ハッピーエンドの裏側で

ひらはる

ハッピーエンドの裏側で

 雨が降っている。

 日の光が教室に差し込んでいるというのに、優しい雨音が聞こえてきた。

 不思議に思ってペンを置き、窓の近くにいく。

 雨はだんだんと弱まってきているらしい。窓を開けてもあまり濡れず、日の光が雨粒を宝石にしているように見える。

 晴れているのに雨とは不思議だ。そう考えて、はたと気付いた。

 

 天気雨か。

 

 天気雨といえば、狐の嫁入りともいうらしい。由来は、狐の嫁入り行列は見られてはいけないだとか、晴れているのに雨が降っているのが狐に化かされているようだとか、色々な説があるらしい。

 あげた由来を考えればまさに今、どんよりと暗い雲が覆っていた空があっという間に晴れたが、雨はまだ降っていて、なんだか狐に化かされているようだ。

 本当に狐が一匹、花嫁行列をつくって嫁いでいるのかもしれない、と想像する。

 

 羨ましい、と思った。

 

 静かに目下の校門と、その奥の森林やら田んぼやらを見つめる。

 雨はまだまだ降っている。

 席に戻って、書き途中の学級日誌にペンをはしらせる。

 誰もいない放課後の教室に、カリカリというペンの音と雨音が、混ざりあってひびいた。

 書き終わって一息つくと、スマホの通知音が鳴る。

 ペンを片付けながら通知を確認すれば、メッセージが一件、名前には『陽太』が表示されている。

 

 一気に感情が混ざる。

 

 メッセージを確認しようとする手が震えていて、それに気づいて確認する手をとめた。

(もう帰ろう。)

 リュックに筆箱を片付けて持ち上げる。教室の鍵を閉め、学級日誌を片手に廊下を歩く。

 

「今日、告白する。」

 

 脳裏に浮かんだ一言。

 それが発せられたのは、昼休みのこと。いつも通り陽太の恋の聞き役をしていた時に、陽太がそう言ったのだ。

 本当に突然だった。

「な、んで。」

 途切れつつも声をしぼりだして聞く。

 すると陽太はいつになく真剣に、真っ直ぐな目で、愛おしいものを思い出すかのように語った。

「あー…昨日さ、たまたま部活終わりに会って一緒に帰ったんだよ。そのときに、楽しく色んな話してくれて、聞いてくれて。それで、あぁ、やっぱり好きだなぁって。他のやつに取られたくねぇって思ったんだよね。」

 はは、と利き手で首に触れる陽太。照れている時によく陽太がする仕草だ。それに、顔も真っ赤になっている。

 私は本気なんだと、理解せざるを得なくなった。

 

 ズシン

 

 失恋とは、こんなにも苦しく悲しく辛く、重いのだと、このとき初めて知った。

「そっ、か。」

 喉が火傷したかのように痛かった。気を抜くと、涙があふれそうだ。

 それでも、陽太が心許せる女友だちという立場にしがみついていたい。

 私はこの失恋が、ドロっとした感情が、陽太にバレないよう必死に取り繕った。

「あ、雨なのに告白って、シチュエーション的にバツなんじゃないのー?」

 からかうように言ってみせた。少し声が上ずったけど、陽太は気づいていない。

「確かにあいにくの雨だけど、出会った日も雨だったから俺的にはすごく神展開。だからさ花乃、成功するよう応援しててな!」

 陽太はニカッと笑って言った。

 名前を呼ばれて嬉しかった。たとえそれが、私の恋の終わりを告げるものだったとしても。

 

(私の気持ちなんて微塵も気づいてないんだろうな。)

 

 陽太は素直で、優しくて、それから眩しい。それはずっと変わらないのだろう。

 

 学級日誌を職員室に持っていてから下駄箱に行くと、陽太の姿が一瞬だけ見えた。

 昼休みのことを思い出していた身としては、今、陽太の姿を見たくないというのが本音だ。しかし、いつまでもこの失恋を後回しにできるわけではない。

 このまま行けば陽太たちと遭遇してしまうかもしれない。それならばマシな方をと半ば諦めて、メッセージを開く。

 

『告白せいこう!』

 

 ひゅっと一瞬だけ、息がとまる。

 簡潔に書かれたそのメッセージに、私はいよいよ、この恋を諦めなければならなくなった。

 靴に履き替えて外に出ると、バス停で仲良く相合傘をする陽太と陽太の想い人—恋人の姿が見える。

 視界がぼやけ始めて、ぐっと目に力を入れる。それから思いっきり、両頬を叩いた。

 スマホを取りだしてメッセージの返信を打つ。

 

『そーいうのは直接おしえて!あと、仲良くなりたいから紹介してよね〜』

 

