「番外編:人間讃歌のリズム感①」
「いや〜、やっぱりダメだったね〜」
会合の帰り道、私達は、人気の少ない路地を通り、予約している宿屋に戻っていた。
「…そりゃあそうですよ…余計な事話し過ぎでしたからね」
「でもさぁ…正直な方が良くない?」
「…別に隠し通せって訳でも無いですよ。遠回しに言えば良いってだけで」
「…へー……」
そんな他愛もない話をしていると、突如として銃声が二つほど響き、それと同時に、私の右足に抉るような痛みが走る。そして、何かが倒れる音も聞こえた。
「……おっと…?」
目の前に…いや、私の周囲を囲むように迷彩服を着た奴らが現れる。数は八人程度とそこそこに多く、明らかに私を拉致する為に来たことが分かる。
「急に物騒ですが、何の御用ですか?」
私の言葉に、奴らは無言のまま銃を私に向け、そのまま引き金を…引いた。
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「丁重に運べ」
耳からの通信機から出た司令に俺は従い、スタンガンによって倒れた対象を二人で持ち、運び始める。
二人で持つと、見た目通りの重みを感じる。こんな若造が、一企業社長だなんて、にわかには信じられないが、そういうものなのだろう。俺だって、今の年まで戦場で生き続けている。才能というのはそういうものだ。
黙々と歩き続けている状況の暇つぶしがてら、才能について考えていると、ふと急に手元が感じていた重みが、下に落ちる様な感覚を感じた。それを疑問に思い、対象の姿を確認すると……
「………!?」
俺は、あまりにも突然で残虐で意味がわからない状況に、思わず手を離してしまった。
「なっ!?何故こうなっているんだ…!?」
「どうし……!?どうして……!?」
「どうして…身体が真っ二つになっているんだ……?」
あまりに突然で意味不明な状況に、困惑と戦慄した空気が流れる…
「おい!これはどういう状況だ!?説明しろ!?」
「…分かりません…突然このような状態になったもので…」
「そんな馬鹿な!?」
「そんなバハマ!?」
「………!?」
空気を読めない異物感のある明るい声、そして一度だけ聞いたことのある声…それを聞いた俺達は、すぐさまを構え、戦闘態勢に入る。
「あれま。やっぱり土壇場でギャグを言うと、滑っちゃいますね。次はもっと面白いヤツを考えよ」
「う、動くな!撃つぞ!」
どうしてコイツは生きてるんだ…?さっき見た光景は幻覚だったのか…?いや、今それを考えている暇はない。
「まぁ、実際は面白いネタではなく、面白い空気感なんでしょうけど。実際身内がやったら、ツッコんでくれる人が居ますし」
片手をポケットに突っ込んだまま、呆れた様子の身振りをした対象に、今度は効き目の強い麻酔銃を打ち込む。
「うん…なにこ…」
この麻酔は、本来大型動物用に作られた物だ。人型相手なら直ぐに効き目が…
「…………おっと」
折れるような豪快な音がした後、麻酔が回るのを防ぐためなのか、過剰なほどの血液が吹き出し、辺りに散乱する。そして…首が生えてくる…
「な…どうして……」
「何って、強力な麻酔なんでしょう?少なくとも注射みたいでしたし」
「…………」
「……再生能力か……?」
再生能力…確かに珍しいといえば珍しいが、驚くのはそんな事じゃない…
「おっ、正解ですよ軍人サイン」
おかしい…俺だって、戦場で色んなやつを見てきた。自分の死を恐れず殺しにかかってくる戦闘狂に、仲間を道具のように使う司令官、魔力が有る限り再生する軍隊…それなりに、おかしいやつらを見てきた。今更血くらいでビビるほど、やわな精神性をしていないつもりだ…けれど…コイツは違う…躊躇があまりにも無さ過ぎる…
本来、生物が自分を傷つける際には、無意識のうちにブレーキが掛かる。本気で自分を殴ろうとしても、無意識に手加減をしてしまい、思った通りに自分を殴れない。それは、生存本能と自己愛が有ることで為せる……つまり、コイツはその生存本能も自己愛も持ち合わせていないのか…?
