第一章 生首村
鬼牟田圭亮
「先生、こんなところで缶コーヒーを買わなくても久美ちゃんに頼んで美味しいコーヒーを煎れてもらいますよ」
エレベーターホールに飲料水の自動販売機が置いてある。
「うへっ⁉」と奇妙な声を上げて圭亮は頭の上から落ちてきた言葉の主を仰ぎ見た。西脇が薄ら笑いを浮かべながら圭亮を見下ろしていた。
西脇守はキー局のひとつであるサクラ・テレビが土曜日の午前中に放送しているニュース番組「サタデー・ホットライン」のプロデューサーだ。何時もにこにこと笑顔を絶やさないが、温和な表情の裏では常に他人を出し抜く術を考えているようなタイプの男だ。生き馬の目を抜くテレビ業界で頭角を現すには得体の知れない怖さのようなものが必要なのだろう。
何時、家に帰っているのか分からないワークホリックで、テレビ局の仮眠室が別宅のようになっている。無精髭と寝癖がトレードマークだ。長い手足に精悍な顔立ち、部下からは遅れてきたトレンディ俳優とからかわれ、職場の女性スタッフからは、きちんと手入れをすれば、なかなかのイケメンなのにもったいないと言われている。
ついてない男とも言えた。
能力のわりに出世が遅いのだ。前任の報道局長とそりが合わずに出世競争で同期に置いて行かれてしまった。前任の報道局長に自分の立場を脅かす危険人物だと思われたことが原因だ。男の嫉妬は恐ろしい。先日、報道局長が交代し、頭上を覆っていた暑い雲がやっと晴れたばかりが、年齢的にこれから出遅れた出世競争を挽回するのは厳しいだろう。
「いえいえ。そんな、田中さんに迷惑をかけなくても僕はコーヒーが好きなだけですから、何でも構わないのです。缶コーヒーで十分です」人の良い圭亮が答える。
圭亮が缶コーヒーを片手にゆっくりと立ち上がった。見上げるほどに大きい。今度は、圭亮が西脇を見下ろす形になった。ウドの大木という言葉が圭亮にぴったりだ。ひと際、縦に長い上に、木の幹のようなごつごつとした顔をしている。
「先生はコーヒーと名前のつくものなら何でも良いのでしたね。コーヒー牛乳でも良いのでしょう?」
「コーヒー牛乳ですか。大好きです。昔、銭湯にあったでしょう。お風呂上りに最高です。西脇さんも試してみたらどうです?」
「温泉で風呂上りに飲んだことあります。まあ、美味しかったですけどね。ところで、今日は先生にうってつけの事件があるのです。さあさあ、事件の説明をしますので、こちらへどうぞ」
「僕にうってつけの事件ですか」
西脇は圭亮を会議室へいざなった。
報道部はパソコンと書類で埋め尽くされた机の林を縫う小川のように通路が確保されてある。忙しく立ち働くスタッフが圭亮に気が付くと、軽く会釈をする。それにいちいち、圭亮は長い体を折って会釈を返した。
四方をパーティッションに覆われた会議室に入る。会議室にもテレビが置いてあるところがテレビ局らしい。
「西脇さん、事件なんてよして下さい。僕は国際経済のコメンテーターであって、犯罪捜査の専門家ではありませんから」
圭亮が恥ずかしそうに長い体をくねらせた。ガタイはでかいが、妙に子供っぽいところがある。それが愛嬌なのだが、時に人を苛立たせたりする。
鬼牟田圭亮は「サタデー・ホットライン」のコメンテーターの一人だ。英語と中国語に堪能で、大手商社の物流部門でアジアを中心に十年以上に亘る海外駐在の経験を有している。
上海での駐在が一段落し、日本に帰国したばかりの頃、出版社に勤務する学生時代の後輩から薦められて、海外ビジネスの経験を生かした「アジアの中の日本」という本を執筆し、出版した。これが思いの外に話題になった。
国際経済のコメンテーターとして、新しい人材を探していた西脇は圭亮に目をつけた。足繁く通い「僕にテレビはちょっと・・・」と尻込みする圭亮をかき口説いた。
「鬼牟田さん、何も専門的な小難しいコメントが欲しい訳ではありません。正直、ニュース番組のコメンテーターの妙に偉ぶったコメントが僕は好きではありません。あなたの著書を読んで一番、感心したのは、難しいことが誰にでも分かるように、分かり易く解説してあったことです。誰にでも分かる言葉で、視聴者にあなたの言葉を、あなたの経験を、あなたの知識を届けてもらいたいのです」この一言は圭亮の心を揺さぶった。
