第4話 天狗と聖女、街を歩く。
「はい、はいはいはーい」
「はい、ソラさん」
などと話しながらあるく街の中。
よくある中世ヨーロッパな街並み。
背中から豪快に羽をはやしている私の存在も、周りに尻尾だのでっかい耳だのを生やしている獣人が当たり前に歩いているので、全く目立たちません。どちらかと言えば、トカゲの獣人っぽい人の方がより人間離れしています。
「天狗って、マジですか?」
「はい、マジです」
「嘘だぁ、絶対帰還者なんでしょ。転生組で、鳥の獣人になったとか」
「違います、先祖代々天狗です」
「ごめん、それは流石に非現実的だわ」
そんなふうに言われると、少しそんな気もしてきます。
天狗をはじめとした妖怪というのは、かつて異世界から戻ってきた転生組の帰還者なのではないか、などと。まあ、調べようもないので、その謎を解き明かすべく冒険しよう!なんて思いませんけどね。
「本当なんですけどね」
「鼻低いじゃないですか」
「高く出来ますよ、あんまり好きじゃないですけど」
「くちばしあるイメージ」
「烏天狗とは種類が違いますからね」
「顔が赤くない!」
「肌の色で人を差別するのは良くないと思います」
「グッ、それは卑怯だ」
たしかに、その言い回しは現代人にはちょっと卑怯かもしれませんね。
まあ、おっしゃるとおり、たしかに天狗のイメージは鼻が長くて赤ら顔なのは事実です。
ただあれ、私を始めとした天狗界隈は本当に迷惑していたんですよ。なんか天狗ってみんな真っ赤な顔で鼻が長くて、しかも、何にそんなに怒ってるの?って感じのこっわい顔でしか描かれないじゃないですか。
でも冷静に考えてください、そんなわけ無いですよね。
色白の天狗だっていますよ。当たり前ですけど。
「じゃ、その、うみさんは妖怪なんですか」
「そうですね、立場的にはほとんど神様なんですけど、生き物の種別的には妖怪ですかね」
「妖怪って生きてるの?!」
「死んでるように見えます?」
「いや、まあ、ほな、生きてるかあ」
なんで関西弁なんですか。
しかし、たしかに妖怪と言われる種族の中には生きているという人間的定義に当てはまるのか?ってやつはいますけどね。
私はれっきとした生き物。
ちゃんと母から生まれましたし、ちゃんと死にます。
「信じました?」
「いや、うん、ちょっとは。でも、それはいいとして、なんで親方なんだろう職業」
「ああ、それですか」
ステータスチェックで判明した私の職業、親方。
私のことを全然知らない人達から見れば、奇妙奇天烈な職業名かもしれませんが、実は私にとってはそれなりに納得の行く職業なんですよね。だって私。
「一応私、九州の天狗界のリーダーなんですよ。しかも一族ずっと」
「ああ、そういうことか。だったら親方ですね、たしかに」
そこは納得するんですね。
そう、私こと豊前坊は、白峯の相模坊、大山の伯耆坊、鞍馬の大僧正、愛宕山の太郎坊などと並んで天狗界では結構なビックネーム。正直、最近はそれぞれあんまりお付き合いはないんですが、まあ、結構責任ある立場なんですよね。
そう言えば、去年、伯耆坊からナシが届いてましたね、お中元に。
「そんな天狗が、なんでスーパーの青果コーナーに?」
「いや、働かないと食えないじゃないですか」
「うわ、なんかリアル」
「だから、私はファンタジーじゃないですって」
そりゃ、かつてのご先祖様たちは座ってるだけで、食えてたみたいですけど。
この令和の世の中、異世界は信じても妖怪は信じられないという変な国民のせいで、天狗なんて肩書背負っててもそれが食える元にはならないわけで。それは別に天狗だけではなく、鬼業界も河童業界も、みんな人間に擬態して働いてます。
格闘界とかにいるでしょ「人類?!」とか言いたくなるようなやつ。
当然、人類じゃないですよ、そういう人達。
みんな手加減はしてますけどね、生きにくくなるんで、本気出すと。
「へぇ、妖怪業界も厳しいんですね」
「まあ、そうですね。でも、個人事業主なんていうのはみんなそうですよ」
「え? 妖怪って個人事業なんだ」
「たとえですよ、あ、でも、天狗は企業体かもしれないですね」
「うん、どうでもいいかも」
しかし、ずいぶん砕けてきましたね、この聖女さんは。
気がつけばタメ口です。
ま、私もそれくらい砕けてくれたほうが付き合いやすいんですけどね。
「ところで、天狗って、なにが出来るの?」
「そうですね、転移召喚をされた瞬間に変身が解けるということもなかったので妖力は使えると見ていいでしょう。であれば、一通りの妖術は使えますね」
「えっと、なにそれ」
「ああ、異世界風にうと妖力は魔力、妖術は魔法とか魔術的なもんです」
「へぇすごい」
すごいかどうかは、未知数ですが。
ただまあ、ここまでであった人間や異種族から想像するに、こっちでも私、結構強いと思うんですよね。少なくとも、うちの天狗組織で幹部任せたいような人は、目の前の聖女さん以外には会っていないですしね。
あっちじゃ、一応私最強クラスだったんで。
私より強い妖怪なんて、酒呑童子さんくらいですよ。
「まあ、そういうわけでよろしくお願いします」
「はい、こちらこそです。あ、あと名前なんですけど、どう呼び合いますか?」
そうですね。
「せっかく異世界にきたんですから、この世界風の偽名でどうですか?」
「あ、それならわたしは以前ソラリス・レイって名前で活動してたんで」
元売れないアイドルみたいな言い方ですね。
「そうですか、じゃぁソラリスさんで」
「呼び捨てでいいですよ。で、うみさん、いや、豊前坊さんは?」
「そうですね、うみですからオーシャンとか?」
「あ、それわかりやすいですね。名字は碧野だからオーシャン・ブルーとかどうですか?」
「いいですね、じゃ、それで」
「ふふーん、じゃ、よろしくね、オーシャン」
なんか嬉しそうですね。
きっと聖女時代は、こういうきやすい仲間はいなかったんでしょう。
「ええ、こちらこそ、ソラリス」
「へへへ」
うーん、なんか私達、いい感じじゃないですか?