「あっ、そうそう。そう言えば…さっきから話してる人が、人数の割に少ない様ですけど…大丈夫ですか…?」
奴の言葉にハッとして、反射的に後ろを向く。向くと、仲間達が奴に向けて銃を構えているだけで、特にこれと言った様子もない。
「…なんだ…特に何も……」
そう言い、奴の居る方へ振り向くと…力無く倒れていた…
「なっ……!?」
そして背後から、
「勘違いさせてすいません。でも、勘違いって良くあるので、その一つだと思えば大丈夫ですよ」
もう一度後ろを振り向くと…数え切れない程の大きなまち針が辺りに突き刺さっていた…
「………!?」
おかしい…何故俺の目の前にあいつが居るんだ?あいつなら俺の後ろで倒れていたはず……
「なんで私が生きてるのか?なんで立っているのか?後ろのやつはなんだったのか?そんなとこでしょうか軍人さん」
「なんなんだよ……お前は…!?」
俺の怒号に怯むことなく、目の前の狂人は話し始めた。
「……一回くらい考えたことありませんか?不死身ですぐ再生するありふれたキャラクターが、腕を飛ばされてもすぐ生えてくる事について。一番大きな身体の部分から再生するってヤツです」
急に何を言っているんだ……?……いや、もしや……
「それで、私は疑問に思ったんです。もし仮に同じ体重になるように真っ二つに分けたら、どうなってしまうのか?で、その結果が後ろのそれです」
…間違いない…コイツは、自分が不死身だと開示している…それがどういう目的なのかは分からないが…現状を打破する為に必要な情報であることは明白だ…
「結果は、二つに分かれてそれぞれ再生する、予想通りちゃー予想通りのやつですね。まぁ…再生した片方は、魂が入らないので植物人間になっちゃいますけど」
話的に、コイツは何らかの方法で、身体を真っ二つに割ることが出来る…おそらく、あの胸ベルトに何らかの仕掛けが有るんだろう…だとすると、そこを境に上下同時に麻酔銃を撃つか…?いや、血液で麻酔が出ていってしまう…となると…あの片方の手を突っ込んでいるポケットに何か有るんだろう。
不死身に関係なく、生物の共通の弱点で攻めるべきだろう。
俺は手始めに拳銃を何発かアイツの足に撃ち込み、一気に奴に近づく。そして、奴の右ポケットを撃ち込む。反応的に破壊したことを確認し、一気に踏み込み近づく。
俺の目的に気付いたのか、奴は少し距離を取り、くるっと回ったり、まち針を投げてくるなど、挑発的だな様子だ。途中、左足をまち針で刺されたが、直ぐに抜き、立て直した。
「う〜ん…やっぱりか…?」
そう言い右目を瞑った状態で、のらりくらりとヘラヘラ銃撃を避けている。ただ…今の天気は雨だ。
「あっ…」
濡れた地面に足を滑らせた隙を逃さずすぐに近づき、ヤツの身体に馬乗りの形で拘束し、両足で両腕を地面に踏みつけ、両腕で首を締める。
生物は、基本脳を働かせるために呼吸をしている。コイツはあくまでも死なないだけで、その生物としての理からは逃げることが出来ない。
「うーん…この状況、絵面が強姦そのものですねー…まぁ軍人らしいですし、そんなもんすね」
そう言い、奴は抑えが甘くなってしまった右手で目を軽く擦った。随分と悠長というか、余裕がある様子だ。まだ何か隠しているのか…?