根負けした圭亮は「劉備に三顧の礼で迎えられた諸葛孔明の気分です」と番組出演を承諾した。
期待に違わず、圭亮は経済関係のニュースの終わりに、長い海外経験を生かした鋭いコメントを連発して周囲を唸らせた。最初は経済関連ニュースの後でコメントを述べるだけだったが、番組で総合司会を勤める宮崎譲アナウンサーが気まぐれに殺人事件のコメントを求めたところ、圭亮の披露した推理が、ものの見事に事件の核心をついていた。
以来、圭亮は「現代の名探偵」、「サタデー・ホットラインの金田一耕助」として売り出されることになった。
その推理手法は独特で、圭亮は自らの推理手法を「俯瞰的演繹法」と名付けている。
事件の全体像を俯瞰的に眺めることで、本質を掴み、小さな推論を積み重ねて結論を導き出すというものだ。事件の鍵となる事柄を見つけだすと、圭亮の頭脳は俯瞰的演繹法を駆使し、結論を導き出す為に暴走を始める。傍目には、ぼうっとしているように見えるが、頭の中では数多の推論が、ぶつかり合い、反発し、結合し、離合集散を繰り返しながら、やがてひとつの結論が導き出される。
「まるで視界が、ぱあっと開けるような感じです」
圭亮は俯瞰的演繹法により、結論に辿り着いた時の様子をそう例える。
自分がシャーロック・ホームズのような人並み外れた観察眼を持ち合わせていないことを圭亮は自覚している。洋服に付いた糸くず一本から、その人物の日常を推理することなどできない。そもそも服に糸くずが付いていることすら気が付かないだろう。鋭い観察眼は持ち合わせていないが、物事を俯瞰的に見る力に長けているのだ。
メタ認知と呼ばれる能力だ。
生来の才能のようで、物事を俯瞰的に眺めることができる人間は意外に多くない。一流のサッカー選手はプレー中に味方や相手の位置を俯瞰的に把握することができるという。その能力に近いのかもしれない。
物事を俯瞰的に見る力と、後は誰よりも逞しい想像力が圭亮の推理の原動力だ。
よく当たると圭亮の推理が評判になると、捜査の参考にする為に、警察の関係者が「サタデー・ホットライン」を見ているという都市伝説が広がった。番組の視聴率はじりじりと上昇を続けており、西脇の目論見は成功したと言えた。
「そう言わずに、名探偵の鬼牟田先生。先生の慧眼で、事件の真相を暴きだして真犯人を見つけ出して下さい。先生の好きそうな猟奇的な殺人事件です」
「別に僕はりょうき的な殺人事件が好きなびょうきな人間ではありません。ようきでげんきなおじさんです。西脇さん、本当、何時も強引なのだから・・・」
「ああ、先生。もう駄洒落は結構です」
西脇の事件の概要をまとめた資料を圭亮に渡した。拝む仕草をして資料を受け取ると、圭亮は黙々と読み始めた。やはり事件に興味があるのだ。
「まだ、事件の詳細が分かっていません。系列局のディレクターの話だと、山口県の今井町という小さな町で神社に生首が供えられていたという話です。どうです?生首ですよ。いかにも先生の好きそうな事件でしょう?」
「止めて下さい。まるで僕がサイコキラーか何かみたいじゃないですか。僕はようきでげんきでやるき満々なおじさんです」
「先生。もう結構ですって!」
「はは。その事件、昨日、ネット・ニュースで読みました。神社で切断された男性の頭部が発見されたとだけ、書いてあった気がします。生首がお供えされていたなんて書いていませんでした。大袈裟なのではないですか?」
「本当です」西脇はむっとした様子で答えた。「山口放送局のディレクターに確認したのですから間違いありません。警察は、まだ発表していないようですけど、第一発見者の老人から直接、聞いたそうです。老人によると、生首がまるでお供え物みたいに拝殿に置かれていたということです」
まだ概略しか分かっていない。事件は山口県熊毛郡今井町という小さな町で起きた。今井町は人口六千人ほどの小さな町で、瀬戸内海に迫り出した室津半島の丘陵地を今井川が削り取ってできた僅かばかりの平地にある。三方を小高い山に囲まれ、残りの一方は海になっている。山陽本線が山間部へと迂回してしまったため、町に鉄道が通っていない。鉄道敷設に当たって、住民の反対があったという噂だ。鉄道創成期にはそういう町が多かった。陸の孤島だ。海岸沿いを国道が走っているが、めぼしい観光資源がないので、国道を利用するドライバーは町を通り過ぎて行ってしまう。
