ハッピーエンドの裏側で

ひらはる

ハッピーエンドの裏側で

 雨音が聞こえた。雨が降っているらしい。

 顔をあげた。しかし晴れている。

 日誌を書く手を止めて窓に寄った。やはり雨が降っている。

 雨はだんだんと弱まってきているらしい。弱まる雨音と、小さい雨粒がおちていく。

 

(天気雨…って言うんだっけ。)

 

 天気雨、といえば、狐の嫁入りとも言うらしく。

 雨でも晴れに、と考えた狐たちは、余程良い嫁入りをさせたかったのだろう。本当に狐が一匹、花嫁行列をつくって嫁いでいるのかもしれない。

 この晴れ晴れとした空と、宝石のような雨粒を見てそう感じた。

 

(…いいなぁ。)

 

 晴れ空の下、雨はまだまだ降っている。

 私は目を逸らして席に戻った。

 誰もいない放課後の教室には、私が日誌を書く音と弱い雨音、時計の針が動く音のみが響いている。

 

 カリカリ

 …………。

 サー

 ………。

 カチ コチ

 ……。

 

 約五分、やっと書き終えた日誌を見て一息つく。

 通知音がスマホから鳴った。

 通知を確認すれば、メッセージが一件、名前には『陽太』が表示されている。

 私は画面をすぐに閉じて伏せた。

(…もう帰ろう。)

 リュックに筆箱を片付けて持ち上げ、教室の鍵を閉める。

 

「今日、告白する。」

 

 脳裏に浮かんだ一言。

 それが発せられたのは、今日の昼休みの時。いつも通り陽太の『恋の聞き役』をしていた時に、突然、陽太がそう言ったのだ。

 本当に、突然。

「な、んで。」

 少し掠れた声で聞いた。

 陽太はいつになく真剣に、真っ直ぐな目で、愛おしいものを思い出すかのように語った。

「あー…昨日さ、たまたま部活終わりに会って一緒に帰ったんだよ。そのときに、楽しく色んな話してくれて、聞いてくれて。それで、あぁ、やっぱり好きだなぁって。他のやつに取られたくねぇって思ったんだよね。」

 はは、と利き手で首に触れる陽太。照れている時によく陽太がする仕草だ。それに、顔も真っ赤になっている。

 

 私は本気なんだと、理解せざるを得なくなった。

 

 ズ

  シ

   ン

 

 失恋とは、こんなにも苦しく悲しく辛く、重いのだ、とこのとき初めて知った。

「そっ、か。」

 喉が焼きただれて、全身をも焼いてしまいそうだ。

(泣きそ…。)

 それでも、陽太が心許せる女友だちという立場にしがみついていたいと願ってしまう。

 私はこの失恋が、感情が、陽太にバレないよう必死に取り繕った。

「あ、雨なのに告白って、シチュエーション的にバツなんじゃないのー?」

 からかうように言ってみせた。少し声が上ずったけど、陽太は気づいていない。

「確かに雨だけど、出会った日も雨だったから俺的にはすごく神展開。だからさ花乃、成功するよう応援しててな!」

 陽太はニカッと笑って言った。

 

 名前を呼ばれて嬉しかった。たとえそれが、私の恋の終わりを告げるものだったとしても。

 

(私の気持ちなんて微塵も気づいてないんだろうな。)

 

 陽太は素直で、優しくて、それから眩しい。それはずっと変わらないのだろう。

 

 日誌を職員室に持っていてから下駄箱に行くと、陽太の姿が一瞬だけ見えた。

 昼休みのことを思い出していた身としては、今、陽太の姿を見たくないというのが本音だ。しかし、いつまでもこの失恋を後回しにできるわけではない。

 結果はわかりきっている。けれど、という淡い期待をやめたくて。ハッキリと、わかりたくて。

 私は陽太からのメッセージを開いた。

 

『告白せいこう!』

 

 ひゅ、と一瞬だけ息がとまる。

 簡潔に書かれたそのメッセージに、私はいよいよこの恋を諦めなければならなくなった。

 ぼんやりとした頭で遠くを見たら、バス停で仲良く相合傘をする陽太と陽太の想い人—恋人の姿が見えた。

 視界がぼやけ始めて、ぐっと目に力を入れる。それから思いっきり、両頬を叩いた。

 スマホを取りだしてメッセージの返信を打つ。

 

『そーいうのは直接おしえて!あと、仲良くなりたいから紹介してよね〜』

 

 中庭に行って、東屋の椅子に座った。

 

 見栄を張ってしまった。本当は直接なんて聞きたくないし、二人でいるところも見たくない。仲良くだってなりたくない。

 でも私は、陽太の友だちでいたいから。

 

