第1段 天狗と聖女、旅立つ

第1話 天狗と聖女、転移する。

「よくぞ現れた!勇者よ」


 ―中略―


 というわけで、まあ召喚されました。


 こんばんは、私の名前は碧野あおのうみ。男。35歳。


 スーパーマルタケ西宮坂店青果コーナー勤務。


 どうやら、まちがいなく異世界転移したみたいです。


 と、言っても、青果コーナー勤務の知識と経験を活かして野菜でチート!なんてことは出来ませんよ。そりゃ一般人よりは少しは詳しいですが、個人営業の八百屋さんや農家の方と違って別に野菜のプロということはないんです。


 先週まで鮮魚コーナー担当でしたしね。


 しかし、まさかこの私が、昨今流行りの異世界転移に巻き込まれるとは。


 先日のニュースで聞いたところによれば、全世界で、何故か日本を中心に、もう数百名の転移者がでているそうですから、これはもう、立派な社会問題。


 何人かの、それでもかなり少ないんですが、異世界から帰ってきたいわゆる帰還者リターナーの話いわく、私のようにいきなり召喚されて転移した人間だけではなく、死んで転生した人間もいて、それが各異世界にちらばっているそうで。


 それを含めれば、もう千に近い人間が異世界転移しているらしいです。


 おかげで、ちまたには『これで解決!異世界チート読本!』とかいうアホみたいな本もあるとかないとか。……いや、今の状況、あるんだったら、それ買っとけばよかったですね、はい。


「勇者たちよ、まずはステータスをチェックするの……だ?」


 と、物思いにふけっているところに、この国の王様だろうと思われる「我、王ぞ」みたいなわっかりやすい王冠をかぶってベッタベタな王笏おうしゃくを持ち、おあつらえ向きのマントを羽織った爺さんが告げます。


 わかりやすく言えばトランプの絵柄みたいな人物です。


 で、そんな「コスプレかっ!」と突っ込みたくなるような姿の王が威厳のある声でそう告げたのですが、周りの召喚勇者たちは言われる前からすでにステータスチェック中。ざっと、ぜんぶで7人の若者たちなんですが、そんものネットニュースレベルのあっさい知識で補完できることですからね。


 別に王に言われなくともチェックしますよね、まず。


 なにせ異世界系に興味のない私でも、それくらいは知っていますし。


「かぁ勇者か、めんでぃ」

「うお、オレ剣聖!」

「わたし聖女かぁ、うーん」

「はぁ、魔法剣士かぁ、びみょー」

「おいおいおいおい、催眠術師とはジュルリ」

「ちょ、あんたこっちこないでね」


 みれば、すでに職業欄で盛り上がっている様子。


 でもまあ、最初に確認するものと言えば、やっぱり職業ですもんね。


「お、召喚士、まずまずだAランクだな」


 そうでしたそうでした、転移後の職業にはランクがあるんでした。


 たとえば、勇者、剣聖、聖女、賢者あたりが大当たり。ランクで言えばS。


 聖騎士、魔法剣士、召喚士、あたりが次点。ランクはA。


 戦士とか僧侶とか魔法使い、武術家、テイマーあたりは可もなく不可もなくで、ランクはBから下と、まあ大体こんなところだったはずです。


 ところがそれだけではなく、ランクSSという破格の職があるんですね。


 で、これが、驚くべきことに無職。


「え、そ、その、それでは、それぞれの職を申告せよ」


 と、王の側近が、自分勝手な召喚者連中になんとなく不機嫌な視線を送る王にかわって、オドオドした声で告げます。わかります、可哀想な中間管理職ですね。


 ま、転移してきた学生連中にそのへんは理解できないでしょうが。


「じゃぁ、Sランクの勇者の俺が、先に行かせてもらうぜ」

「いいなぁ、Sランク、安定だよね」


 見れば、勇者「めんでぃ」君が、得意げに王の元へ進み出ています。


 周りもまた、羨望の眼差しです。


「いい暮らしできるんだろうなぁ」

「間違いない、自動ハーレムだぜ」


 そう、この職業ランク、転生ではなく召喚されて転移という状況においては、暮らしやすさと生きやすさの指針なんですね。たとえば勇者なら貴族的な高待遇間違い無しみたいな感じで。


 ただもちろん勇者ですからそれ相応の責任はつきまと宇野でしょうけどね。


 それでもその待遇は破格でしょう。


 勇者「めんでぃ」君の発言も、謙遜気味だと考えて差し支えありません。


 とは言え、ランクAやBの人達が酷い扱いを受けるということも基本的にないらしいですけどね。一般的にそのあたりの職業でも異世界人と言うだけで、大抵は召喚された王宮の中で良い暮らしができるらしいですし。


 ただ、注目はSSの無職。


 その実、転移後すぐに追放されるのが相場の職業。


 しかし、意外にも、この追放というのが無職をSSランクに押し上げる最大の要因なんです。


 というのも、転移してきてる段階で職がなんであろうとだいたいチート。


 与えられた職業が無職だろうとニートだろうと、一見無駄そうな職でも工夫次第で……みたいな面が必ずあって、政府非干渉な追放身分だと、有り余るチートを翻しつつ自由度の高い異世界生活が送れちゃうらしんですよね。


