生首の神饌

西季幽司

プロローグ

 朝廷より出仕停止を命ぜられた。

 ――何と無体な!

 宣旨をもたらした弁官が桜の花びらを踏んで屋敷を去った後、高階経章たかしなのつねあきは悲痛な叫びを上げた。

 目の前にある文机を蹴飛ばせば、少しは気が晴れるだろう。だが、行儀のよい経章は両手を握りしめ、「何と、何と無体な!」と小声で呻き続けることしかできなかった。

 高階経章は平氏一門の末席に名を連ね、京の都で、何不自由ない生活を送ってきた。経章は娘が平清盛の室となった高階基章の遠縁に当たる。基章の娘は平清盛との間に嫡男の重盛、基盛をもうけ、基章は外戚として平氏一門でかくたる勢力を築いていた。基章が平氏の重鎮として権勢を伸張する過程で、遠縁の分家の次男坊に過ぎなかった経章もその恩恵に預かることができた。

 とは言え、栄耀栄華を極めているとは言いがたい。経章は下級貴族の一員に過ぎない。都の外れの僅かばかりの土地に小振りな寝殿造りを真似た屋敷を建て、身をひそめるようにして生きてきた。

 ――平氏にあらずんば人にあらず!

 煌びやかな平氏政権下で、経章は人として、この世の春を謳歌していたと言える。当たり前のように、平氏の世は磐石で、この先も未来永劫、続くものだと思い込んでいた。

 時はさらさらと、時に激流をなって流れて行く。

 盛者必衰の理の通り、この世は無常であり、栄耀栄華を極めているものもやがては衰退の時を迎える。経章の知らないところで、歴史はごうごうと音を立てて動き始めていた。

 治承四年(一一八○年)十月、関東で挙兵した源頼朝討伐の為、平維盛を総大将とした平氏の大軍が派兵された。

 二月前、以仁王の令旨を奉じて挙兵した源頼朝は石橋山の戦いで手痛い敗戦を喫し、再起不能と思われていた。ところが、頼朝は安房国に逃れて再挙、知行国主への不満を募らせていた東国武士を吸収し、大軍に膨れ上がっていた。

 新都、福原で頼朝挙兵の報を受けた平清盛は、膨脹を続ける頼朝軍に危機を募らせた。「情をかけたのが間違いであったわ。こわっぱめ。目に物見せてくれん!」

 清盛は追討軍を関東に派兵し、将来の禍根を絶とうと考えた。

 平維盛を総大将とする追討軍は意気揚々、都を出発した。諸国の援軍を吸収しつつ、大軍となって富士川で頼朝軍と対峙した。だが、追討軍は西国で発生した大飢饉による兵糧の欠乏に喘いでおり、まともに戦える状態ではなかった。

 水鳥の羽音に驚き、追討軍は頼朝軍と干戈を交えることなく敗退してしまう。

 この敗戦により、平氏の世に暗雲が垂れ込める。

 そして、時代の寵児、平清盛が世を去ると、支柱を失った平氏政権はがらがらと音を立てて瓦解を始める。

 寿永二年(一一八三年)五月、信濃国で、木曽義仲が以仁王の令旨を奉じて挙兵した。平家は十万を越える追討軍を派遣するが、木曽義仲は倶利伽羅峠の戦いで平氏軍を撃破する。勢いに乗った義仲軍は津波のように都へと押し寄せた。

 平宗盛を棟梁とする平氏一門は都の防衛をあきらめ、安徳天皇を擁し都を落ちていった。七月には、木曽義仲の掲げる源氏の白旗が京の都にたなびいた。

 都入りした木曽義仲は都に残った後白河法皇より、早速、王府守護を命じられる。

「無理じゃ。まろに旅など無理じゃ。まろは都に残るぞ。木曽の山猿と雖も、まさかとっては食ったりはしないであろう」

 高階経章は蒲柳の質で、身体が壮健であるとは言い難かった。細身で小柄、笑うと両頬に出来るえくぼが、一層、子供っぽい。体力に自信のない経章は平氏一門の都落ちに同行することなどできず、都に残るしかなかった。門を固く閉ざし、息を殺すようにして、ひっそり暮らしていいた。経章程度の地下人であれば、義仲も気にとめたりするまい。