町外れの山裾にある「山申神社」という神社に男性の生首が供えられていた。
被害者の名前は、
発見されたのは生首だけで胴体部分は見つかっていない。
碇屋恭一は独身で、飲み明かすことが多かったらしい。家族は家に帰ってこないことを、さほど心配していなかった。
「西脇さん。何故、犯人は生首を現場に残したのでしょうね?」
「それを推理するのが鬼牟田先生の仕事です」
「僕の仕事って・・・ばらばら殺人の場合、普通、遺体の処理に困ってばらばらにするか、或いは頭部や指紋を採取できる手首部分などを持ち去って、被害者の身元の特定を遅らせることが目的でしょう。そうすることで、捜査を混乱させたり、逃亡の時間を稼いだりするためです。ところが、今回の事件では、運ぶのに厄介な胴体部分を持ち去っているのに、被害者の身元が特定できる生首を、わざわざ目立つ形で残していっています。となると・・・」
「となると――なんですか?」
「ひとつは胴体部分に特徴的な傷跡がついてしまったことが考えられます。特殊な凶器を使って殺害した場合、凶器が特定されてしまうと身元が判明してしまう。そういったケースですね。ですがどうでしょう。そうなると、わざわざ首を切断して頭部を残すことに意味がない」
「そうですね。わざわざ頭を切断する意味がない。そのまま遺体を隠してしまった方が良い」
「となると、被害者に対する強い恨みを感じますね。殺害の動機は怨恨なのではないでしょうか?」
「なるほど、流石は先生。首を残したことは恨みを晴らしたことを示したかったという訳ですね。今のコメント、是非、番組でお願いします」
西脇が頷いたところに、アシスタントの田中久美が「おはようございま~す!」と会議室に入ってきた。
「おはよう。久美ちゃん。丁度、良いところに来た。コーヒー好きの先生のために、美味しいコーヒーを入れてあげてくれない」
「あっ!田中さん、コーヒーは要りません。そこの自動販売機で缶コーヒーを買ってきましたので」慌てて圭亮が口をはさむ。
「まあいいじゃないですか、先生。僕もコーヒーを飲みたいので。久美ちゃん、コーヒーを二つ、お願い。悪いね」
久美は「は~い」と返事をしながら会議室を出ていった。
素直な良い子に見えるが、西脇曰く「あれでなかなか執念深いところがある」そうだ。恨みを買うようなことをしているのだろう。
「先生の灰色の脳細胞をフル回転させて、この生首事件を解決して下さい。全面的にバック・アップします。おっしゃってもらえば何でも調べます。この事件、面白そうです。番組で特集を組みましょう。事件解決となれば、そのドキュメントをゴールデンで二時間スペシャルとして放送するのも良いなあ~編成には僕から話をしておきます」
「まあまあ、西脇さん。そんなに焦らないで下さい。それに、灰色の脳細胞はエルキュール・ポアロですよ。僕は金田一耕助ではなかったのですか?もっとも、僕が飛ばすのはフケじゃなくて冗談くらいですけど」
「はあ~?」金田一耕助の名前が出る度に言う、圭亮、定番のジョークだ。聞き飽きていた。
猟奇的な殺人事件として、世間で注目を集めている事件とあって、生首事件は「サタデー・ホットライン」のトップ・ニュースとして報道された。
事前の打合せ通り、若手アナウンサーの羽田が事件のあらましを説明する。その後で、MCの
「はい。わざわざ頭部を切り落として現場に残していった訳ですから、犯人には被害者の身元を隠そうという意図はなかったのでしょう。普通、身元を隠すつもりなら胴体部分ではなく、頭部を持ち去るはずです」
「なるほど。何故、胴体を持ち去ったのでしょうね?」
「胴体部分に特徴的な傷跡があったのかもしれません。特殊な凶器を使って殺害したので、凶器が特定されてしまうと、犯人が誰だか分かってしまう。そうでなければ、僕は犯人の被害者に対する強い恨みを感じます」
「怨恨ですか。鬼牟田さんは、被害者に対して強い恨みを持つ人物の犯行だとおっしゃっているのですね。羽田さん、被害者は確か地元の漁師さんでしたね?」
宮崎が巧みに話をつなげる。
「被害者とトラブルになっていた人間はいなかったのでしょうか?」
「残念ながら、まだ、そういった情報は入手しておりません」
