消えた花婿候補

 美嶽セメントに戻って社員食堂で昼食をとった。

「東野正一から話を聞いてみましょうか」と西脇が言い出した。「容疑者リストに載っている容疑者の一人ですから話を聞いてみた方が良いでしょう」

 生長と浅井も食堂で昼食をとっていたので「東野正一の連絡先を聞いて来て下さい。ついでに情報収集をお願いします」と言って圭亮を送り出すことにした。

「まるでスパイじゃないですか。そうだ! カレーとかけてスパイ四人、そのこころは? 分かりますか?」

「分かりません」

「スパイが四人でスパイスー。カレーにはスパイスでしょう。はは」

「なんでスパイが四人でスパイスーなのですか?」

「あっ、四をスーと発音するのは中国語でした」

「先生。零点です。そんなの僕に分かる訳ないじゃないですか!」

「すいません。ちょっと行って来ます」圭亮は逃げて行った。

 食事を終えて会議室に戻る。

 遅れて圭亮が戻って来た。生長から、東野正一に会いたければ農協に行けば良いと教えてもらったと言う。昼間は組合長として農協に勤務している。早速、農協に電話をして組合長を呼んでもらいインタビューを申し込んだ。

「弟の話はしたくない」と最初は渋っていたが、サクラ・テレビの取材だと告げると「サクラ・テレビ? じゃあ全国放送か。それなら会っても良い」に変わった。「では、二時に」と時間を約束して電話を切った。

「先生。他に情報を仕入れてきてくれましたか?」

「西脇さんからそう言われるだろうと思って、事件当時の後藤さんのアリバイについて聞いて来ました」

「おっ! 先生、やりますね~スパイとしても、なかなか優秀だ」

「コーでしょう」

「先生。六十点です。さっきよりましなだけです」

「ありがとうございます。百点目指して頑張ります」

「で、後藤のアリバイは?」

「ご存じの通り、東野正純さんについては、彼が最後の目撃者です。正純さんは村祭りの寄付をお願いするために美嶽家を訪問し、気分が悪くなりました。薬をもらって暫く横になっていると薬が効いて来たと言うので、後藤さんが車で東野家に送って行きました。その後、直ぐに消息が途絶えています。殺害されたのは姿を消して直ぐだと思われます」

「主婦の証言が眉唾な以上、アリバイはあってないようなものですね。送って行くと見せかけて山に連れて行って殺したのかもしれません」

「殺されてから遺体が発見されるまで時間が経過していた為、東野正純さんの死亡推定時刻がはっきりとしません。行方不明になった日の内に殺害されたと考えられています。確かなのは後藤さんが車を運転して東野家に行ったということだけです。あっ、ちょっと――」

 圭亮が腰を浮かしかけた。食後のコーヒーを忘れていたことに気がついた。それを察したのだろう。直ぐに、「コーヒーなら僕が煎れてきます」と菊本が席を立った。

「すいませ~ん」圭亮が菊本の背中に声をかける。

 菊本が帰って来るのを待って、圭亮が後藤のアリバイを説明する。

「さて、碇屋恭一さんの事件のアリバイです。碇屋恭一さんの死亡推定時刻は生首が見つかった日の前日、夜の八時から九時の間と考えられています。その日、後藤さんは美嶽瑠璃子さん送って、ここ美嶽セメントに来ています」美嶽瑠璃子は美嶽セメントの副社長だ。非常勤の役員で会社に出ることは滅多にないらしいが、その日は翌日に、会計士の監査が予定されていた。社長の貴広が監査対応の最終チェックの為に出社していた。「貴広さんから帰りが遅くなると聞いて、一緒に食べようと夕食をつくって持って行ったそうです。優しいですね。貴広さんは自分で車を運転しますが、瑠璃子さんが外出する時は、後藤さんが車を運転します。美嶽家を出たのが七時過ぎ、七時二十八分に会社に到着しています。時間が分かっているのは美嶽セメントの正門には防犯カメラがあるからです」防犯カメラなどほとんどない田舎町であっても美嶽セメントにはちゃんと防犯カメラがあるようだ。「貴広さんと食事をとったり、資料をチェックしたりで一時間くらい会社にいたそうです。その間、後藤さんはずっと会社にいました。給湯室の隣に運転手の控室があるのをご存じですか?後藤さんはずっとそこにいたと証言したそうです」

