第4話 追放代行サービス「ハクラ事務所」開設


「ヘルゼンを追放していただきありがとうございました! 約束の報酬です」


 パーティーリーダーの青年から約束通り三十万ネーを受け取った俺は、その日のうちに賃貸部屋を契約したことで、安心して夜を迎えることができた。


 市場で酒や肉や果物を大人買いし、初の異世界飯を堪能した俺は、ベッドに入ってから今後のことを考えた。


「懐が潤ったとはいえ、収入がなければ減る一方。やはり手に職をつけないとな」


 ショップ店員? 事務職? それとも冒険者?


 いや、違うな。


「嫌われ者特効を有効活用するんだ。このスキルはビジネスになる」


 今回の件でわかった。

 この世界では一度パーティーに引き入れた仲間は簡単に追放できないシステムらしい。

 ヘルゼンクックのような厄介者に頭を悩ませるパーティーリーダーはそれなりにいるはずだ。


「だったら俺が代わりに追い出してやればいい」


 退職代行サービスならぬ追放代行サービス。


 追い出したいメンバーがいるけど、実力的に歯向かえなかったり、あるいは遺恨を残すのが嫌だったり。そんな事情を抱えて狸寝入りするしかないリーダーに代って俺が交渉に当たる。


 まずは口で脱退勧告。ダメなら力づくでねじ伏せて無理やり追放させる。


 リーダーが追放したがるってことは、ソイツは相当嫌われているはずだからな。

 スキルさえ発動すれば負けることはない。


 リスクゼロの追放代行。悪くないビジネス。


 よし決めた! 俺はこの世界で追放代行サービス業者として生きていく!


「とはいえ異世界の常識を何も知らない俺がいきなり起業ってのも難しいな。冒険者の仕組みもよくわかってないし。一人くらい異世界に精通している従業員が欲しいところだ。でも、まだ知り合いなんていないし、そんな都合のいい人物がいるわけ……」