 都は突然の政権交代で混乱しており、都の新しい主となった木曽義仲は経章のような小者を相手にしている暇などなかった。

 養和の飢饉で、食糧事情が悪化していた。

 加えて、武士の大軍が居座ったことにより、都の食料事情は悪化の一途をたどっていた。ついには食に困った遠征軍が都の周辺で狼藉や略奪を働くようになった。

 都の治安は急速に悪化していた。

 朝日将軍と持て囃された義仲だったが、治安の悪化と共に、名声は地に落ちた。評判の下落と反比例するかのように、平氏の復権を望む声が強まった。源家に対する風当たりは強くなる一方だった。

「ほれ、見たことか」経章は今にも小踊りだしそうだった。

 無理をして都落ちに同行せずに、都に残って良かったと思った。

 九月には、平氏追討の命を受け、源義仲が追い払われるように都より出兵した。

 高階経章はほっと胸を撫で下ろした。源義仲、源頼朝の源家同士で内輪もめをしている間に、平氏が福原で勢力を回復していた。経章は平氏が再び都に凱旋する日は遠くないと期待した。

 かつてのような生活が戻ってきた。

 ところが翌、寿永三年正月、高階経章の安息の日は唐突に終わりを告げる。

 彗星の如く現れた一人の将帥によって、淡い希望は露と消え去った。無名に過ぎなかった一人の若武者の名を源義経という。義経は宇治川の戦い、粟津の戦いで義仲を攻め滅ぼし、返す刀で二月には一ノ谷の戦で、鵯越の逆落としという奇策を用いて、平氏を一蹴してしまった。

 義経の武名は京の都で鳴り響いた。

 都の治安維持のため、義経が都に上ってくるという。義仲の失政により、やはり平氏よと評判を落としていた源家だったが、一ノ谷の戦の敗戦を受け、京の民の平氏に対する期待は一気に萎んでしまった。

 都生まれの義経は木曽義仲と違い、都人に人気があった。気を見るに敏な朝廷の官吏たちは掌を返すようにして義経への追従を始めた。

 この頃になると、高階経章が平氏の一門であることを吹聴する者が現れた。噂は瞬く間に広まった。源氏の郎党に見つかれば何をされるか分かったものではない。経章は身の危険を感じた。

 追い討ちをかけるように、朝廷から俸禄差し止められた。源家に追従する何者かが、言い立てたに違いない。俸禄を止められてしまえば、都での生活は成り立たなくなってしまう。

「何と無体な!」と愚痴を繰り返していても事態は変わらない。

 経章は気を落ち着かせようと文机に向かい墨を磨ってみた。何時もなら文机に向かって墨を磨っているだけで、不思議と気持ちが落ちついた。だが、今日はいくら墨を磨っても気が晴れなかった。

 ついに決断すべき時が来たことを思い知らされた。

 胸に湧いたどす黒い雲霞が、心を蝕みながらじわじわと広がって行く。庭から頬を撫でながら通り過ぎてゆく春風が湿気を含んでおり、京の暑い夏がもう直ぐやって来る。

 経章には泰章やすあきという兄がいた。

 蒲柳の質の経章と違い、同じ腹から生まれた兄弟かと思われるほど粗暴で剛毅な兄だった。血気に逸る兄、泰章は当然のように平氏一門と行動を共にしており、今もどこかで源家と戦っているはずだ。他に頼るべき身寄りはない。戦は無理だが、泰章を頼って落ち延びるしかなかった。

 元服前に都の大路で喧嘩を売られた相手を素手で絞め殺し、悪大弐と渾名された泰章だったが、虚弱な弟、経章には何時も優しい兄だった。陣中であっても経章を邪険に扱わないだろう。また、高階家の総領である泰章は周防の国に猫の額ほどの荘園を有していた。当面、そこで暮らしても良い。

 経章は下男の逸造を呼び、泰章への文を託した。気が利いて身のこなしが素早い逸造なら、戦火の中、泰章に文を届けてくれるはずだ。

 一ノ谷の戦後、屋島に寄る平氏は徐々に勢力を挽回させており、山陽道に出て鎌倉方の御家人を襲っていた。悪大弐・泰章は山陽道でのゲリラ戦に参加し、大いに武威を張っているという噂だった。

 戦火の中、逸造は駆けた。そして無事に経章の文を泰章に届けた。

 文を読んだ泰章は「心配無用、早々に落ち延びて参られよ」と返書を認めた。逸造は再び戦火をくぐり抜け、返書を都に持ち帰って来た。

「でかした。逸造!」

 経章は逸造の手を取って喜んだ。

 経章は泰章を頼って落ちて行くことにした。都落ちに当たり、ひ弱な身体以外に、もうひとつ経章の心を悩ませていることがあった。それは最近娶ったばかりの美しい妻、賢子かたいこのことだった。