「ああ、確かに部屋がありますね。あそこが控室なのですね。会社を出てからどうしたのですか?」

「瑠璃子さんと後藤さんが美嶽セメントを出たのが午後八時三十一分、真っすぐ家に帰ったそうです。美嶽セメントから神社まで車なら十分程度です。時間的にギリギリですが、会社に着いてからこっそりと控室を抜け出して神社に行き、恭一さんを殺害して戻って来ることができます。生長さんたちが美嶽セメントの社員に聞き込んでまわったところ、当日、残業していた経理部のスタッフが八時過ぎにコーヒーを煎れに給湯室に行き、後藤さんが控え室に居るのを目撃していました。それに防犯カメラの映像から後藤さんが運転する車が会社を出入りしたのは一度だけだと分かっています。七時二十八分から八時三十一分の間、車の出入りはありませんでした」

「では、美嶽家に戻ってから、こっそり屋敷を抜け出して神社に行き、碇屋恭一を殺害したのではないですか? 時間的にかなりタイトですが死亡推定時刻に間に合うのではありませんか?」

「家に戻ってからは外出していないと瑠璃子さんが証言しています。それに、ガレージに近い部屋にいる奈保子さんの証言によれば、ガレージを開け閉めすると音がするので直ぐに分かるそうで、あの日は後藤の運転する車がガレージに戻ってから、十時過ぎに貴広さんの車が戻るまで、車の出入りは無かったと証言しています。後藤さんたちの車が戻った時刻は正確には覚えていませんが、九時前だったと思うと奈保子さんは証言したそうです」と言ってから、圭亮はふと考え込んだ。

「社長さん宅です。美嶽家に防犯カメラはないのですか?」

 西脇の言葉に、はっとした様子で、「あることはありますが、カメラは玄関前に設置されているそうです。ガレージから出入りするとカメラに映りません」と答えた。

 広い邸宅だ。確かにガレージから玄関までかなり距離があった。ガレージから直接、家の中に入ることができるようになっていた。

「じゃあ、家に戻ってから歩いて神社に行ったのではありませんか?」

「奈保子さんによれば、時間ははっきりと覚えていないそうですが、後藤の運転する車が戻って来たのは九時頃だったと思うと言うことです。そこから神社まで行くとなると、走ったとしても美嶽家からは十分以上はかかるでしょう。死亡推定時刻の九時を過ぎてしまいます。間に合いません」

「ああ、そうか」

「碇屋恭一さんの胴体部分が未だに発見されていません。犯人が何処かに運んだということでしょう。重たい胴体を運ぶには車が必要です。犯人は車に乗って神社に行ったはずです」

「トラックがあります! あの軽トラック。あの碇屋恭一が神社に乗って来たやつです。重たい胴体を運ぶにはもってこいだ。死亡推定時刻だって多少の誤差はあるでしょう。殺害時刻が九時十五分だったとしても誤差の範囲内ではありませんか?」

「ああ、そうですね。西脇さん。見つかったのが頭部だけですから死亡推定時刻に多少の誤差があったとしても不思議ではありません。軽トラックの鍵もまだ見つかっていませんし。そう考えると碇屋恭一さんが殺害された時刻に、後藤さんはアリバイがないことになります」

「でしょう」西脇は得意気だ。

「では、最後の宝来宗治さんの事件についてですが、宝来さんは午後二時から三時の間に殺害されたものと思われます。白昼です。その時間、後藤さんは山を見回っていたと証言しています。美嶽家の周りの山一帯は全て美嶽家の所有物です。後藤さんはその管理を任されていて、時間があれば山に入って異常がないか監視をしているそうです。勝手に山に入ってキャンプをしたり、ゴミを不法投棄したりする人間がいるそうです」