 あ。

 いたわ。

 一人だけ、何でも言うことを聞くやつが。







 翌朝、俺は質素な借家の前にいた。


 インターホンを連打すると、扉が小さく開き「どちら様?」女が顔をのぞかせた。


 半開きの眠気眼、ピンクの寝間着姿で、水色髪のロングヘアーは寝ぐせでボサボサ。完全に寝起きだ。


 そんな彼女に、俺は笑顔で挨拶する。


「よ。ヘルゼンクックちゃん。オハヨ」

「げ……」


 俺の顔を見たヘルゼンクックは露骨に顔をしかめる。昨日舐めプをされた挙句に敗北したことで苦手意識を抱いているのだろう。


「なんであんたが……」

「ついさっき、パーティーリーダーの青年くんにキミの住所を教えてもらったんだ」

「あのクズ男……」

「で、さっそくなんだけど、お前、今日から俺のメイドな」

「はあ!?」


 ようやく声に張りが出る。


「なによいきなり! こんな朝っぱらか押しかけてきて勝手なこと言わないで」

「あれ? 忘れたのかな? 俺に負けたら何でも言うことを聞くって約束したよな?」

「だからパーティーから抜けたじゃない! それで満足なんでしょ! 私を孤独に陥れたいんでしょ!」

「いやいや、それで終わりなわけないだろ。回数は指定してない。クックちゃんは一生俺の言いなりなんだぜ」

「ふざけないで!」


 玄関から勢いよく飛び出し、そのまま殴りかかってきた。


 でも相変わらずスキルのおかげでスローモーション。

 ちょちょっと背後に回り込み、両手を掴んでバンザイさせる。


「んな!」

「ははは。小学生よりも弱いな」

「離して!」


 Sランク冒険者様が子ども扱いされるなんて屈辱だろうな。顔が真っ赤だ。

 ま、我がまま娘を屈服させるにはこれくらいの調教が必要だろう。


「どうだ? 俺に逆らえないってこと、わかったかな? 王都の嫌われ者のクックちゃん」

「くっ……」


 通行人に「なにあれ」と変な目で見られる羞恥プレイをしばらく続けたのちに両手を解放してあげた。

 力なくへたり込むクック。もう襲い掛かる気はないらしい。格付け完了。


「よし。決まり。今日からお前は俺のメイドだ」

「……メイドってなにするのよ」

「実は起業することにしたんだが、一人だと大変だから助けてほしくてさ」

「はぁ……もう好きにすれば?」

「助かるよ」


 ニコッと鬼畜スマイルを。


 Sランク冒険者ヘルゼンクックを仲間入りに加えた。





 俺が借りた賃貸は、大通りの裏道にひっそりと佇む小さな三階建てのビル。各フロアに広めの部屋が1つ入っていて、俺は二階の部屋を契約した。


 ここを住居兼事務所とする。


「さ、模様替えだ。手伝え」

「はいはい」


 黒ドレスが若干メイド服に見えなくもないクックとともに掃除開始。

 埃をふき取り、昨日の夕食のゴミをまとめ、もともと備え付けられていたソファやら机を移動すれば、


「おお。ザ事務所って感じだな」


 木目が美しい横長のローテーブルを挟んで向かい合う本革の茶色いソファ。そして扉から入って反対側にある大窓の前には綺麗に磨かれた社長デスク。アラビアン風の絨毯に赤いレンガの壁。オシャレな探偵事務所を思わせる内装。


 今日からここが俺の職場だ。


 昼前に作業を終えた俺たちは向かう形でソファに腰を下ろし、事業計画について話し合う。


「で、どんな事業をするの?」

「追放代行サービスだ」

「なにそれ?」

「パーティーから追い出したいのに追い出せない。そんな悩みを抱えるリーダーに代わって俺が追い出してやるのさ。聞いたところによると、パーティーからメンバーを追い出すのって大変なんだろ?」

「そんなことも知らなかったの?」

「実は俺、異世界人なんだよ。この世界の常識を知らなくて」


 そう言ってから、そういえば異世界人なんてワードを出してもよかったのかと焦ったが、クックは驚いた様子を見せない。どうやらこの世界で異世界人はそれほど珍しい存在じゃないらしい。


「なるほどね。どうりで雰囲気が違うわけだわ」

「冒険者のこともさっぱりわからないんだ。だからクックに教えてもらいたくてさ」

「つまり私を必要としてくれているのね?」

「ああ」

「ふーん。私が必要なんだ。ふーん」


 クックが手で口もとを隠す。それでも笑っているのが分かるほどニヤニヤしていた。

 なんでこんなに嬉しそうなんだ? 俺のことを嫌いに思ってなさそうなのはありがたい話だけど。


「わかったわ」滑らかな水色の横髪を誇らしげにかき上げて「この私がレクチャーしてあげる。冒険者のルール、パーティーのルールを」

「おお。頼もしい」

「じゃあまずは冒険者基準法についてだけ……」


 クックが語り出したその時、扉をノックする音。


「お? まさかいきなり依頼者が?」

「まさか。まだ宣伝活動なんて一つもしていないでしょうに」

「それもそうか」


 扉を開けると、二十歳くらいの青年がいた。


「あ、僕、三階に住むカインというものです」

「引っ越しの挨拶か。若いのに偉いな」

「いや、そうじゃなくて」

「?」

「階段を上がる途中、空室だったはずの二階から声が聞こえてきたから、ちょっと聞き耳を立てていたんです。そうしたら追放代行サービスとやらをやっているというじゃないですか。実は僕、こう見えてもパーティーリーダーをやっているんですよ」

「ま、まさか……」


 予想は的中した。


「一人追い出したいやつがいるんです。だからお話、聞いてもらえないかなって」


 事務所完成から数分。

 初めての依頼者がやってきた。

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