宮崎が再び、圭亮に向かって尋ねる。「現時点で被害者に強い恨みを抱いていた人物は浮かび上がっていません。鬼牟田さん、他に何か分かることはありませんか?」
「殺害場所が神社であったこと、それに、切断した頭部を神社に残していったこと、そこに何かしら、犯人の意図を感じるのです」
「とおっしゃいますと?」
「犯人にとって切断した頭部を神社に残して行くことに意味があったのだと思います。神社でなければならなかった。ひょっとしたら神社の縁起に関係があるのかもしれませんね」
「殺害現場となった神社の歴史を紐解けば、今回の殺人事件との関連が分かるということですね?面白い。もう少し詳しく、お話頂けませんか?」
「今回の事件の変わった点は、犯人が被害者の頭部を切断し、それをお供え物のようにして、神社に置いていったことにあります」
「はい」宮崎が相槌を打つ。
「僕は、犯人が被害者の首を神社に供えていったことの意味を考えていました。神社です。犯人は何故、そんな罰当たりなことをしたのでしょう」
「確かに、神聖な場所を冒涜する行為と言えますね」
「そうです。ですが、犯人にとって、生首を神社に供えることが、罰当たりな行為でなかったとしたらどうでしょうか?」
「どういうことです?」
「勿論、単に世間を騒がせたかっただけの愉快犯の犯行の可能性があります。でも、僕には、犯人が明確な意図を持って、生首を神社に供えていったように思えるのです。その理由を解明することができれば、犯人が誰なのか見えてくるかもしれません。謎を紐解くヒントが、神社の歴史に隠されている。そう思います」
「分かりました」宮崎はひとつ大きく頷くと「番組として、鬼牟田さんの推理を実証すべく、総力を上げて取材を行いたいと考えています。先ずは、犯行現場の神社の歴史について、番組で独自に調査を行うことにしましょう。では、ここでちょっとコマーシャルを」と生首事件のニュースを締め括った。
生首事件の報道の後、暫くニュース報道が続き、スポーツ情報、芸能情報、生活情報のコーナーがあり、サタデー・ホットラインの放送は終了した。
放送が終わると、総合司会の宮崎が出演者やスタッフ一人一人に丁寧に挨拶をして回る。宮崎は長身でイケメン、アナウンサーらしくウィットに富んだ話術を駆使し、一瞬で相手を魅了してしまう。宮崎はそんな男だ。生真面目そうに見えるが、なかなかの野心家だ。宮崎には独立の噂が絶えなかった。
テレビ・カメラに正対する位置に横長のコメンテーター席が設置されている。宮崎を横目に、西脇が鬼牟田圭亮に近づいて来た。「先生、今日のコメント、良かったですよ。なかなか意味深でした。視聴者も興味を持って聞いてくれたでしょう」
圭亮が立ち上がる。「そうですか? ありがとうございます」
「今回の事件は神社の歴史に関係している訳ですね。神社の歴史を調べてみましょう。最も、調べるのは我々であって、宮崎じゃありませんけどね」西脇の皮肉が飛び出す。
別に宮崎と仲が悪い訳ではない。皮肉屋なのは西脇の性格だ。「早速、系列の山口放送局と連絡を取って、神社の歴史に詳しい人物がいないか聞いてみます」
「是非お願いします。何か分かれば僕にも教えて下さい」
「勿論です。先生に教える為に調べるのです。分かったことは全て伝えます。フケでも、つまらないジョークでも、何でも飛ばしてもらって結構ですので事件を解決して下さい。期待しています」
「つまらないとはひどいなあ~」
圭亮が顔をしかめる。西脇は「はは」と丸めた台本で手を叩きながら高笑いした。二人の会話が終わるのを待っていた宮崎が近づいて来る。
「じゃあ、先生、後程」西脇が逃げて行った。
「かつて、町は振袖村と呼ばれていました」と藤代は言った。
鬼牟田圭亮からの依頼もあり、西脇は会議室に籠って藤代とビデオ通話をしていた。
「振袖村ですか。優雅な名前ですね」
「北西部に広がる大笠山から町を見下ろすと、丘陵地帯に平地が振袖の形に広がっているように見えることから振袖村と呼ばれましたそうです。地元住人は今も今井町という地名より振袖村という地名に愛着があるようです。町には振袖アパートや振袖食堂といった振袖を冠する場所がたくさんあります。振袖村は平安の昔より三つの勢力家により支配されて来たと言われています」
「おやおや、時代がかった話になってきましたね。鬼牟田先生が好きそうだ」