「ふ~ん。やはりアリバイは無い訳だ」

 そろそろ時間だ。東野正一から話を聞く約束になっている。「後藤のアリバイ検証はまたにして、ぼちぼち行きましょうか」と藤代が出発を促した。


 農協は今井川を渡って東側、東屋のテリトリーにあった。

 今井川が切り開いた平地は、若干、西側が広い。港も西側にあるため、東側より開けた印象がある。無論、西側にも農地はある。農協のロケーションは東屋の力を現しているようだ。

 農協は鉄筋コンクリートの二階建てで、二階から町を見渡せ、遠くに海が見える。一番、見晴らしの良い部屋が組合長の部屋だった。

「ようこそ今井農協へ」東野正一が満面の笑顔で迎えてくれた。

 東野正一はアラフォー、まだ若い。末っ子の正純とは年の離れた兄弟のようだ。目鼻口といった顔のパーツが顔の中央に集まっている。温厚そうな人物に見え、農家の親父というより町の電気屋の社長さんといった風貌だ。

「カメラを回して良いですか?」と尋ねると、「ちょっと待ってくれ」と言って、櫛で髪を撫でつけてから「ああ、良いよ」とインタビューが始まった。

「正純さんがいなくなった日のことを教えて下さい」

 東野正一は「ん、ん」と痰を切ってから「私はね、将棋が趣味でね」と関係の無いことを答えた。「最近、パソコンのネット対戦にはまっているんだ。夕食後はネットで対戦相手を探して、将棋を指すことが日課になっている。これが面白い。自分の腕に合わせて相手を選べるので、毎回、白熱した勝負になる。ネット対戦なので何処の誰だか知らないけど、ハンドルネームって言うのか、“ぶいすりゃー”という、最近、よく競っている相手と一進一退の攻防を繰り広げている最中だった。妻にね、正純が家に戻って来ていないと言われた。あいつも良い年だ。門限なんて無いし、家に戻って来なくても心配ない。わしはそう言ったんだ」と一気にしゃべった。

 結婚しているようだ。西脇の正純に代わって美嶽奈保子の花婿になろうとしたという説は空振りだった。

「どうせまた、青年団の集まりだと思った。振袖祭りが近いのも分かるが、最近は家の仕事を手伝わずに遊んでばかりだった。大体、母さんが正純に甘いから、あいつはいつまでも一人前になれない。妻に放っておけと言うと、母さんに青年団の用事で美嶽さんの家に行くと言ったと言うじゃないか。あちらに迷惑をかけると大変だ。母さんが心配しているから、美嶽さんのお宅に電話して聞いてみてくれ。妻にそう言われた」

 息継ぎの合間を縫って、西脇が言葉を挟もうとする。だが、それを正一は許さない。「美嶽奈保子さんに会いに行ったことは分かっていた。正純が美嶽の家に養子に収まってくれれば、うちにとって心強い。健闘を祈ってはいたが、まあ、正直、奈保子さんと正純じゃあ、釣り合わないと思っていた。でも、北政所に会いに行ったと聞いて心配になった」

北政所きたのまんどころ?」やっと西脇が言葉を挟む。

「美嶽のご内儀のことよ。ほら、北条政子って知っているだろう? あれだよ。尼将軍。北政所って呼ばれていた。美嶽の家で一番、偉いのはご内儀だからな。家も北の外れにあるし、町の人間は皆、そう呼んでおる。時間を見ると八時過ぎだった。何時までもお邪魔していると迷惑だ。面倒くさいとは思ったが、正純に電話をかけた。だが出ない。携帯に電源が入っていなかった。そう妻に言うと、じゃあ美嶽家に電話をしろと言う。妻もね。うちに嫁いできた当初は、家格の差を感じていたのか借りてきた猫みたいに大人しかったが、長男を産んでから、肝が据わってきた。まあ、癇の強い母とうまく折り合ってくれるので文句もいえないがな。はは」

 既に子供までいるようだ。

 北条政子とは鎌倉幕府を開いた源頼朝夫人として、頼朝亡き後、権勢を振るった女性のことだ。美嶽瑠璃子を北条政子に例えた陰口だろう。正一が笑った隙に言葉をねじ込む。「美嶽家に電話をしたのですか?」