「陽太には知られたくないなぁ。」

 小さくつぶやいた。弱い雨音が少しかき消してくれた。

 通知音が鳴る。陽太からだ。

 

『お前は親友だから、一番に報告したかったんだよ。もちろん、紹介するからな!』

 

 小さくため息をついてから息を吸い込む。

「女友だちを親友とか…本当にアホ…バカ…〜ッ鈍感!」

 雨が降っているからか、どんどん声が大きくなる。

「なんで好きな人がいるやつに!まだ好きなのもなんでなのー!!」

 とにかくひたすら声をだす。ひたすらに。

 それから、はーーっと、息を吐いた。

 改めてメッセージを見て、履歴をさかのぼる。

 毎日、朝と夜の挨拶をして、毎日のように通話し合って。

 恋人みたい、なんて言われるほどに仲が良かったのに、終わりは突然だ。

 

「私と出会ったのも、雨だったんだよ…バカ。」

 

 陽太と出会ったのは、一年の時の下駄箱だった。

 朝はとても晴れていて、天気予報を見ないし折りたたみ傘も持たない私は、昼から降り始めた雨に困り果てていた。

 すぐに晴れると思っていたが、どんどん強くなる雨。

 結局、放課後に下駄箱で途方に暮れるほど雨は強くなってしまった。

(バスが来たらダッシュで行って乗り込もう。そうしよう。)

 覚悟を決めて走ろうとすると、誰かにリュックを掴まれた。

「この雨ん中、傘もささずに行く気か?!」

 そう言ったのが、陽太だった。

「いや、バス乗るし、そんな濡れんやろうから、べつにええかなって。」

 同じクラスだったけど、全然話したことがなかった陽太に話しかけられたことに驚きつつ、答えた。

 陽太は呆れた顔をしながら、カバンをあさって言う。

「よくないやろ。こんな土砂降り、すぐに全身びっしょびしょなるわ。はい、コレどーぞ。」

 グイッと差し出されて、思わず受け取る。黒の、シンプルな折りたたみ傘だった。

「友だち入れて帰らなあかんから、普通のやつは貸せんけど。明日返してくれたらええし!じゃ!」

 お礼を言う間もなくさっさと友だちの方に行く陽太に、当時の私は完全な置いてけぼりだった。

 けど、話したこともないクラスメイトに話しかけられるのも、何かを貸せるのも、なんだかすごくて。

 

 私はたったそれだけで恋に落ちてしまったのだ。

 

「あのあとからがんばったなぁ…。」

 しみじみと思いだす。

 折りたたみ傘のお礼と言って放課後にご飯を食べに行ったり、共通でしているゲームの話をしたり、普通の友だちのようになったのは、半年後のこと。

 そして高三の現在、親友と呼ばれるほどにまで仲良くなったけど、それだけ。

 恋人みたい、とか、付き合ってるの?とか、聞かれる度に意識してくれないかなと期待したけれど、最後の最後まで、そんなことは無かった。

 そんな私と違い陽太の恋人は、陽太が一目惚れをして、すぐに仲良くなって、そして今日、恋人になった。

「…悔しいなぁ…。」

 二年生半ば、部活が休みの日に図書室で勉強をはじめた陽太のことを、いちばん近くで見ていたのは陽太の恋人だった。

 出会いは確か、雨で急に部活が休みになった時に、せっかくだから勉強しようと図書室にいったら、図書委員をしていた陽太の恋人がいたらしい。

 カウンター越しに見えた、本を読んでいる姿が綺麗で一目惚れしたんだと言われた時は、まだ付き合っていないから入る隙はあると高を括っていた。

 

 思えば、そのときに私の恋は終わっていた。

 

 雨音に紛れて、バスの音がする。

 陽太の恋人はこのバスに乗っただろう。陽太はバスではなく、徒歩での通学だから、恋人とバスには乗っていないはずだ。

「…なら、ちょっと意趣返ししたっていいよね。」

 思いつきそのまま、陽太へのメッセージを打つ。

 

『でも、親友って思ってるのは陽太だけかもね。』

 

 これからは本当に、親友でいるために。

 これくらいの意趣返しは許して欲しい。

 

『え?どういうこと?』

 

 陽太だけは何も知らない。

 だから、このメッセージがどういう意味か、散々悩むといい。

 ふっと笑って、立ちあがる。

 雨は過ぎ去り、夕日が私を照らす。

 

「一生なやんでろ、ばーか!」

 

 まだ恋心は持ったままでいるけど、もう、二人を見たって大丈夫。

 今までの、陽太に恋する私は過去へ。

 これからは、二人の親友に。

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