第2話 天狗と聖女、追い出されても平気。

「二度と戻ってこないように」

「はい、わかりました」


 エスタルト王国王都エスタル、橋向こうに街の様子が小さく見える王宮前広場。


 きっと、馬車を止めたり兵士が整列するためだろう石畳の広場の中で、衛兵に刑務所を出たかのような念を押された私達追放組三人は、今後のことについて話し合おうか、というところ。


「おじさんはどうします?」

「そうですね、こういう時どうするべきだと思います?」

 

 普通なら、そんな場所に放り出されてさぞかし心細かろう、と心配されるような状況なのですが、まあ、私を含め他の二人もとりあえずは落ち着いているんですよね。


 追放は、想定内でしたしね。


「や、やっぱギルドじゃないっすか?」


 冒険者ギルド、ですか。催眠術師くんも、ある程度の知識はあるんですね。


 ただ、もちろん、こういう場合は冒険者ギルドに行くのが正解なんでしょうけど、なんだかそういうのはテンプレ臭くて嫌なんですよね。私の性格的に。


 だから、その、『おっさんその程度も知らないのかよ』な顔はやめてください。


「ソラさんは?」

「そうですね、やっぱり冒険者ギルドかなぁって。そっちのほうが話がはやっ……えと、こないだ学校であった異世界に行った時の心得って授業でも、とりあえず冒険者ギルドに行ってから帰還の方法を考えろって言ってましたし」

「授業とかあるんですか?!」

「はい、うちはありましたよ」


 そんなソラさんの言葉に、催眠術師くんは食いつきます。


「お前んとこ、花村女子だよな」

「あ、ええ、うん」


 催眠術師くん、初対面の女性に「お前」は嫌われるやつのテンプレですよ。


 あと、制服だけで女子校をドンピシャ当てるのは、それだけでマイナス百点です。


「やっぱお嬢さん学校は違うよなぁ。うちなんて普通の公立校だからさ、異世界に行ってきたなんて作り話を信じるな。ってしか言わないぜ」


 まあ、そういう世論があるのは私も知っています。


 一応異世界に行って返ってきた帰還者からの聞き取りと異世界から持ち帰ったものなどの分析から、国際的な見解も政府の方針もほぼ8割がたは異世界という場所が本当にあるだろうということになっているはずなんですがね。


 まあ、政府の言うことは何でもかんでも間違ってて陰謀だって勢力はどこにでもいますしね。


 なぜか、私立より公立のほうがそういう反権力な教師多いですし。


「でも、さ、こうなると信じるっきゃ無いよな」


 催眠術師くんはそう言うと、私をじろりと見つめます。


 いや、睨みます。


 と、同時に催眠術師くんに気づかれないようにソラさんが私の着ているスーツの裾を掴んできました。あ、ちなみに、転移してきた時ちょうど友人の結婚式に行く途中だったんでスーツ着てたんですよね。


 ま、話には関係ないですが、仕事着よりはマシでホッとしたんですが。


「なんだよ、お前不安なのか?」


 そんな様子を見て、催眠術師君がソラさんに話しかけます。


 が、ソラさんは答えません。


 そして、当然ですが、その理由は簡単に想像がつきます。


 というのも、今ソラさんが一番不安を感じているその対象こそが目の前にいる催眠術師くんなんでしょうから。少々可愛そうではありますが。


 まあ、でも、催眠術師に危機を感じるのは当然です。


 私の知る限り、一般に、成人向けの物語での催眠術師は蛇蝎のごとく嫌われても仕方のないポジションですからね。一度ソラさんと普段どんな趣向の物語を好んでいるのかしっかりと話し合う必要はありそうですが、これは当然の結果。