「ああ、したよ。仕方ない。瑠璃子さんが電話に出た。東屋だと名乗ると、正純さん、具合はどうですかって聞かれた。そこで初めて美嶽家で具合が悪くなって薬をもらい、家まで送ってもらったことを知った。坂下の丁字路で、正純は車を降りたと聞いた。あいつ、また家に戻らずに遊びに行ったと思った。全く、情けない。大変、ご迷惑をおかけ致しましたと言って電話を切ったよ。ああ、そうだ。しまった。あの時、正純はスクーターで美嶽家に行ったみたいだが、車で送ってもらったのでスクーターを預かっている。何時でも良いので取りに来て下さいって言われたんだった。あんなことがあったものだから、まだ取りに行っていなかった」

「だとすると遊びに行くのに、スクーター無しでどうしたのでしょうか?」

「さあね。歩いて遊びに行ったか。いや、まあ、それはないな。正純は体を動かすことが大嫌いだったから。友達に車で迎えに来てもらったんじゃないか。とにかく、家には帰って来なかった。朝になっても戻って来なかったので、変だとは思ったが、外泊も珍しくなかったので心配はしていなかった。だけど母さんが騒ぎ始めてね。わしに連絡が無くても、正純は母さんにだけはマメに連絡を入れていたからな。こんなに連絡がないなんておかしいと言い始めた。そこで、正純の友人たちと連絡をとったが、誰も正純の行方を知らなかった。流石に心配になってきた」

「正純さんには大学時代から付き合っていた女性がいたそうですね」と西脇が言うと、正一の表情が一変した。薄ら笑いを浮かべていた顔が一瞬で赤く染まった。

「ちょ、ちょっと待った!カメラを止めろ~‼ 止めてくれ!このインタビューは中止だ!」

 正一が怒鳴りながら大きく手を振った。

「東野さん。どうしたのですか?」

「おいおい。そんな話をするのならインタビューは無かったことにしてくれ。女性だと。そんなものは知らん!他人のプライベートを詮索するような真似はよせ!美嶽に知れたらどうする⁉」

「正純さんの名誉を傷つけるつもりはありません。正純さんも良い年だったとおっしゃったではありませんか。彼女くらいいても不思議ではないでしょう」

「うん?」と正一が考え込む。

「我々は正純さんを殺害した犯人が一刻も早く捕まるように事件を取材しているだけです。正純さんの恋人の件を秘密にしておきたいのなら、公の電波には乗せませんからインタビューを続けさせて下さい」西脇が懸命に説得する。

「ああ、そうか。そうだな。分かった。正純を殺した犯人を一刻も早く捕まえてもらいたい。わしだって、そう思っている。じゃあ、オフレコで頼む。インタビューを続けようか」

 正純の恋人の存在は絶対の秘密だった。美嶽家に知られることを恐れていたようだが、考えてみれば正純は既に殺されてしまっている。今更、美嶽家に知れても関係ない。どのみち奈保子の花婿にはなりようがないのだ。正一はそのことに気が付いたようだ。

「まあ~その、正純には徳山の大学に通っていた時に深い仲になった女性がいた。奈保子さんが戻ってからは彼女にお熱の様子だったので、その子とは別れたと思っていた。ところが、隣町で正純が若い女性と腕を組んで歩いているのを見たと教えてくれる者がいた。奈保子さんと二股をかけていると思われては困ると思った」

 ここは口を挟まず、正一にしゃべらせておくことにした。「正直、碇屋が花婿候補に割り込んでくるとは思ってもいなかった。網元として盤石だと思っていた。だが、内実はそうでもないらしい。知り合いに聞くと、漁師になろうという若者が少なく、人手不足だそうだ。働き手を確保するために人件費が高騰している。船舶も老朽化がひどくて、毎年、修理費が嵩んでいるらしい。碇屋の家計は火の車だという噂だ。銀行に借金の相談をしているらしいが、うまく行っていないらしい。あの乱暴者の兄貴を差し出して、美嶽の資金援助を期待したとしても不思議ではない。それにしても、あんな極道息子、美嶽の婿には相応しくない。せめて正純がもう少し、しっかりしていてくれたら」