「西脇さん。田舎なんて、大体、そんなものですよ。因習だ、しきたりだと、いまだに騒がしい」と藤代が言って笑った。
低音ボイスで顔を見るまで渋い中年男性を想像していた。だが、画面の向こうにいるのは度の強い眼鏡をかけた丸顔の中年男だった。温泉饅頭を想像させる。
「それで、村を支配して来た三家はどうなったのです?」
「その一つが碇屋家です。碇屋家は振袖の唯一の対外窓口と言っていい、振袖港を代々、支配して来た網元です。水産加工物の需要の高まりと共に碇屋家は網元としての地位を確立して行きました。漁業は今でも今井町の重要な産業のひとつです。その碇屋家の跡取り息子が――」
「被害者の碇屋恭一ですね」
「流石、西脇さん。ご明察。漁協の組合長を務める父親が体調を崩しているようで、最近は父親に代わって漁協を切り盛りしていました。百八十センチを超える堂々とした体躯で、筋肉隆々、腕は薪のようにブチ太かったそうです。学生時代は手のつけられない乱暴者で、町一番の不良としてブチ有名だったと聞きました」
ブチは地元の方言だ。英語のVeryと同じ使い方をする。後に続く言葉を強調している。
「人の恨みを買っていた可能性がある訳ですね」
「ブチ敵が多かったそうです。事件当夜、港にある食堂で食事をした後、神社に向かったことを突き止めました。被害者、食堂で、女将に妙なことを言っていました」
「妙なこと?」
「事件に関係あるのかどうか分かりませんが、女将に、マゴに会ったと言ったそうです」
「孫?孫がいる年じゃなかったはずですが?」
「二十七歳、独身です。孫どころか子供もいません。女将にも、あんた、孫なんていないじゃないと言われたそうで、碇屋恭一は何も答えずに、へらへらと笑っていたそうです」
「兄弟は?」
「長男です。下に弟と妹がいます。どちらも独身です。すいません。マゴの件は事件に関係ないかもしれません。忘れて下さい」
「いえ。何処に重要なヒントが潜んでいるか分かりません。藤代さんが取って来てくれた貴重な情報です。残らず鬼牟田先生に伝えます。それで、残りの二つは、どういう家なのですか?」
「振袖村を支配して来た残りの二つの家は、村のほぼ中央を流れる今井川から東側一帯の農地を支配する東屋と川の西側、かつては村の庄屋だった西ノ庄です」
「東屋に西ノ庄ですか?」
「はは。時代錯誤でしょう。屋号です。東屋の屋号で呼ばれる東野家は今でも東側一帯の田畑に山林を領する町一番の富農です。東屋の三男坊が行方をくらましているという噂があるみたいです。警察で行方を追っていると聞きました」
「その三男坊の仕業なのでしょうかね?」
「まだ、分かりません。もうひとつ、西ノ庄の屋号で呼ばれる宝来家は振袖村、全てを支配する庄屋でしたが、ブチ落ちぶれてしまっているようです。今は、町を支える重要な産業の柱、セメント会社を経営する美嶽家が実質、村のトップです。そうそう、西脇さん。ご依頼のあった神社の歴史に詳しい人物なのですが、調べてみると美嶽社長が郷土歴史家としてブチ有名だそうです。地元に歴史に詳しいみたいですよ」
「社長さんですかあ~良いですね~是非、お話をお伺いしたいものです」
「美嶽社長に当たってみます」
「色々、助かります」
「何でも言って下さい。出来る限り協力します。その代わりって言っては何ですけど・・・」
「交換条件ですか? 何です?」
「うちの情報から導き出された鬼牟田先生の推理を番組で使わせてもらいたいのです」
圭亮の推理がよく当たることは、ローカル局まで知っている。
「お安い御用です。鬼牟田先生の推理が出たら、真っ先に藤代さんに連絡します」
「西脇さん。これだけ世間を騒がす大事件です。鬼牟田先生に来て頂いて、推理してもらう訳には行きませんか?現地取材です。そうすれば、お互い、ブチ助かると思うのですけど。無論、西脇さんにもご同行して頂いて」
「鬼牟田先生に現地に取材に行ってもらうということですか⁉」
「どうです?」
「面白そうですね。報道局長に掛け合ってみましょう」
「お願いします。じゃあ、こちらでお会いできることを楽しみにしていますよ」
藤代とのビデオ通話を終えてから西脇は椅子から動かず、無精髭を撫で続けていた。
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