第5話 はじめての依頼は上の階の住人


 初めての依頼者は上の階の住人だった。


「一人追い出したいやつがいるんです。だからお話、聞いてもらえないかなって」

「仕事の依頼か……」


 舞い込んできた初仕事を素直に喜びたいところ……なんだけど、ちょっと急だな。安易に首を縦に振るわけにはいかない。


 だってまだ業務の進め方すらまともにイメージできていないわけで。

 漠然と追放を代行すると言っても、順序やら手段やら、もしかしたら必要な書類だってあるかもしれないんだ。準備不足甚だしい。


 一応クックを追放した実績はあるけど、あれはあくまで個人間のやり取り。

 これからは事務所仕事になる。見切り発車した結果、雑な仕事になってしまったら悪評が広まって事業継続が困難になるかもしれない。


(せっかくの依頼者を逃すのは惜しい。準備が整うまで待ってもらう選択肢もあるけど、その間に事態が解決する可能性もある。どうしよう)


 揺れる判断を決めたのは自信に満ちた声。


「問題ないわ。受けましょう」

「クック!」なんて頼もしいメイドなんだ!

「丁度いいじゃない。その依頼を練習台にすればいいのよ」

「クック……」なんて失礼なメイドなんだ……。


 なんで「いいアイデアでしょ?」みたいな顔でそんなこと言えるんだろう。依頼者さん困惑してるじゃん。


 ……うすうす感じていたけど、クックって悪意があるというよりも、ナチュラルに空気読めていないだけな気がしてきた。デリカシーを胎盤に捨ててきた女。


「失敗したら報酬は不要。それでどう?」

「まあそれなら……」


 渋々提案を飲んだカイン。それほど追い出したいやつがいるということか。


 いずれにせよ、口頭での合意が成立してしまった。やるしかないようだ。


「ひとまず話を聞こう。中に入ってくれ」


 ソファに座ってもらい。それっぽくコーヒーを出す。


 さて。これからどうしたものか。接客業務とは無縁だったから何一つわからん。

 とりあえず無難に自己紹介といくか。


「俺はハクラ。この事務所の社長だ。で、こっちは助手のヘルゼンクック」

「ヘルゼンクック? 聞いたことがある気が。たしか王都内で悪行の限りを尽くしている極悪非道のSランク冒険者だったような」

「おまえ何やったんだよ!」


 クックの耳元で問い詰める。


「知らないわよ! 悪徳商売人に暴力で値切ったり、痴漢ジジイを川に沈めたり、レストランで騒ぐ迷惑客の顔に料理ぶちまけたりしただけよ!」


 あれ? 善行と悪行のボーダーラインみたいなことしてる。褒められないけど貶せない。思ったより良い奴なのか?


「あの、なにをコソコソ話してるんですか?」

「ああいやこっちの話。彼女はキミの思い当たる最低な人物とは違うから安心して」

「ですよね。Sランクの暴君がこんな小さな事務所でオジサンの助手を務めているわけがないですものね。そんな情けないSランクがいたら笑いものですよ!」

「……ええ。そうですわね」


 クックの貼り付けたような笑顔。ただし額の血筋が内なる怒りを物語っている。おお、こわっ。


 気を取り直して。


「まずはキミの情報を教えてくれるかな?」

「はい。僕はカイン。Cランク冒険者です」


 Cランク。おそらくS~Fランクまであると考えると、ボチボチってところか。


「『コインシデンス』っていう五人組パーティーのリーダーをやってます。まあ冒険者協会の認定試験をたまたま一緒に受けた人たちが即席で集まっただけですけど」


「よくある話ね。新人がソロで活動するのは至難の業。かといって実績がないから既存のパーティーに採用されるのも難しい。そこでとりあえずデビュー直後の新人が集まってパーティーを組むの。仮設パーティーと呼ばれているわ。そしてある程度実績を重ねたところで解散して、有名パーティーに転籍したり、リーダーとなって新しいパーティーを立ち上げたりするの」


