナンはわかりましたとため息交じりに頷いて、


「『森の蛮人たち』はご存知ですよね?」


 そんな『新宿って知ってますよね』みたいなノリで言われても。西日本育ちからしたら東京もサンパウロも別世界なんだよなぁ。


「この人異世界人だから。常識を知らないのよ。赤ちゃんと思って接してあげて」

「馬鹿にしてる?」

「ごめんなさい。森の蛮人たちというのはですね……」


 ざっくりと説明してくれた。


『森の蛮人たち』は簡単に言うと野盗だ。


 王都の周りは『隔ての森』という広大な森に囲まれているんだけど、そこに王都を追われた犯罪者や闘争を求める冒険者が集まってゲリラ組織を形成している。


 別の都市に移動する車や、森を通ってミッションに向かう冒険者を襲って金品を強奪しているらしい。


 複雑に張り巡らされた地下空間をアジトにしているようで、警察や野盗討伐の依頼を受けた冒険者が制圧しようとしても簡単に逃げられるし、深入りすると地形理解の差で奇襲を受けてしまう。


 しかも蛮族の割に統制が取れていて、どこから調達したのか最新の武器やら防具やらも整っているから、生半可な戦力では太刀打ちできない。結局、今も勢力を拡大し続けているようだ。


 森の蛮人たちは王都の住人の敵。喫緊の課題というわけ。


 一応、殲滅作戦の方針は決まっている。


 本来なら協調性のない野盗が組織を成しているということは、その影には決まって優秀なリーダーの存在がある。


 鈴羊ベルウェザーが死ねば残りの羊は散り散りになる。国はリーダーの首を取ることで組織を瓦解させようとしているようだ。


 もっとも現状はリーダーの素性をまったくつかめていないでいる。男か女かすらも分かっていないレベル。

 森の蛮人たちの脅威はしばらく続くだろう。


 一通り話を聞いた感想。


「悪をまとめるカリスマ性と実力。一切情報が漏れない用心深さ。優秀なリーダーなんだなあ」

「あんたと違ってね」

「カリスマ性の欠片もなくて悪かったな!」


 万年派遣社員が出せるオーラなんて小学生にも通用しない。正月に会う親戚のガキが俺にだけ舐め腐った視線を向けるのを俺は知っている。

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