第3話 天狗と聖女、身の上話をする。
ソラさんの最初の転生先、ダステン王国。
そこは魔王との戦争が、かなりのっぴきならない所まできている、殺伐とした異世界だったのだそうです。
「ここの王様みたいに、裕福でふくよかな感じじゃない、どっちかと言うと将軍っぽい戦士みたいな王様に呼び出されたわたし達は、すぐさま訓練所で結構過酷な訓練を受けることになったんですよ」
転生勇者たちは即戦力。
とは言え、争いのない世界からきた彼らを前線に即時投入とは行かず、訓練施設やダンジョンでだいぶスパルタな戦闘訓練が行われたのだそうです。
「人殺しに慣れるまで罪人の首をはね続けたり。なんてのもしましたし」
それは、お気の毒。
ずいぶんとハズレ転移だったみたいですね、どうやら。
「それでも、わたしは聖女だったんで、あんまり戦闘訓練を厳しくされたりはしませんでしたし、王城でもかなり優遇された対応をされてたんです。ただ、鑑定士なんて言う絶対主人公チートじゃんって感じの女の子は、わたしたちの説明なんか聞いてもらえないうちに、兵舎の性処理に使われたりしてました」
言葉を失いますね。
ただ、それなら、催眠術師の彼の言動ごときに動揺しないのもうなずけます。
「お城の中も、かなり殺伐としてましたし、街も荒廃しててあんまりいても楽しくない場所だったんですけど、それでも、それなりに楽しみながら頑張って、なんとか魔王を倒してそして帰還できたって感じです」
「その時の能力はそのまま?」
「はい、それだけじゃなくて」
そう言うとソラさんは突然中空に穴を開けて、そこから金貨を一枚取り出しました。
「お金はここでは使えないと思うけど、でも、それ以外、食料とか魔石とか武器とか防具とかマジックアイテムとか、魔王倒せちゃうくらいのアイテム類がストレージにたくさん」
「ははは、それはてんこ盛りだ」
「ですよね、わたしはそういう、ちょっとやばめのチート持ちです」
なるほどね、先程から感じるそこはかとない余裕の意味も、これで何となく分かるというものです。いくら異世界になれた時代の子供でも、怯えないまでも、ワクワクしたりソワソワしたりもないというのはおかしな話ですから。
「だから価値観が世慣れているんですね」
「はい、わたしは残念だけど聖女なんで、あっちの世界ではいわゆる男女関係からは遠ざけられてたんだけど、周りの同じ異世界仲間の子たちは結構自由にやってたんですよね」
「残念なんですか、男女関係を満喫できなくて?」
「そう言われるとなんか恥ずかしいけど、男の子たちは奴隷とか街で出会ったエルフとか獣人とかそういう人たちをやりたい放題でしたし、女の子は女の子でエルフの美少年と逆ハー満喫したり騎士さんとロマンス楽しんだり、羨ましかったですから」
「聖女の力は、男といたしちゃうとなくなる感じ?」
「いいえ、宗教的な理由です、ほんと、超損した」
ソラさんはそう言うと「一緒に転移した幼馴染なんて、王子様と結婚して帰還拒否ですよ」とあきれ顔で言って微妙な笑みを浮かべます。
しかし、なるほどね。
周りがそうなら、憧れるのはわかります。
そんなふうに私が納得していると、ソラさんはフーッとため息を付いて、続けました。
「それに、あっちは死と隣り合わせでしたから」
「え?」
「わたしと一緒にあっちの世界に行った人は全部で十人。そのうちひとりは兵舎の性奴隷になったのでどうなったかは知らないですけど、わたしを除いた残り八人のうち三人は死にました」
「それは、お気の毒に」
「はい、でもそういう生活してると、やっぱどっかでリミッターが外れるんですよね。乱れたというか汚い生活をしないとやってらんないみたいな。明日死ぬかもしれないなら、って感じで、恐怖を忘れるために」
「そうですか、で、他の人は?」
「ひとりはさっき言った通り王子様と結婚。残り三人はあっちで汚れきった自分が元の世界には帰れないということで帰還拒否、帰ったのは……清い身体のままだったわたしだけ」
ふうむ、たしかにそうかもしれません。
突然理不尽に召喚されて、理不尽に厳しい訓練を受けさせられ、その上、最大の理不尽として命がけの戦いの尖兵にされた。そんな死を感じながらの生活だったら、素行が乱れても仕方がないし、それを咎めるのは可哀想な気がしますね。
そして、平和な日本に戻りたくない気持ちも、良くわかります。
「だから、再召喚でここにきた瞬間は、かなり動揺しました。あの地獄にまた……って」
「いまは?」
「そうですね、ずっと戦場にいて、血と膿と死体にまみれた生活をしてきたわたしからすると、ここにはそんな殺伐とした匂いがほとんどないから」
「わかるんですね」
「はい、わかっちゃうんですよね、なんにも嬉しくないけど」
見た目は普通の女子高生。
