第9話 追放代行サービスは追放者の更生までがセットです
魔ペンというものがある。
一見すると普通のペンだけど、使用者が魔力を注ぎ込むことで字が書けるという代物。
魔力には魔紋という個人を特定できる痕跡が残るらしく、魔ペンで書いたサインは本人の証明として効力を持つ。
だからパーティー脱退申請書は本人の魔紋じゃないと受理されない。本人以外に書かせるわけにはいかないんだ。
「これが脱退申請書。名前だけでいいわ」
「はい……」
「次は脱退理由書。変なことさえ書かなかったら受理されるから、テンプレートを書き写すだけでいい」
「はい……」
ゴージを屈服させた俺たちは、最後の業務である書類記入のフェーズに入っていた。
ここで万が一にも記入ミスがあったら面倒だからな。つきっきりで指導するのも業務の一つ。
といっても俺は横で見ているだけ。
今回はクックが担当してくれている。
「字汚いわねぇ。心の汚さが筆に移っているのかしらね」
「うるせえ! ……あ、いや、なんでもないっす」
「よそ見しない。さっさと書く」
「はい……」
さながら出来の悪い不良とメイド風家庭教師(ただし口悪)。
「書き終わりました」
十分ほどですべての書類を記入し終えた。クックが最終チェックして完了。
ようやく解放されると思ったゴージが一息ついたが、まだ終わらない。
「最後に」
「まだ何かあるのかよ……」
「パーティー共有財産の取り扱いと、慰労金の支払いについて知らせるわ」
ここに来る前にパーティーリーダーのカインから要望を聞いている。
「あなたのパーティーは共有財産がないので、こちらは特になし。で、大事なのは慰労金」
「慰労金?」
「パーティーは脱退メンバーに慰労金を支払う義務があるの」
「金!」
急に目を輝かせるクズ男。現金な奴だ。だから嫌われるのに。
「ランクごとに下限が決まっているわ。あなたの場合、最低ランクのFだから、最低十万からよ」
「十万!? 一ヶ月の家賃に毛が生えた程度じゃないか! 安すぎる! ……いや、でも下限なのか。じゃあ十万より上ってことだよな」
「ええ。基本的には倍以上の額を出すのが通例ね。あとは所属年数とか、貢献度とか、仲間との関係性とかでさらに上がる」
「じゃあ創設メンバーにしてサブリーダーの俺なら百万だってあり得るってことだ!」
「肩書だけ見ればその可能性はあるわね」
じゃあ発表するわ。
クックはそう言って、手元の封筒に手を入れる。
慰労金の受け渡しも追放代行サービスの業務。すでにカインから受け取っている。
「これが、あなたのパーティー『コインシデンス』が下した最終評価よ」
バン、と机の上に叩きつけられた紙幣。
その数、十枚。
一枚当たり一万ネー。
つまり、追放者ゴージの価値は、
「じゅ、十万……」
下限いっぱい。血も涙もない最低金額。
震える手で紙幣の枚数を確認するゴージ。
何度も何度も確認して、そして涙をこぼす。
ようやく。ようやく自分の過ちを認めたようだ。
「恐ろしいな。自分の価値が金額となって目に見えるなんて」
俺は最後の仕上げにかかる。
追放代行サービス。
そのトリは、追放者の更生。
二度と追放されないように指導すること。
「お前の悪いところは、自分を無能と決めつけて仲間に寄生することしか考えなかったこと」
「事実だし……。俺は何を頑張っても上手くいかない。戦闘だって足を引っ張るだけだ」
「だったら他にできることを探せばいい」
「他?」
「例えば荷物持ち。聞いた話だが、バッグの容量以上に道具を持ち運びできる特殊スキルが冒険者協会で習得できるそうじゃないか。戦闘では役立たずでも道中で役に立てる。なぜ取らなかった?」
「だって座学が難しいから……」
「例えば書類整理。この世界はミッション成功報酬をもらうには報告書を作らないといけないんだってな。リーダーの業務って聞いたけど、作成なら他のメンバーでもいいはずだ。そういう作業を請け負えばいい」
「でも大変そうだし……」
「そういうところだ。やる前から諦めていたら前に進めないぞ。とにかくやってみるんだ。できるできないじゃない、貢献しようとするその姿勢が評価されるんだよ。お前がもっと努力をしていれば、慰労金だってもっと出してくれていたはずだ」
「……そうか。そうだよな」
机に突っ伏すゴージ。これまでの悪行を反省しているようだ。
この様子なら、まだやり直せそうだな。
「お前はまだ若い。チャンスはある。他人に迷惑をかけず、逆に頼られるくらいになるんだな」
青年は俺の言葉を噛みしめるように深く頷いた。
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