第2話 追放代行サービスの始まりは最強のSランク女槍術士

 青年のアジトに向かう途中、隣を歩く青年は何度も俺に心配の声をかけた。


「本当に大丈夫なんですか? おじさん、見るからに弱そうですけど、本当にSランク冒険者を追い出せるんですか?」


 失礼な発言だけど、彼の指摘はもっともだ。俺も逆の立場だったら同じ感想を抱いているはず。


 異世界に来たところで俺がただのオッサンであることに変わりはない。身体能力が向上した感覚もないしな。現に一キロ歩いただけでもう息が上がっているし。

 おそらくFランク冒険者の彼にすらワンパンで負けてしまうだろう。


 普通に考えればSランクに勝てるわけがない。


 だが、そんな俺が持っている唯一の能力。



 スキル『嫌われ者特効』



 字面からいくと、嫌われている人と戦うときに力が増すとかだろう。


 そして、これから対峙するのは王都でも有名な嫌われ者の女冒険者らしい。


(スキルを使えばSランク相手でも勝てるかもしれない)


 もちろんスキルが発動する保証はどこにもない。

 仮に発動したところで大した効果がなく、惨敗する未来だって十分考えられる。

 無謀に近い博打だろう。


(でも、俺にはもうこのスキルに縋るしかないんだ。与えられたスキルで未来を切り開くしかない)


 だから俺は自分を鼓舞するために、あえて余裕の笑みを浮かべて、


「大丈夫。安心しな。必ずキミのパーティーを守ってみせるよ」

「だと良いんですけど」

「それより報酬の件は大丈夫だろうな」

「それはもちろん」


 もし女冒険者を追い出せた際には、報酬として三十万ネーを貰うことを約束した。

 ネーは単位。聞いた感じ、1ネーが一1円と同程度の価値と判断してよさそう。


「三十万で仲間との絆を取り戻せるなら安いものです」


 かくしてビジネス案件を勝ち取った俺は、生死をかけて最強と相対することになる。


「着きました」


 大通りから脇道に入って少し進んだ先の家屋の前で足を止める。


「ほ、本当に呼んできますよ? いいんですね? どうなっても責任は取りませんからね?」

「……念を押すなよ。逃げたくなるじゃないか」

「それじゃあまた会えたら会いましょう」


 まるでエモい青春アニメのラストシーンのようなセリフを残して青年が建物のドアノブに手をかけようとしたその時だった。


 扉が開き、中から女が出てきた。


 その美貌に思わず見とれてしまった。


 黒いリボンでツーサイドアップにまとめた髪は澄み渡った青空のような青色、翡翠の瞳を宿した大きな眼には長いまつ毛がかかり、自信をにじませるように口角が上がった唇は瑞々しい。


 黒を基調としたドレス風の衣装も相まって、これぞお嬢様、といった美少女だった。それこそ彼女と対面した男はみんな頬を紅潮させるだろうという確信を持てるほど。


 それなのに、青年の顔は死神でも見るかのように青ざめていた。


(この反応……彼女が件の嫌われSランク冒険者というわけか)


 青年の存在に気付いた水色髪の美少女が凛とした声で話しかける。


「あら。リーダーさん。こんな時間にどこほっつき歩いていたの?」

「昼食に……」

「へえ。ただでさえリーダーという点を除けば何一つ誇れるものがないポンコツ冒険者なのに、私が書類仕事をしている間も呑気にランチタイムを愉しんでいたというわけね。良いご身分だこと。あ、リーダーだし偉いのよね。偉い偉い」


 すげえい嫌みったらしい言い方で青年の頭を撫でる。性格わりぃな。これを見ただけで王都の人間から嫌われているっていう理由がわかる。


 そんな屈辱を受けても青年は腿の横で握った拳を震わせるだけ。

 明確な上下関係。こりゃあストレス溜めるわ。


「私はこれからご飯だから。書類は机の上に置いてあるから冒険者協会に提出しておいてね。それじゃ」

「ちょっといいかな」


 彼女が建物の敷地から出たところで、勇気を出して立ちふさがる。


「なに? オジサン誰?」


 顎をツンと上げて俺の顔を見上げる。

 目を細め、口をへの字に曲げ、豊満な胸を支えるように腕を組む。見るからに勝気な性格。


(あの弱気な青年が脱退の説得をできないのも納得だな。典型的な高慢なお嬢様タイプ。他人の言葉に耳を傾けるはずがない)


 さて、どうやって追放しようか。

 いきなり暴力はダメだ。俺は大人。紳士だ。順序を踏もう。知的生命体の特権、コミュニケーション。


「話があるんだ」

「私はないけど」

「そう邪険にしないでくれ。大切な話なんだよ」

「どうせあんたもナンパでしょ。そんなことする前に美しい湖畔に行くべきね。そして湖面を覗いてごらんなさい。水面みなもに映る醜悪な顔を見れば、雄大な自然よりも美しい私に声をかけることがどれほどおこがましい行為か気づくでしょうから。それじゃ」


 言うだけ言って俺の横を通り過ぎた。


 ガキが! 大人を舐めやがって! なにが紳士だ! なにがコミュニケーションだ! こうなったら力づくでわからせてやる!


「おい待てよ!」


 侮辱された怒りのままに肩を掴んで止める。


「なに?」


 顔だけ振り向いた彼女。その視線は殺意が込められていた。

 あまりの凄味にスンと怒りが引き、一歩後退る。


(くっ! これがSランク冒険者! まるでヒグマに睨まれたみたいな死の恐怖が全身を駆け巡る!)


 ……でも、どうしてだろう。

 なんとなく、負ける気がしない。


(力が……湧いてくる……!)


 大勢の人間から嫌われている彼女と相対したことで『嫌われ者特効』が発動したんだ。体感的にわかる。


(勝てる……! 勝てるぞ! Sランクだろうが相手じゃねえ!)

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