 しかも、そんな一般的な印象だけでなく。


 催眠術師君、すでに行動を起こしているんですよね。


「催眠術師君、残念だけど私に催眠術は効きませんよ」

「ちょ、な、なに言ってんだよ、おっさん」

「わかりませんか?ならここで説明しましょうか」

「い、いや、その」


 と、ここで、ソラさんも想定外の言葉を発します。


「え、そうなんですか?心配して損した」

「へ?」

「いや、わたしも効かないんですよ、催眠術」


 これには、催眠術師くんが、そのよこしまな野望を隠すことなく落胆の声を上げます。


「まじかよ、ずりぃ」

「ずるいって、女の子に無許可で催眠術かけようとするほうが悪いでしょ」

「いや、男相手でも駄目ですよ、普通」


 私、ジェンダー平等な人間なので。


「チェ、まさかお前ら、帰還者か?」

「おじさんは知らないけど、わたしはそう」


 え、そうなんですか。


「はぁ?良く知らない感出してたの演技かよ」

「当たり前じゃない、誰が無警戒にそんな事言うわけ?」

「ま、そりゃそうか、じゃ、前職は?」

「聖女。魔王を倒して帰還、かな。だから、スキル耐性高いの」

「マジか、じゃぁチート持ち込み?」

「うん」

「んだよ、主人公ポジじゃん」


 主人公ポジかどうかは、ネットニュースがソースの一般的な知識しかない私にはわかりませんが、帰還者だったんですねソラさんは。


 しかし、異世界に行く人間が増えているとは言え、世界で数百人レベルでしか無い異世界行きの切符を二度手にするなんて、なんてラッキー、いや、ラッキーかどうかはわかりませんが、とりあえず珍しいですね。


「じゃぁ、おっさんもか?」

「いえ、私は元々そういうの効かないんですよ」

「はぁ、嘘つけよ、そんなファンタジーな嘘が通じるわけないじゃん、スキルか?」

「いやいや」


 異世界に転生しておきながら、ファンタジーを信じないという矛盾。


 そうか、でも、この年頃の若者であれば、異世界があるかもしれないってのはもはや常識なんですから、異世界の存在はむしろファンタジーじゃないのかもしれませんね。


「詳しくは言えませんが、帰還者ではないですし、そのうえで、私には効かないんですよ」

「なぁおっさん、異世界でスキル構成とかそういうの隠すのって敵対行為にとらえられかねないって誰でも知ってる常識を知らないわけじゃないよな」

「知ってますけどね、それでも内緒です」

「はぁやってらんねぇ」


 催眠術師君はそう言うと、突然、全力ダッシュして立ち止まり、こちらを振り返ります。


「わりぃけど、オレひとりで行くわ」


 ま、確かに、催眠術の効かない人間と一緒に行動するのは、催眠術師の高校生男子が考えるようなチート物語にはだいぶ大きな足かせになるでしょうからね。


 特に、同じ年頃の女子なんかは、ね。


「いいけど、あんまりひどいことしたら、わたしは敵になるからね」

「わかってるよ、この世界基準でやらせていただきます」

「ならいいけど」


 いいんですね。


 そこはドライなんですね、ソラさんも。


「おっさんはどうする?正直不気味なんで一緒にいたくはないけどさ、一緒にこの世界に来た仲間だし、おっさんが望むなら一緒でもいいぜ」


 意外にいいやつですね、催眠術師君。


 しかし、催眠術チート持ちと、異世界生活。


 普通だったら、正直、魅力的なお誘いです。


 ただ、せっかく仲良くなれそうな、隣の最高級美少女とここでお別れになるのはもったいないですからね。


「遠慮しておきます」

「そっか、じゃ、ここで。てか、邪魔すんなよ」

「しませんよ、ただ、後味が悪いので変な死に方しないでくださいね」

「そっちこそ。あと、日本の常識でオレに敵対とかすんなよな」

「それは、大丈夫ですよ」


 私が胸を叩いて請け合うと、催眠術師君は安堵とともにニコっと笑い「また会えたら飯くらい食おうな、おっさん」と快活に笑って足早に橋を渡って街に消えてゆきました。


「いい人なんだろうけどなぁ、あの人も」

「へぇ、ソラさんはああいうのに嫌悪感はないんですか?」

「うーん、わたしが同じ能力だったら美少年エルフを侍らせるかもしれないですし」

「ハッハッハ、正直ですね」

「それに、わたし帰還者なんで、普通の日本の常識とは」


 そういったソラさんの顔に、なんとなく影が差します。


「元いた世界、どんなところだったんですか?」

「話したら、おじさんも話してくれますか?」

「ええもちろん」

「じゃぁ、えっとですね」


 そう言って、ソラさんは身の上話を始めます。


「わたしが転移した先は、ダステン王国とかいうこことあんまり変わらない感じの、ああ異世界だなぁってところでした。剣と魔法のファンタジーですね、ありきたりな」


 まあ、ある意味予想通りですね。


 しかし、なんで異世界というやつは、中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界が多いんでしょうか。


「ただ、ほんのちょっとだけ、ここより野蛮だったと思います」

「ほう」


 そう言って話し始めたソラさんの身の上話は、なかなかに興味深いものでした。 

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