 貧乏貴族の娘として生まれ、早くに両親をなく、世捨て人のように暮らしてきた賢子だ。経章以外に寄る辺はない。無論、経章との関係を断ち切ってしまえば、もともと平氏の縁者ではない家柄だ。平氏一門と見なされることはないだろう。一人で都に留まることができた。

 経章は美しい桜の木に導かれるようにして賢子と出会った。平氏がまだ都落ちをする前年の春のことだった。

 断れぬ歌会があり、滅多に外出することがない経章が外出した。案の定、途中で体調を崩して早々に退席することになった。

 帰り道、経章は廃屋のような館の庭に鎮座する見事な桜の木を目撃した。

 そのあまりに見事さに目が釘付けになった。不思議と体調は回復していた。経章は導かれるように、崩れ落ちた白壁の隙間から庭に入り込んだ。

 天を圧するかのように枝を張り、見事に花を咲かせていた。経章はただ無心に桜を愛でた。

「もし、どちら様であらせられましょうか?」

 経章は賢子と出逢った。

 童のような婢女と身を寄せ合い、賢子は怯えながら、庭に佇む経章に声をかけてきた。その可憐さに、輝くような美しさに、一瞬で恋に落ちた。

 庭先に侵入してきた不審者を訝しんだ賢子だったが、「空き家と勘違い致した」、「誠に申し訳ない」と平身低頭、無断で館に侵入してきたことを詫びる経章を笑って許した。そして経章に煎茶を振舞った。

 経章は賢子と並び立、時間が経つのを忘れて、桜花が舞い落ちるのを楽しんだ。

 賢子との出会いは運命に思えた。経章は毎日のように賢子に歌を贈った。恋心を歌に詠み、贈り続けた。

 やがて、賢子より返歌が来た。

「春霞 たなびく山の 桜花、見れどもあかぬ 君にもあるかな」

 紀友則だ。春霞たなびく山桜を見飽きないように、あなたとはいくら逢っても飽き足りないという意味の恋歌だ。

 経章は舞い上がった。

 賢子の住いは雨露をしのぐのに精一杯の廃屋のような屋敷だった。婢女と二人で暮らすにはあまりに不用心だった。経章は賢子を掻き口説き、我が家に引き取った。妻が夫の家に同居する嫁入婚は、当時、貴族の間では珍しかった。だが、経章は気にしなかった。賢子を独り占めにしたかった。

 賢子は婢女一人を連れて、経章のもとにやって来た。

 端くれとは言え高階家は平氏一門だ。これからという矢先に、落ち着く間も無く都落ちとなると賢子があわれだった。賢子の美貌だ。都に残れば懸想する者が現れるだろう。

 経章は都落ちのことを切り出せないでいた。だが、状況がここまで切迫してしまうと伝えない訳には行かなくなった。

「間もなく源家の代官が戦勝に乗って都入りするようじゃ。まろが平氏一門に連なる者であることはすでに近隣に知れ渡っておる。このまま都に留まっておっては、明日の命も知れぬであろう」

 無論、経章さえいなくなれば、賢子は平氏とは無関係だ。このまま都に留まっていても、命までは奪われないだろう。都を去った後、この館に引続き住んでもらって構わないと経章は賢子に告げた。経章は賢子に事情を説明しながら、溢れてくる涙を隠そうとしなかった。

 賢子はふくよかな顔で、にこにこと笑顔を絶やさずに話を聞いていた。長い話が終わると、「わらわには他に寄る辺はございません。どこに行くにも経章様と一緒がよろしゅうございます」と答えた。

「賢子よ――!」

 経章は賢子の手を押し頂いて、また泣いた。

 もともと多くなかった使用人たちは、戦火の中、泰章への遣いを果たした逸造と賢子が連れて来た若い婢女を残し、暇を与えた。

 賢子の婢女はまだ少女と言ってよい幼さだったが、よく気のつく娘だった。甲斐甲斐しく世話をしてくれるし、賢子のよき話し相手だった。賢子と並ぶと目立たないが、人並以上に整った顔立ちをしている。

 寿永三年(一一八四年)春、経章は家財を荷車に積むと、都に凱旋する源義経を避けるように都を後にした。


「まあ、何てのどかな景色ですこと」

 賢子は袖を上げて強い日差しを避けながら呟いた。芯の強い女だ。京都から出たことがないはずだが常に笑顔を絶やさない。むしろ経章の方がぐずぐずと愚痴を言い、賢子を困らせた。