そう思いつつも、首を締めるため、両手は使えない…何か有るんじゃないか、とは思いつつも、今の俺に出来ることは、目の前の奴の首を締め、いち早く気絶させる事だ。そう考えると、ますます首を締める力が強くなっていくのを感じる。
この状況を諦めたのか、目の前の奴は右目をゆっくり開け……
「……アッサプ」
「…!」
開けられた右目だったところを見た瞬間、反射的に離れようとしたせいで、離れた際、足が変な方へ捻ってしまった…が、あの大きさの手榴弾なら、十メートル程離れれば…
「安心しないで下さいよ。軍人でしょう?」
その声が聞こえたと同時に、身体中にまち針がブッ刺された。足に刺され、まち針が地面にも刺さったため、もう動けなさそうだ…
「…ぐっ…」
爆発するはずの奴の右目のところは結局爆発しなかったようで、抉り取るようにねじ込んだであろう手榴弾を取り外した…イカれてるな…
「つーか、さっきみたいに俺もさっさと串刺しにすれば良かったんじゃねえか……」
「……目的が違いますからね。貴方達は私を捕らえる事。私は、表面的な理解を求めてるんですよ」
「……表面的な理解…?」
「はい。あと、大変自分勝手な考えですけれど……」
目の前の奴は、串刺しになっている仲間の懐から何かを取り出し俺の方へ向けてきた。
「軍人がターゲットと話して、内面を理解しようとするのはちょっと…」
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「はぁ…」
結局、軍人と戦って少しカッコいい判断とか戦闘を、少しだけ見ることが出来ただけで、あまり収穫が無かった気がする。それどころか、時間を消費して自分の読書タイムを奪われたうえ、自腹のまち針を必要以上に消費したし…まぁ、人生そういう事もあるだろう。少なくとも、通信機は片っ端から壊したし、漏れる情報も少ないし。まぁ漏れて困る情報も無いけど。
「いつかは報われる…その言葉を信じて頑張りますか」
そう負け惜しみじみた言葉を吐き、その場を去ろうとした時…
「殺さないの?」
そんな中々にドスの効いた言葉が聞こえた。声の聞こえた方へ向くと、丁度マセ始めるかギリギリの年齢の子が居た。多分恐らくきっとメイビーこの軍人達の仲間だろう。小さいから気付かなかったか、待機して居たのか、まぁどっちでも良いか。
「おっそろしい事を言うもんじゃないよ。それに、生憎私は人を殺す予定は有っても、実際は殺せないタイプの人だからね」
「そうですか。せっかくなら殺してくれればよかったのに」
無感情なまま少女はそう言い、手に持った銃をそのまま頭に…
「流石にそれは見過ごせないかも」
手持ちのまち針を巨大化させ、勢いよく目の前の女の子に当てる。ついでに通信機も小さなままのまち針で破壊する。
「……なんで助けたんですか?」
「人の為にやる善行だよ。ここで君を見殺しにすると、寝起きのコーヒーが不味くなると思って」
「……偽善ですね……私の置かれている状況も知らないくせに」
「そんな悲観的にならなくても良いでしょ。世の中なんとかなるもんだよ」
「そんなわけないでしょ。無責任な事を言わないで」
「いや?意外となんとかなるもんだよ。私を虐めてた奴らが何の罰も受けることもなく生きてるんだよ?理不尽な事をしても、普通に何とかなってるんだから、何とかなるよ人生」
「…そんなの負け犬の無駄な妄想でしかない…そもそもそいつらと私の人生は違う。一度負ければ、後は用無しのゴミ同然…どうしようも無いんだよ…」
「少なくとも、一度失敗したぐらいじゃ捨てられないと思うよ。君が小さいのにこんな所に来れている時点で優秀だし、そんな優秀な道具を捨てないでしょ。普通はテキトウな扱いになるだけだよ」
「………悲しい過去持ってる故の俯瞰?馬鹿らしい」
「俯瞰?まさか〜、俯瞰なんて、自分が当事者だと自覚出来てないバカがやることだよ。私は当事者一人称。俯瞰なんて出来ない出来ない」
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……なんだ…この人……今まで出会った事のある人の中のどれにも属していない気がする…少なくとも考え方だけじゃない…私の考えを否定する為の材料が揃いすぎてるし…なんというか…不幸なのは間違いなくそうなんだろう…ただそれ以上に……不幸感の無さを感じる……
恐らく不幸な過去を持っていて、それ故の考え方、そしてそれを感じさせないほどの薄っぺらくヘラヘラした雰囲気…“何を言うかより誰が言うか”、それを体現しているような…
「さて、そろそろ宿屋のチェックインの時間だから、私はこの辺でお暇する訳だけど、一応君だけ無傷ってわけにもいかないだろうし、軽く傷つけられとく?」
