第12話 冒険者基準監督官


 一週間ぶりの来客は不気味なサングラスのイケイケ兄ちゃんだった。


「しけてるねぇ」


 男は開口一番そう言うと、勝手に室内に上がり込んで(土足!)ソファに腰掛けるて顎髭を触りながら事務所を見回す。


 ……なんかちょっと怖いなあ。


「あのー、依頼でしょうか?」


 平身低頭で彼の前に座ってから尋ねると、


「いや、そうじゃない」

「じゃあなんですか? 取り立て?」ヤクザっぽいし。

「ふっ。俺の正体ならそこのお嬢さんが知ってるはずだぜ」


 指さされたクックは心底不快そうな顔を浮かべる。


「どうなんだ? 知ってるのか?」

「……冒基」吐き捨てるように言った。

「冒基?」

「冒険者基準監督官。端的に言うと冒険者協会に所属するパーティーが違法行為に走っていないか監視する組織よ」

「組織と言ってもメンバーは五人だけ。『カード』っつてな。協会から直々に冒険者パーティーの秩序を守るよう依頼された協会お抱えパーティーなのさ」


 話を聞くと、どうやら労働基準監督署と同じような立場らしい。


 パーティー内での不祥事があったときに所属するメンバーが冒基に内部告発したり、パーティー間でトラブルがあったときに仲裁の依頼をしたり。

 そうして駆け付けた冒基が事実確認をして、冒険者協会のルールに違反する行為が認められれば対象者を処罰するらしい。


 つまりは冒険者協会の警察というわけだ。


 なるほど。パーティークラッシャーことヘルゼンクックさんはしょっちゅう身内から通報されて冒基のお世話になっているはずだから、こんなに嫌な顔をしているんだな。納得。


「冒険者ってのは力があれば何をしてもいいと勘違いしやがる。誰かが目を光らせておかないと、賄賂やらミッションの横取りやら不正報告やら、悪事がのさばっちまうのさ。バカな奴らだ。力を振りかざしていいのは頂点に立つ者だけだというのに」

「じゃああなたは強いんですね」

「強い、か。まあそうだな。『カード』のリーダーである俺が弱かったら冒険者の秩序が乱れちまう」

「リーダーですか」

「ジョーカーだ。よろしく」

「羽倉です」


 握手を交わす。ごつごつした手だなぁ。歴戦の猛者って感じがする。


 クックがキッチンで淹れてきたコーヒーをテーブルの上に置く。

 ジョーカーは「ありがとう」とほほ笑んだ。ミラーレンズなので目は見えないが、口角が上がっているのを見れば笑っているのが分かる。レディに優しい紳士。

 ま、クックは親の仇でも見るかのように眉間にしわが寄ってるけどな。どんだけ嫌いなんだよ冒基のこと。


「で、冒基のトップが何の用ですか?」


 意外と優しそうだったので気兼ねなく本題に移った。


 ところがジョーカーの雰囲気が一変する。口角を戻して俺に向き合うと、声のトーンを露骨に下げて、


「いやなに」座ったまま前かがみになり「どうやら怪しげなサービスを始めた事務所があると聞いたものでな。その調査に来た」詰め寄るように言った。

「…………」

「これ、お宅だろ? 冒険者協会の前で配ってたらしいじゃねえか」


 数日前に俺が配った追放代行サービスと書かれたチラシをひらひらと揺らす。


 や、やべえ……。完全に仕事人の顔をしている。次の瞬間ナイフで襲い掛かられても不思議じゃないくらい冷徹なオーラがある。


 もしかして追放代行サービスってアウト?

 そりゃそうか。だって冒険者基準法ではメンバーの追放は認められていない。あくまで任意脱退。追放なんて言葉は存在してはいけないんだ。


 くそ。事務所名をもっとマイルドにしておけばよかった。『お友達とバイバイ協力隊』みたいな感じで。これなら追放とは思われないだろうから。


 青ざめる俺に、ジョーカーはふんぞり返ってクックックと悪役みたいに笑う。


「冗談だよ。安心しろオジサン。別に構わねえよ」


 お、おじさん……。

 五つくらいしか変わらない気がするけど。


「で、でも追放ってマズいんじゃ」

「冒基のトップが言うんだから間違えねえ」

「ほっ」

「ただし」また前かがみになって、今度はより一層ドスのきいた声で「上手くやってくれってことだ」


 たった一言の忠告。

 それなのに。

 ゾクッと体の芯から震えた。

 クックと初めて対峙したときも震えたけど、それとは違う。殺意の波動に心臓を揺らされたような、そんなどす黒い恐怖。


 こいつ、ヤバい。


「ビビらせて悪かったな。でもこっちも面倒事増やしたくねえんだよ。通報が来たら調査しに行かないといけないだろ? 最近は部下に任せきりとはいえ、仕事は増やしたくねえのさ」

「ぜ、善処します」

「なら結構」


 ジョーカーはコーヒーを一気飲みすると「うまかったぜ。お嬢さん」と相変わらず敵意むき出しのクックに笑顔を向けてから立ち上がる。


「それじゃあな追放代行サービスさん。せいぜい通報されないように頑張れよ」


 背中越しに手をひらひらさせながら立ち去るなんてイケてるなぁ、なんて思った平凡なおっさんの俺でした。



 冒険者基準監督官か。

 絶対に敵に回さないようにしよう。

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