しかし、初めて見たときに感じた、そのおっとりとした外見からは考えられないような存在感とオーラの強さは、そういう経験の上で成り立っているものだったというわけですか。
「しかし、ソラさんを追放なんて、ここの王様も、もったいないことをしましたね」
「ですね、でも、わたしとしてはありがたいです」
「でしょうね」
「はい、あっちにいるときはいつも、ああ、普通に街の中で異世界を満喫していきていけたらなぁって思ってましたから、あんな地獄みたいな街でも。で、もちろん、帰ってからも」
「現実世界、きらいですか?」
「詳しくは内緒です。でもヒントとしては」
「ヒントとしては?」
「帰らなかった人は、正解だったって感じです」
もうそれは答えですね。
「そうですか、じゃぁ、具体的に聖女様は何がお出来になられるのですか?」
「やめてくださいよ、もう」
ソラさんはそう言うと、スキルボードを出現させました。
ただし、それは私には内容が見えないので、黙ってソラさんの言葉を待ちます。
「お互いの内容が見えないってのは、あっちと一緒だなぁ」
「そうなんですね」
「はい、じゃ、教えたくないいくつかを除いて教えますね」
「どうぞ」
わかっています、女性に秘密は必要です。
「まずは、回復系とか解呪系とかっていう、いかにも聖女って感じの魔法が使えます。あとは、聖属性の攻撃魔法が少し。って、これは言わなくてもわかりますよね」
「ははは、聖女と言えば、って感じですね」
「ちなみに、こっちにはそういうのはないみたいですけど、レベルはカンストの九十九で、MPとかHPとかもカンストも九百九十九だったんですけど、それってどうなるんだろ」
「まあ、後で、試してみましょう」
「ですね」
確かに、自分のスキルボードにもレベルやステータス値は存在しませんでした。
あったのは職業と所持魔法スキル構成、後は、あの備考欄くらいのもので、一般的に知れ渡っているものに比べれば簡素なものでした。一口に異世界と言っても色々なんですね。
「あとは、世界が違うのに女神の加護がつきっぱなしですね」
「女神の加護?」
「はい、簡単に言うと状態異常無効化です」
「チートだなぁ」
「いいでしょ、でも、まだ序の口ですよ」
これで序の口とは。
流石に魔王を倒してきた聖女は帰還者の中でも別格ですね。
「一番のチートは自動蘇生かな、粉々にならない限りわたしは死なないです」
「ほぉ」
「あとは、蘇生魔法をかけられるので、粉々になったり呪い殺されたりじゃない限りは誰でも蘇生できますし、空間魔法である容量無限で状態保持のストレージもかなりチート。戦闘能力はほぼ皆無ですけど、装備品は一級品と言うか神話級のものが揃っているので、フル装備してしまえば伝説のドラゴンとか上級魔貴族とかじゃない限りは戦えると思います」
「すごいですね」
「まあ、こっちの魔物が向こうくらいだったらですけどね」
そう言うとソラさんはまたしてもストレージから、今度は大きな宝玉のハマったメイスを取り出して、何度か「うんうん」とうなずきながらそれを振り回すと「大丈夫みたいですね、装備の効果も変わらないです」と微笑んでみせた。
ふむ、メイスをふると胸も震えるのですね、良い眺めです。
「ああ、なんかおじさんからエロの波動を感じるなぁ」
「ばれましたか?」
「ばればれですね」
しかし、やはりこの余裕、流石です。
女子高生と言うより、なんだか自分より年上の大人の女性と話しているような錯覚さえ受けます。
「というわけで、わたしの身の上話は終わりです」
「ありがとうございます」
「いや、ありがとうじゃなくて、おじさんの番ですよ」
あ、そうでしたね。
「ちょっとまっててください」
そう言うと私は、いったいいつまで門の前でグダグダしてんだとでも言いたげにこっちを見ていた衛兵のもとまで走り、ひとつ確認をして戻ります。
大事なことなので。
「では、わたしの番なんですが」
「何を確認しに行ったんですか?」
「いや、私みたいなのがこっちにもいるかな、と」
「はぁ」
そう、私みたいなのがこっちにいないとなると、こっちの人にとってみても、かなり怪しいんですよね、私。
「では、僭越ながら」
そう断って、私はその場でくるりとバク中。
そして、ボンッという音とともに、その正体を表します。
「実は私」
「う、嘘でしょ」
背中には大きく広げた黒い翼。
山伏のようなフサフサの梵天をかけた墨染の和服に漆塗りの高下駄、腰には護摩刀という名の日本刀、そして手には羽団扇を持ち、頭に黒い箱状の冠である頭巾を載せたその姿。
おとぎ話や昔話でよく見る、あの妖怪。
「天狗なんです」
そう、我が名は豊前坊蒼海。
九州は豊前国の霊山たる英彦山に生まれた、天狗なんでございますよ。
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