 童のようにあどけない婢女が「まことに~!」と歓声を上げた。こちらは無邪気に旅の空を楽しんでいた。

 経章は賢子の横顔を見つめながら、こんな僻地まで連れて来てしまって良かったのだろうかと考えていた。笑顔の賢子を見ていると、罪悪感が薄れてしまう。

 眼下に見下ろす西ノ荘は都の喧騒とは程遠い、緑豊かな箱庭のような場所だった。

 都を落ちてから、兄、泰章のもとを目指して山陽道を下って行った。途中、立ち寄った縁戚のもとでは、歓待を受けたものの、家人が経章一行を皆殺しにして家財を強奪しようと話し合っているのを逸造が耳にし、命からがら逃げ出したことがあった。

 苦労を重ね、やっとのことで、兄のもとに辿り着いた。

 弟思いの豪傑、泰章は経章一行を快く迎え入れてくれた。だが、生憎、泰章は源家の武将を相手にゲリラ戦を繰り広げている最中だ。一ノ谷の敗戦で再起不能かと思われた平家だったが、讃岐国屋島に拠を構えると、長門国彦島を押さえ、瀬戸内の制海権を制し、勢力を盛り返していた。

 経章と入れ違いで京に入った源義経は治安維持の任に当たり、都は平穏を取り戻しているという。畿内で平家の残党による反乱が勃発しているため、義経は京に留まり、平家討伐の総大将としては源範頼が任命された。範頼軍は京を経っている。制海権を取り戻すべく、長門国に向かって進軍を開始した。山陽道でゲリラ戦に励む泰章は、早晩、範頼を総大将とする源家軍と一戦を交えることになるだろう。

 泰章のもとで、落ち着いた生活を送ることなどできなかった。

「わが荘園で待っておれ。何、源氏の軍勢など烏合の衆、聞けば総大将の範頼は遊女の産んだ子であると言うぞ。あやつを打ち負かせて迎えに参ろう!」

 泰章は蠅を追うかのように、手を振りながら言った。

 経章は荘園で待つことにした。源家に勝利し、泰章が都に凱旋する日は遠くない。平氏の勝利を信じる経章は泰章と共に都に戻る日が来ることを信じて疑わなかった。

 泰章の郎党六人が道中警護をして荘園まで送り届けてくれた。野党に襲われる心配が無くなり、快適な旅になった。

 山陽道から山道を分け入り、視界が開けた先に西ノ荘が広がっていた。

 海にせり出した丘陵地を細い川が削り取ってできた隠れ里のような場所だ。四方を山と海に囲まれており、ここなら源平の争乱の戦火が及ばないだろう。

「まるで扇子のような形をした里ですこと」賢子がそう言ってころころと笑った。一行を送ってきた泰章の郎党の一人が「土地の者は振袖の里と申しているそうです」と馬を下りて低頭しながら言った。

 泰章がつけてくれた六人の郎党の頭、戸田十郎という若武者だ。目元が涼やかで、白い歯が印象的な若武者だ。年の近い賢子の婢女など、十郎に話しかけられると顔を真っ赤にする。

 確かに振袖の形に見えないこともない。

「いとおかしき地名でありますこと」賢子はまた笑う。

 幼少より辛酸を嘗め尽くして来た賢子には都落ちの辛さより旅の珍しさが勝っているようだ。将来の希望に胸を膨らませていた。賢子には西ノ庄はお伽噺の世界のように見えた。

「西ノ荘の荘管の甚兵衛という者が、経章様一行のお受け入れの支度を取り仕切っております。使いの者を出しておきました。程なく、迎えの者がこちらに参りましょう」十郎が言う。

 六人の郎党はここで甚兵衛の使者に経章一行を引き渡し、泰章のもとに戻ることになっていた。

「里で暫しくつろいでから、兄じゃのもとに戻ってはどうだ?」

 経章が言うと、十郎は「いえ、一刻も早く主のもとに戻りたく存じます」ときっぱりと断った。若武者だ。早く戦場に戻り、泰章と共に戦いたいのだ。泰章は良い郎党に恵まれた。経章一行の警護の役目は、十郎にとって本意で無かったかもしれない。

 片隅で、賢子の婢女が寂しそうな顔をした。

「経章様、ほれ、あそこ、海が見えまする。どうやら船が浮かんでいるような」賢子が指を差す。飽きもせずに西ノ庄を見下ろしている。

「ほんに船が見えるの」

 経章の言葉に賢子は子供のような無邪気な笑顔を向けた。

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