 中庭に行って、東屋の椅子に座る。

 見栄を張ってしまった。本当は直接なんて聞きたくないし、二人でいるところも見たくない。仲良くだってなりたくない。

 でも私は、陽太の友だちでいたいから。

「陽太には知られたくないなぁ。」

 小さくつぶやいた。けれどすぐに雨音と混じって消えた。

 通知音が鳴る。

 

『お前は親友だから、一番に報告したかったんだよ。もちろん、紹介するからな!』

 

 小さくため息をついてから息を吸い込む。

「女友だちを親友とか…本当にアホ…バカ…〜ッ鈍感!」

 雨が降っているからか、どんどん声が大きくなる。

「なんでこんなやつを!めっちゃ悔しい!マジでなんでなの!まだ好きなのもなんでなのー!!」

 とにかくひたすら声をだす。

 声がかれかけるまで、ひたすら。

 それから、はーーっと、息を吐いた。少し気分がスッキリとした。

 改めてメッセージを見て、履歴をさかのぼる。

 毎日、朝と夜の挨拶をして、毎日のように通話し合って。

 恋人みたい、なんて言われるほどに仲が良かったのに、終わりは突然だ。

「私と出会ったのも、雨だったんだよ…バカ。」

 

 陽太と出会ったのは、一年の時の下駄箱だった。

 朝はとても晴れていて、天気予報を見ないし折りたたみ傘も持たない私は、昼から降り始めた雨に困り果てていた。

 すぐに晴れると思っていたが、どんどん強くなる雨。

 結局、放課後に下駄箱で途方に暮れるほど雨は強くなってしまった。

(バスが来たらダッシュで行って乗り込もう。そうしよう。)

 覚悟を決めて走ろうとすると、誰かにリュックを掴まれた。

「この雨ん中、傘もささずに行く気か?!」

 そう言ったのが、陽太だった。

「いや、バス乗るし、そんな濡れんやろうから、べつにええかなって。」

 同じクラスだったけど、全然話したことがなかった陽太に話しかけられたことに驚きつつ、答えた。

 陽太は呆れた顔をしながら、カバンをあさって言う。

「ええくないやろ。こんな土砂降り、すぐに全身びっしょびしょなるわ。はい、コレどーぞ。」

 グイッと差し出されて、思わず受け取る。黒の、シンプルな折りたたみ傘だった。

「友だち入れて帰らなあかんから、普通のやつは貸せんけど。明日返してくれたらええし!じゃ!」

 お礼を言う間もなくさっさと友だちの方に行く陽太に、当時の私は完全な置いてけぼりだった。

 けど、話したこともないクラスメイトに話しかけられるのも、何かを貸せるのも、なんだかすごくて。

 私はたったそれだけで恋に落ちてしまったのだ。

 

「あのあとからがんばったなぁ。」

 しみじみと思いだす。

 折りたたみ傘のお礼と言って放課後にご飯を食べに行ったり、同じゲームしてたからその話をしたり、普通の友だちのようになったのは、半年後のこと。

 そして高三の現在、親友と呼ばれるほどにまで仲良くなったけど、それだけ。

 恋人みたい、とか、付き合ってるの?とか、聞かれる度に意識してくれないかなと期待したけれど、最後の最後まで、そんなことは無かった。

 そんな私と違い陽太の恋人は、陽太が一目惚れをして、すぐに仲良くなって、そして今日、恋人になった。

「…悔しいなぁ…。」

 二年生半ば、部活が休みの日に図書室で勉強をはじめた陽太のことを、いちばん近くで見ていたのは陽太の恋人だった。

 出会いは確か、雨で急に部活が休みになった時に、せっかくだから勉強しようと図書室にいったら、図書委員をしていた陽太の恋人がいたらしい。

 カウンター越しに見えた、本を読んでいる姿が綺麗で一目惚れしたんだと言われた時は、まだ付き合っていないから入る隙はあると高を括っていた。

 

 思えば、そのときに私の恋は終わっていた。

 

 雨音に紛れて、バスの音がする。

 陽太の恋人はこのバスに乗っただろう。陽太はバスではなく、徒歩での通学だから、恋人とバスには乗っていないはずだ。

「…なら、ちょっと意趣返ししたっていいよね。」

 思いつきそのまま、陽太へのメッセージを打つ。

 

『でも、親友って思ってるのは陽太だけかもね。』

 

 これからは本当に、親友でいるために。

 これくらいの意趣返しは許して欲しい。

 

『え?どういうこと?』

 

 陽太だけは何も知らない。

 だから、このメッセージがどういう意味か、散々悩むといい。

 ふっと笑って、立ちあがる。

 雨は過ぎ去り、夕日が私を照らす。

 

「一生なやんでろ、ばーか!」

 

 まだ恋心は持ったままでいるけど、もう、二人を見たって大丈夫。

 今までの、陽太に恋する私は過去へ。

 これからは、二人の親友に。

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