「コインシデンスは仮設です。結成から三年が経ち、経験も積みましたので、そろそろ別れの時期かと思っています。メンバーたちも他のパーティーのオーディションに参加して、内定を出してもらっています。僕も中堅パーティーにスカウトされました。あとはコインシデンスを解散して、それぞれの道を進むことになるでしょう」


 日本の新卒戦線みたいでオジサン難しい。


「でも待てよ。解散するんだったら追い出す必要なんてないじゃないか」


 追放って気に入らないメンバーを追い出してパーティーの雰囲気を保つのが目的だろ。

 散り散りになるんだったらわざわざ追放する必要はない。


「違うんですよ。これには深いワケが」


 ここからが本題というわけだ。


「お二人に追放してほしいのは、うちのサブリーダーのゴージという男です」

「重役じゃないか」

「いえいえ。サブリーダーなんて肩書だけです」

「リーダーが死んだときに代役となったり、ちょっとした申請にサインが必要だったりくらいね。リーダーと比べたらお飾りよ」

「そうですそうです! リーダーの方が圧倒的に大変です! スケジュールを管理したり受注クエストを選んで書類を出して、達成後には報告業務もあって、他には……」

「わかったから! 大変だったねお疲れさん!」


 他人の苦労アピールほど聞きざわりなものはない。


「問題なのは、ゴージが解散を拒否していることなんです」

「たしかパーティー解散申請にはメンバーの過半数、そしてリーダーとサブリーダーの著名が必要だったわね」


 つまりサブリーダーのゴージが拒否すればパーティーは解散できないのか。


「協会規定でパーティーの掛け持ちは禁止されていますから、このまま解散できないと、せっかくもらった内定が取り消されてしまいます」

「なるほどなぁ」


 だいたい分かった。


 カインの要求をまとめるとこうだ。


 コインシデンスは踏み台のパーティー。経験を積んだことだし、所属しているメンバーはパーティーを解散して各々ステップアップしたい。そしてその準備を済ませている。


 ところが、解散権限を持つサブリーダーのゴージがなぜか拒否するので、解散できずにいる。

 このままではメンバーは転籍できず、内定を取り消されてしまうので困っている。


「だからゴージを追放したい、というわけか」


 ゴージを追放すればサブリーダーは不在。滞りなく解散できるというわけだ。


「マジで頼みますよぉ! 本来なら僕の実力だと手の届かないようなパーティーに、奇跡的な巡り合わせで誘われているんです。期限は明後日。それまでにパーティー解散させないと話がなかったことになってしまう! もうこんなチャンスは二度と訪れない! 冒険者人生の岐路なんです!」


 迫真の顔で迫るカイン。


「パーティーって上のレベルに行くほど月収も上がるわ。Cランク冒険者が格上のパーティーにステップアップしたら別荘を持てるくらいには懐が潤うでしょうね」

「ここでステップアップできるかどうかで生涯収入が一桁変わるんです! お願いします! ゴージを追放してください!」


 何度も頭を下げるカイン。ここまでされたら断れない。


「わかったわかった。やってみるよ」

「本当ですか! もちろん説得だけじゃなくて煩雑な書類作業も請け負ってくれるんですよね?」

「え?」


 追放って退職手続きみたいにいろんな書類を用意しないといけないのか?

 ありそう。この世界の冒険者って労働者みたいに守られているみたいだし。


 クックにアドバイスを求める。


「受けても大丈夫だろうか」

「問題ないわ。いろんなパーティーから追い出され続けた私は何度も脱退手続きをした経験があるもの」

「ここに追放エキスパートが!」


 なら安心だ。


「わかりました。受けましょう」

「よろしくお願いします! 明日、冒険者協会が閉まる午後六時までに終わらせてくださいね! じゃないと内定が取り消されてしまいますから」


 上の階で吉報を待ってます! とカインはスキップで事務所をあとにした。


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