一応、人間スタイルでいるときはあんまり悪目立ちしないように地味なおじさん風の外見をしていますが、天狗スタイルの時、というか本来の姿でいるときの顔はどちらかというと彫りの深いイケメン顔。
そう言う点で、ガッツリ美少女のソラさ……いやソラリスとはお似合いに見えなくもない。
外見も20代くらいまで若返りますしね。
街行く人たちの視線も、それなりに集めてるようですし……って。まだ歩くんでしょうか。
「ところで、行く宛もなく歩いてるんですが、これからどこへ?」
「そうですね、このままギルドに行っちゃうと催眠術くんと鉢合わせになちゃいそうだから、とりあえず宿探しとかどうですか?」
「ああ、確かに気づきませんでしたが、重要ですね」
「もしかして、オ―シャン、異世界に詳しくない感じ?」
「ええ、恥ずかしながら」
私の答えに、ソラリスは一瞬顔を曇らせます。
「そっか、じゃぁ、Vライヴァーの雨空パラソルって知らないです?」
「すいません。普通の配信者でさえあまりわからなくて」
「うー、実はわたし雨空パラソルなんです!ってドッキリ企画は無しかぁ」
「すいません」
「いいんですよ、ネットの世界は広いですからそう言う文化を知らない人もいますって」
いや、そういうヴァーチャルアイドル的な存在がいるのは知ってますよ。
でも、配信者界隈って本当に人が多くて誰が誰だかわかんなくなっちゃうんですよね。基本的に動画配信サイトで私が欠かさず見るのは、グルメと釣りと格闘技、あとは外国人に日本食をふるまう系くらいなんで。
雨空パラソル、申し訳ないけど初耳です。
「わたしがやってる雨空チャンネルって登録者120万人くらいの結構大手なんですけど、わたしずっとそこで異世界に行ったらこうしよう!みたいな企画やってたんですよ」
「へぇ、じゃソラリスは詳しいんですね」
「ですね、自分のいた世界はもちろん、いろんな世界の情報は持ってます」
「なるほど、生き字引だ」
私がそう答えると「オーシャンって昔の人みたいですよね」とほほえみながら失礼な答えを投げたソラリスは、一度立ち止まって街の様子をぐるりと見渡すと、ふむふむとうなずきながらキラキラした目で私に話しかけてきました。
なんだか引率の先生のように、です。
「王都ですから、王宮の近くには宿はありません。ここは王宮に向かっての一本道なんでにぎやかな大通りですが、普通、王宮直通の大通りには宿屋はないんですよ」
おお、テンプレなドヤ顔も可愛い。
「そうなんですね」
「ええ、王宮へ続く大通りは貴族の通り道。そこに宿があると貴族様の馬車を見下ろしちゃいますからね。なので、こういう王都みたいなところの宿屋というのは、基本的に街の出口付近にああるんです」
「ふむふむ」
「ま、街の外にでてすぐの城壁外周付近にもあるでしょうけど、そこは安い上に治安よくないんで、おすすめはしません」
胸を張って説明するソラリスは、だいぶ気分が良さそうです。
私も、その豊満な胸を張っていただけてだいぶ目が幸せです。しかも、得意げなだけあって知識はしっかりしてますし、知識が大切な異世界ではありがたい存在に成りそうです。
これは色んな意味で良い旅の道連れを見つけたようですね。
と、そのとき、満面の笑顔を浮かべてソラリスが指を立てながら声を上げました。
「しかしそれよりもです!」
「はい」
「お腹すいたんで美味しいもの探しましょ!」
ハッハッハ、そうですね、たしかにお腹すきました。
こういう、明るい娘、私、大好きです。
「ところで質問なんですが」
「はい?」
「天狗って虫とか食べるんですか?」
前言撤回です。
こういう、不躾な娘、私、あんまり好きじゃないですね。
ま、冗談ですけどね。
異世界天狗と再召喚聖女 ~聖女に振り回されるおじさん天狗の楽しい災難~ @YasuMasasi
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