 正一は言葉を切って、部屋の面々の顔を見回した。黙って聞いていることに満足した様子で話を続ける。「美嶽の婿は直樹で決まりだと思っていた。宝来はかつて、うちと町を二分した分限者だったが、代々、家長の放蕩で身代をつぶしてしまった。あの宗治の子供にしては、まともなのが出来たものだと常々、不思議だった。見た目も中味も、正純や碇屋の馬鹿とは段違いだったからな。奈保子さんだって直樹のことが好きだったに決まっている。二人、仲が良かったからな。まあ、そんなこんなで直樹がいなくなった時には、正純にも希望が湧いたと思ったが、女と切れていないとなると一大事だ。正純が戻ったら女のことを問いただして、直ぐに手を切らせよう。手切れ金で話がつくのなら、多少の出費はやむを得ない。そう考えていた」話し出すと止まらない。

「その女性と連絡を取ったのですか?」

「ああ、取った。正純の携帯電話は繋がらないままだったからな。流石に、心配になってきた。一緒に青年団をやっている松岡という坊主から女の連絡先を聞き出した。言い渋っていたが、正純が昨晩から家に戻っていない。家のものが皆、心配している。きっと彼女のもとにいるはずだ。君から連絡先を聞いたことは口外しない。そう言って、女の電話番号を聞き出した。そして、女の携帯電話に電話をかけた。だが、出ない。何度、掛けても留守番電話に繋がる。仕方なく、正純の兄で、至急、正純と話がしたいとメッセージを残しておいた。それでも電話がなかった。翌日、もう一度、電話をかけて、やっと繋がった」

「正純さんはいましたか?」

「いなかった。あの二人、一度は別れたらしい。最近になってよりを戻したようで、ちょくちょく会っていたが、ここ二、三日は祭りの準備で忙しいからと会っていなかったそうだ。だからもう一晩、待ってから駐在所に失踪届を出した」

「失踪届を出したのですね」

「出した。駐在所に行くと、丁度、恭一の生首が発見された直後で岡野の姿が無かった。待てど暮らせど戻って来なかったので出直した。午後になって駐在所に顔を出すと、岡野は不在だったが背広姿の男が二人、駐在所にいた。何かあったと直感した。弟が三日前から行方不明になっていると伝えると、興味を持ったようで根掘り葉掘り聞かれた。その内、岡野が戻ってきたので失踪届の手続きをしてくれた。大丈夫。ひょこり家に戻って来ますよ、なんて気休めを言われた」

「正純さんがいなくなった日は、こちらで仕事ですか?」正一のアリバイを確認してみる。

「当たり前だ。あんた、田舎の農協だから暇だと思っているのかもしれんが、これで忙しい身だ。うちの人間に任せておいたら、どうなるか分かったものではない。わしが目を光らせていないとな」強烈な自信だ。

「生首が見つかった日の前の晩はどうです? 夜はどこにいましたか?」

「家に決まっている。うん? 何だ。あんた、わしを犯人扱いしているのか?」

「いえ、そんな。まさか、あなたが犯人だなんて。カメラの前でアリバイを残しておいた方が良いと思って確認しているだけです」

「ああ、そうか」正一は疑うことなく「後は宗治が殺された日だな?時間は何時だ?昼間?じゃあ、ここにいたに決まっている」と答えた。

 組合長室は個室で、二階の角部屋で非常階段の真横だ。こっそり抜け出しても分からないだろう。農協にいたことはアリバイにはならない。正一はまだ話し足りない様子だったが聞きたいことは聞けた。

「ありがとうございました」とインタビューを切り上げたが、西脇は正一が最後に言った言葉が妙に気になった。

「直樹が消え、正純が死に、恭一が殺された。これで奈保子さんの花婿候補が全員、いなくなったことになる。西ノ庄、碇屋、東屋の人間たちだ。なんぞ、悪大弐の気に障ることでもあったのだろうか」

 正一はぽつりとそう呟いた。

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