第2話 コンプレックス
みんなは、コンプレックスなんてあるだろうか。
例えば、太っている、背が低いだとか。
私のコンプレックスは、ずばり”名前”。
姫花なんて、可愛らしい名前。
クールな私には似合わない。
可愛い系のモノは、小さい頃から全て苦手。
そのおかげで、いつも言われていた。
『名前負けしているよね。』と。
「なあ、姫。」
同僚の橋本君は、そんな私を”姫”と呼ぶ。
「昼飯、どこか食べに行こう、姫。」
「止めてよ、その姫って言うの。」
「えっ?」
橋本君は、目をぱちくりさせている。
「だって、名前姫花だろ?”姫”でいいじゃん。」
「私は嫌なの。名字で呼んで。」
「そんな可愛げのない。」
私の頭にカチンと来た。
ゆっくりと、橋本君を睨みつける。
「な、なんだよ。」
「悪かったわね、可愛げがなくて。」
そんな言葉、小さい頃からずっと聞かされてきた。
嫌って言う程に。
ある日。
私と課長と橋本君で、外回りをする事があった。
と言っても、飛び込み営業ではなく、ただの取引先への挨拶周り。
気が楽だ。
「おまえら、気を抜くなよ。対応一つで、取引先を失う事だってあるんだからな。」
課長は、やる気満々。
そして私が気を抜いているのも、難なくお見通し。
それにしても、今日は季節外れの熱さで、疲れてくる。
さっきまで、クーラーがきいていたオフィスにいたから、尚更余計だ。
「大丈夫か?森。」
「はい。」
「無理するなよ。」
いつもの課長の、キラースマイル。
こんな時に、うちの会社の女子達がいたら、キャーキャー騒ぐのかな。
「俺、一つ気になる事があるんだけど。」
後ろから、橋本君が話しかけてきた。
「姫は、課長のキラースマイルに反応しないのな。」
”姫”は止めてって言ってるのに、また言っている橋本君。
「だって、営業スマイルでしょ。いちいちキャーキャー言ってられないよ。それに……」
「それに?」
「心から笑っているのか、分からないし。」
「姫は、いつもクールだな。」
みんなみたいに、キャッキャッとしない。
いつでも冷静に、仕事をこなす。
それが私の持ち味。
私は、長い黒髪をなびかせた。
「ここだ。」
取引先に着いて、私達はエレベーターに乗った。
「いいか。相手の前では、いつも笑顔だからな。」
「はい!」
「特に、森。」
「はい?」
「おまえは、笑顔が可愛いんだから、笑え。」
「えっ……」
顔を赤くしている私に、課長も笑っている。
そんなの、反則でしょ課長。
クールな私の仮面が、課長のせいで剥げて行く。
ダメダメ。
課長のペースにはまっていたら、キャッキャッしているOLと同じだ。
エレベーターがフロアに着いて、橋本君が相手を呼び出してくれた。
「いつもお世話になっております。」
3人で頭を下げて、名刺を出した。
課長の言うように、笑顔笑顔。
それだけは、忘れないようにしなきゃ。
「初めまして。森と申します。」
営業スマイルを見せて、ばっちり決めた。
「君、名前は姫花って言うの?」
どうやら、相手の機嫌は損なっていないようだ。
その時だった。
「いいえ、森は結構、女の子らしいですよ。」
課長が、私の肩を叩いた。
えっ?一体、何を言い出すの?
「朝、出社すると花に水をやりますし、ゴミ捨てだって、率先してやります。十分、その名前に見合っていると思いますよ。」
すると私の心が、だんだん温かくなってきた。
課長、そんなところまで、私の事見てくれているんだ。
「そうでしたか。これは、失礼。今度は、そんな女性らしい森さんと、お仕事一緒にしたいですね。」
「はい、ぜひ。」
お陰で、私は笑顔で取引先を去る事ができた。
「課長、有難うございます。」
「いや。俺は”姫花”って名前、気に入っているから。」
そして課長の、あのキラースマイルが。
ちょっとだけ、皆がキャーキャー言う気持ち、分かったかな。
「と言う訳で、これからも呼び名は”姫”で。」
橋本君も、調子に乗ってそんな事を。
「分かりました。好きにしてください。」
不思議と、心の底から笑顔が出た。
そうだよね。
こんなクールな”姫”がいたって、世の中、可笑しくはないよね。
「それじゃあ、俺の事は正孝と呼んでくれ。」
課長が、決めポーズを取りながら、とんでもない事を言いだした。
「呼べません!」
橋本君とハモった事は、言うまでもない。
課長の溺愛に付いていけません 日下奈緒 @nao-kusaka
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