第3話 スキル『嫌われ者特効』の真価
王都中の嫌われ者を前にして、スキル『嫌われ者特効』が発動した。
身体能力の飛躍的な向上を実感すると、もう恐怖はない。
目の前の最強冒険者はただの年端のない小娘だ。
俺は余裕の笑みを返す。
「なあ。俺と決闘しないか?」
「はあ? いきなりなに?」
「実は俺、キミの所属するパーティーのリーダーから君を追放するよう依頼されているんだ。で、実際会ってみたら想像以上に生意気だから、ちょっとお仕置きしちゃおうかと思って」
「……ふーん。お仕置き、ねぇ」
彼女を中心にドッと風が吹いた。木々が揺れる。空気が揺れる。水色の髪がなびく。
少年漫画みたいなオーラは見えないけど、明らかな圧を感じる。
「この私が誰だかわかって言っているのかしら?」
しかし俺は怯まない。
「知ってるよ。Sランクの槍術士なんだろ? さっさと槍を持ってきな。素手の女の子を倒したって意味がないからな」
「ほんと面白いオジサン。いいわ。本気で相手してあげる」
彼女は俺から数メートル距離を取ると、右手を前にかざし、
「顕在せよ! 氷槍クールグラス!」
冷気が集まる。虚空が凍てつく。それはすぐに二メートルの巨大な氷塊になり、そしてはじけ飛んだ。
一本の槍が地面に突き刺さっていた。透き通った氷晶の三叉槍。
彼女は背丈よりも長いそれをつかみ取り、クルクルと器用に回してから、穂を俺に向けて不敵な笑みを浮かべ、
「
ヘルゼンクックっていうのか。
見た目通りの美しい名前だ。
同時に圧倒的な強さも感じさせる。
並の人間では太刀打ちできない。そんなオーラが。
それでも、俺の方が強い。
「なあ。提案していいか」
「な、なによ」
終始攻勢だったヘルゼンクックだが、俺があまりにも余裕の態度なので、ここにきて困惑した様子をみせ始める
「お前、俺に勝つ自信があるんだろ?」
「当然じゃない。こんな辛気臭いオジサンに負けたら末代の恥。一生表通りを歩けないわ」
「じゃあさ、もし俺が勝ったらなんでも言うことを聞くか?」
「意味がわからない。実に下らない提案ね」
「負けるのが怖いのか?」
「違う。わざわざそんな条件を受け入れる理由が見つからないの。どうして喧嘩を吹っかけてきた相手が得するような条件を飲まないといけないわけ?」
「なるほど。たしかに失礼な提案だったな。だったらこういうのはどうだ?」
そう言って俺は右手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「左手。俺は左手一本で戦う」
「…………」
「ちなみに利き手は右だ。左手だと文字も書けないくらいには使えない。これくらいハンデをつければいいだろ?」
「……クスッ」
唖然としていたヘルゼンクックが噴き出したかと思うと、通りに響くくらいの声で笑う。
「アハハハ! なにそれ! 正気?」
「もちろん」
「ちょっとオジサン!」見かねた青年が声を上げる「意地張ったらダメですって! 彼女は尋常じゃないほど強いんですよ! むしろ彼女が左手一本で戦ってくれないと。それでも歯が立たないくらいなのに」
「心配ご無用。絶対に勝つ。そしてパーティーを追放させる」
「その余裕、どこまで続くかしら? さあ、覚悟はいいでしょうね」
ヘルゼンクックが腰を下ろして槍を構える。
俺は右手をポケットに突っ込んだまま棒立ち。
両者の距離、五メートル。
勝負は一瞬でつくだろう。
雪の降る夜のように静まり返る。
微かな呼吸音に支配された空間で、槍が放つ凍える冷気に当てられた小石がピシッと音を立てて割れた。
その瞬間、膠着は解かれた。
動いたのは、ヘルゼンクック。
「やあっ!」
低く前に跳び、両手で握った槍を突き出す。典型的な直突き。
宙を飛ぶハエすらも容易く貫く速さで、氷柱のように鋭い三本の穂が俺の喉元を狙う。迅疾かつ正確無比な一撃。
だが俺は慌てなかった。慌てる必要がなかった。
なぜなら、彼女の攻撃はあまりもスローモーションだったから。
まるで動画の再生速度を〇・二五倍に落としたように、迫りくる槍の先端の軌道を余裕をもって視認できる。
(これも『嫌われ者特効』のおかげか。動体視力まで底上げされているようだ)
だから、喉元に届く前に左手で穂を掴むことなど容易いことだった。
「は?」
槍が止まり、驚くヘルゼンクック。
そんな彼女の耳元で囁く。
「口を空けてマヌケ面を晒している暇があるのかな?」
彼女が攻撃を防がれたことを認識したときには、俺はすでに彼女の真横に跳んでいた。
「へ?」
「終わりだ」
左手で拳を作り、無防備な腹に当てる。殴ると表現しなかったのは、それこそ腹筋にコツンと当てる程度の攻撃だったから。
それなのに。
「が……ぁ……」
ヘルゼンクックは苦悶の表情で胃液を吐き出た。槍を手放し、よろよろと数歩後退したかと思うと、そのままお腹を押さえてうずくまった。
地面に落ちた槍が氷に戻り砕け散る。
勝者と敗者が決まった瞬間だった。
「じゃ、キミは今日限りで追放ってことで、よろしくな」
俺は悶える彼女の横にしゃがんで、ニヤニヤ顔で水色の頭を撫でながら勝利宣言をしたのだった。
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