 そう、馬鹿なことをしなければ大抵はウハウハ生活が確約されているわけです。


 というわけで、無職とは、チートを持ったまま自由に異世界を遊べるテーマパークの無料パスのようなもの。それこそ、帰還者の間でも『無職だったらもう少し楽しめたのに』と愚痴る人間がいるほどです。


 結果、帰還者に無職はほとんどいないというのが常識になっていて。


 帰りたくない異世界生活を送っているという時点で、それが何よりのエビデンスです。


「おい、そこの男、聞こえないのか!」


 おっと、どうやら私の番が回ってきたのか、衛兵らしき男が声をかけてきました。


「そこのお前、職はなんだ」


 私の職、ですか。


 まあ、普通に考えれば、ここまで丁寧に説明したんだから、お前の職業は『無職』なんだよな、くぅ羨ましいぜ! などと期待してしまわれた諸姉諸兄には非常に申し訳ないですが、残念ながら私は無職ではないのです。


「あ、私ですか、私の職は親方です」

「お、親方?」


 そう親方。


 いわゆるイレギュラーと言われる職で、一体何ができるのか一見良くわからないですし、大体が外れなんですが、場合によっては最強系になりえるという不思議職。これには「陶芸家」とか「スイマー」とか「お針子」とかがあるんですが、親方というのは初めてですね。


 と、隣りにいた勇者「めんでぃ」君が興味津々で話しかけてきます。


「へぇ、イレギュラーじゃん。結局こういうわけわかんない職が主人公ポジの超絶チートだったりするんだよな」

「そうだといいですが」

「間違いねぇよおおっさん、で、備考欄になんて書いてんだ」


 備考欄ですか、えっと。


「転移前の能力を継承します……ですかね」

「あ、えっと、おっさん医者とかパテシエとか敏腕プログラマーとか、戦国時代から続く家伝の武術の継承者だったりする?」

「残念、スーパーの青果コーナー勤務です」

「じゃ、野菜を使った料理チートとか!」

「無理ですね、詳しくはないので。自炊しませんし」

「それじゃ、スーパーの商品をこっちでも買えるとか!」

「無理っぽいです、はい」

「……ま、異世界人だし、街に出ればなんとかなるよ、ドンマイ」


 同情されてしまいましたね。


 まあ、私としては、変な能力くっつけられるよりも転移前の能力をそのまま引き継いでくれていればそれでいいんですが。とは言え、王宮勤めは面倒そうなので「ああ、追放ですね、私は」とか嘆きながら、落胆したフリでもしておきましょう。


 きっと、追い出してくれるでしょうし、そうなればこっちはこっちで……。


 と、そのときです、おもいがけず可愛らしい声が後ろから投げかけられました。


「大丈夫ですか? おじさん。でも大丈夫、わたしも追放組ですきっと」

「御職業は?」

「無職です」

「おお、アタリじゃないですか」


 そうやって優しく話しかけてくれたのは、高校生らしい制服を着た少女。


 どことなくふんわりした印象を持つおっとり系の見た目ですが、まとった雰囲気というかオーラと言うか、瞳の奥の隠しきれない存在感というのが桁違いな、胸の大きさも桁違いな、身長だけが平均以下の美少女。


 そんな「良くぞ一緒に異世界に来てくれました」と天高くガッツポーズをしてしまいそうな少女は、さらに素敵な提案をしてきたのです。


「ここ追い出されたら、一緒に行動しましょう」


 いや、想像以上に素敵な提案です。


 これほどのオッパ、いや、美少女ですし、ここは積極的にワンチャン狙っていきたいところ。


 もちろん、無理やりどうこうするつもりはないですけどね。あちらはまだまだ十代の女の子で、こちらはおじさんですから。


 ただ、ただですよ、数多くの帰還者いわく『十代最終盤になるまで子作り及びそれに該当する行為は禁止』なんて奇妙な法律があるのは元いた世界くらいだという話です。であれば、きっとこの世界では、女子高生に手を出しても、ゲフンゲフン。


 というわけで。 


「はい、よろしくお願いします」

「こちらこそ、ああ、追放組の人が優しそうで良かったあ」

「優しそうですか?」

「はい、こう見えても人を見る目はあるんですよ。あと、わたし年上好きなので」


 いやぁ、わかりやすいくらい媚びてきましたね。


 ちょっと鼻につきますが、とはいえ、いくらSS無職様でも安牌そうな道連れはあったほうが安心なはずで、そのためには美少女な自分の特色を活かして媚び売っとけという打算を発揮するのもまた正解。


 いいでしょう、10代の童貞君ではないのです、そういう打算、嫌いじゃないですよ。


 乗らせていただきます。


「ハッハッハ、おじさんで良かった。さて、私は碧野海、あなたのお名前を伺っても?」

「わたしは、吉田青空よしだそら。よろしくおねがいします、ソラって呼んでください」

「ええ、こちらこそ。私は……」

「年上の方なので、名前より、その、おじさん、でいいですか?」

「ははは、かまいませんとも」

「やったー!」



 ……と、いうわけで、この後めでたく私とソラさんは追放。


 居残り組に羨望の眼差しで見つめられながら城を後にしました。


「へへへ、俺は催眠術師の鹿里朽網しかさとくさみ。よろしくな!」


 なんか変なのがひとりくっついてきましたが。


 とりあえず私の異世界物語は、こうして幕を開けたのでございます。

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