「……そんな表面的なやったですアピールに何の価値があるの?」
「さぁ?物事の価値なんて、言ってしまえば相対評価。周りが傷だらけなのに、君だけ無傷だったら戦わない非国民呼ばわりだし、周りが無傷なのに、君だけ傷を負ってたら無能呼ばわり。それなら表面的でも良いから傷付いた方が、この状況だと良くない?」
「……表面的……」
「何やら抵抗があるようだね?」
「いや…そうじゃなくて……」
「……?」
さっきから感じていた、ある疑問をこの人にぶつける。
「……なんでそんな表面的に生きてられるのかなって」
「………」
「…さっきから、貴方は私の質問に答えるだけで、私のことを知ろうとしてない……どちらかというと、貴方の情報を開示しているだけで、言ってしまえば自分というキャラクターの説明をしているだけ…文字通り、“表面的”。それに、私についてあまり興味が無さそうというか、さっきの軍人さんの時といい、多分役職や立場、そんなので人を見ている…つまり、個人としていないんじゃないですか?そんな表面的な事でしか認識出来ず、表面的に生きている貴方が、私に表面的でも良いから…とか自信を持って言えるんですか!」
「言えるよ」
「……え…?」
「勘違いさせて申し訳無いけど、私はそんな…その程度の人間なんだよ。切り抜き動画でその人の人柄を知った気になりたい。鶏皮だけ食べて、余ったのをボディービルダーに押し付けたい。敵だったのに仲間になった奴を裏切り者だと見下したい。対戦ゲームのストーリーだけやり捨てしたい。メロンパンの皮だけを食べたい。人の失敗をテキトウに笑い流したい。なんとなくで勉強して、たいして勉強してない奴を励ましたい。後出しとか気にしないで、主人公の覚醒シーンで興奮したい。悪い奴をあえて見逃して良い奴アピールをしたい。復讐物の量産型動画を見て、愚かにも何かをしてやったという勘違いをしたい。胸とツラで人を好きになりたい。沢山広告出して登録者の割に再生数のカスなアイドル気取りに成りたい。ぶどうの味より、ぶどう味が好きでありたい。部活動を言い訳に、本気を出した気になっていないまま本気を出したい。辛辣なヤツに共感しつつ、自分の好きなものが対象になった瞬間アンチに成りたい。人の良いツラだけを知って生きていきたい。映画監督の思惑通り涙を流したい…そんな薄っぺらい人間が私なんだよ」
「………!」
…説教や緊張感のある場面以外で、初めて言葉が出ないという感覚に陥った……おかしいというより、驚きの方を強く感じた…何だろう…この人…ミルクレープみたいな…人工の狂気と薄い闇、それを交互に重ねていった末路というか…
「じゃあ、そろそろ私はホテルのチェックインをしなくちゃいけないからそろそろお暇したいんだけど、何か言う事とかある?」
私は一番はじめに気になった事を聞くために、重くなった口を開いた。
「……貴方は去ろうとした時…いつかは報わるって言ってましたよね…」
「あぁ、言ってたね。そういえば」
「……なんでそう思えるんですか?そんなありふれた薄っぺらい偽善言葉なのに」
「私はその言葉が割と好きだからかな?正直理由としてはそんなもん。だけど…」
「だけど…?」
「君みたいにこの言葉が信じられない…そんな人もいるんだろう。だから私は証明したいんだよ。どんな奴でも、いつか報われるって事を」
「……はぁ……どうやって?自分が成功すれば、それが証明出来るとでも?」
「そんなわけ無いよ、むしろ逆。逆説的に証明したいんだ。世界中の権力者金持ち全員を引きずり堕ろす事でね」
さっきのヘラヘラとした雰囲気とは違い、確固たる意思を…成し遂げるという決意を感じた…
「…そんな事……」
「出来るよ。少なくとも私にはそれが出来る能力がある」
「……どうやって……?」
私の質問に、彼女は笑顔でこう答えた。
「ネタバレはダメだよ。知りたいなら、自分の目で見ないと…不公平だからね」
彼女の意図をなんとなく察した私は、少し頬が緩んだ気がする。私もなんだかんだ表面的な事で嬉しくなっちゃうような…薄いやつだったみたいだ。
「もう聞きたい事も無さそうだね?」
「うん」
「じゃあ、いくよ」
その言葉を聞いたワンテンポ後、私はまち針に串刺しにされた。刺されてみると、痛みこそあるけど、血はあまり流れず、命の危機を感じるような感覚は無かった。
「それじゃ、私は宿屋に行くよ。それと…あんまり勝ち負けにこだわり過ぎ無い方が良いよ。少なくとも、この世にいる奴ら全員、ほぼ百パーセントを掴み損ねた負け犬なんだから。気楽にいこうぜ」
【
災厄の群像劇〜異世界孤児学校の破滅的天災カウンセラー〜 赤はな @kagemurashiei
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