第8話 迷惑者にはお仕置きを


「ゴージさん。あたな、追放です」


 追放宣言を受けてゴージ。

 眉をピクリとさせて苛立ちを前面に出す。


「おいおい。俺の話聞いてた? 他に行く当てがないんだって。耳ついてますか?」

「あなたの仲間は次の段階に進もうと計画的に行動しています。あなたの存在が有望な若手冒険者の未来を奪うことになる。それを見過ごすことはできません。よって追放します」

「話の分からねえ野郎だなぁ。言っておくが、追放なんてできねえぞ。冒険者は冒険者基準法に守られているんだ。パーティーがメンバーの意思を無視して追放する行為は犯罪にあたるからな」

「大丈夫。我々は第三者です。それに、あくまであなたに脱退書を書くことを推奨するだけですので。ではこちらの書類にサインを……」

「ふざけるな!」


 差し出した封筒が叩き落とされる。さらにポイ捨てしたタバコの火を消すように踏みつけてグリグリ。


「上等じゃねえか! なにが追放代行サービスだ! わけわからねえ業者風情が冒険者様に歯向かうんじゃねえぞ! このカス!」


 額が触れ合う勢いでガンを飛ばしてきた。


 ……敵意を向けられたら、もう丁寧な対応はいらねえよな。


「Fランク風情が粋がるんじゃねえぞ」

「は? 今なんて言った?」

「おいおい、聞こえなかったか? Fランクのくせに味方に依存することしかできない怠け者の能無しが調子に乗るなって言ったんだ」

「テメェ……死にてえみてえだな。一応忠告しておくが、たとえ最底辺のFランク冒険者だとしても、一般人とは比較にならねえほど強えからな。一介の業者が俺に勝てると思うなよ」

「やってみないと分からないぜ。クック。下がってろ」

「いいの?」

「俺一人で十分だ」

「はっ! 女守って勇者気取りか? カッコつけてんじゃねえよ! そういう透かした男が一番嫌いなんだよ」

「おいおい。もしかしてそのナリで彼女いないのか? チャラそうなのも見た目だけか。可愛そうに」

「表出ろや! 殺してやるよ!」


 ぶちギレゴージ。


 いいぞ。そっちが手を出してくれれば、俺は正当防衛の名目を得て戦うことができる。

 実力差さえ示してしまえば、あとは脅して脱退書類を書かせるだけ。


 本来なら強制的に脱退させるのは多少なり後ろめたさも残るところだけど、頑張る仲間に寄生するようなクズ相手なら問題ない。


 表通りに出た俺たち。閑散とした通りなのでギャラリーがいないのは幸いだ。正当防衛とはいえ弱い者いじめの現場を目撃されたくないからな。


 ゴージは革の防具を身に着け、手にはスタンダートな剣が握られている。


「パーティーでは後方支援を担当しているが、本来のジョブは剣士だ。驚いたか」

「素人相手にフル装備。情けないと思わないのか?」

「最後に冒険者の本気を味わって死んだほうが幸せだろ?」

「どっちでもいいけどさ。それより……」


 俺はゴージの部屋の前に止められた黒い二輪車に目を向ける。


「あれなに?」


 それはゴキブリのように黒光りしたバイクだった。


 ここに来る途中にクックから聞いた話なんだが、この世界は異世界人が持ち込んだ知識と魔力を組み合わせた魔導機械なるものが存在するらしい。車とか冷蔵庫とか。

 だからバイクが存在すること自体は不思議じゃない。


 ただ、明らかに大型で装飾も派手で、移動用というよりも趣味用に見える。詳しい用途が気になった。


 ゴージは誇らしげに語る。


「こいつか? 俺の相棒だよ。貯金をすべてつぎ込んで手に入れた高級品だぜ。夜な夜なバイク仲間で集まって夜の王都を駆け抜けて、コイツの音をみんなに聞かせてやるんだよ。あの爽快感、たまんねえんだよなぁ」

「ああ……あんた、珍走団なのね」


 クックが顔をしかめていった。


「珍走団?」

「寝静まった時間帯に爆音鳴らしながら走るバイク集団がいるのよ。うるさくて眠れたもんじゃないわ」


 ああ。俺の地元にもいたな。

 あいつらのせいで窓を開けて寝れないし、それでもうるさくて寝不足になるし。最悪だった。


「警察は取り締まらないのか?」

「文明の発達に法整備が追いついていないのよ。許されるなら私刑してやりたいところだけど、こんなクソ迷惑な連中のために指名手配にされるなんて御免だし。泣き寝入りね」

「なるほど。世界が違えどバカはバカってことか」


 ゴージが見た目通りのクズ野郎だということがわかってよかった。

 深夜の珍走団。これほど不特定多数に嫌われる存在はそうそういないからな。『嫌われ者特効』ブッ刺さりだ。


「オッケー。やろうぜ」


 俺は黒いスラックスのポケットに両手を突っ込んでFランク冒険者に向き合う。


「なんだその余裕は」

「あまりにも実力差がありすぎて可哀そうだと思ってな。ハンデをくれてやる」

「ハンデ?」

「両手を使わない」


 ゴージはフッと鼻で笑って、


「ああそうかい。自殺希望ってことか。ならいよいよ遠慮はいらねえなぁ」


 ゴージは剣を振りかぶり、まっすぐ突進してきた。


「死にやがれ!」


 その動きがあまりにも迫力がないものだから、俺は「やれやれ」と肩をすくめてから、



 フゥ



 蝋燭の火を消すように口から優しく息を吐いた。

 王都中に迷惑をかけるFランク冒険者相手なら、これで十分。


「え?」


 茶色の前髪を揺らす程度のそよ風が徐々に強まり、立っているのもやっとの強風に変わる。

 おそらく風魔法と錯覚したに違いない。


「ななななんだよこれ!」


 両足で必死に踏ん張るゴージが叫ぶ。


「別に何もしてないが?」

「ああああああああああ!」


 ついに吹き飛ばされそうになり、横にあった街灯を抱きかかえて耐える。足が浮き、鯉のぼりみたいに滑稽な姿に。

 意外と粘るのでもう一息吹き付けると、あっけなく腕がすり抜けた。

 吹き飛ぶ体を受け止めたのは彼の愛車だった。

 ガシャンと派手な音を立ててバイクが倒れる。


「お、俺のバイクが!」

「わりぃわりぃ。うっかり巻き込んじまった。あーあ。真っ黒ボディだから傷も目立つだろうなぁ」

「修理代払えよ!」

「修理代? そんなのいらねえよ。だって……」


 俺はバイクの横で倒れているゴージの前に立つと、


「スクラップになるんだからな」


 右足でバイクをスタンプ。


 嫌われ者特効で強化された俺の脚力の前では、バイクなんて粘土よりも柔らかい。

 一撃で粉々に砕け散った。


「あ……あああ……」

「廃品回収業者なら呼んでやるけど、どうする?」


 ニッコリ営業スマイルで見下す。


 ゴージはもう反撃する気力も失せたらしい。


「……いえ、結構です。参りました。ごめんなさい」

「じゃあ書いてくれるな? 脱退申請書」

「……はい」


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