「異常と極楽優劣⑤」

 コンコンコン、と、ノックが鳴る。

「どうぞ」

「失礼します」

 ドアを開き、それによって目を合わせた中年の男は、私の方へ近づき、見慣れてしまった笑顔で話し始める。

「お初にお目にかかります、ウラッドコーポレーション社長兼、ドキュラ区長アレスコ殿。私はジュラキウルス区長サイノンと申します。以後お見知りおきを」

「…そうですか…遠路はるばるご苦労さまです。それで、本日はどの様な要件でお越しになったのでしょうか?」

 私の質問に、区長を名乗った男は、少し間を開けた後、自分勝手な事を口にした。

「はい、本日は、ドキュラ区と取り引きをしたく存じまして」

「ほう…私めはてっきり、先日の重症者一名、軽症者九名のあの醜態から、あの孤児院について知りたい事があるのかと思いましたが……」

「………!」

(馬鹿な…!周囲に監視カメラ等は無いと確認されたハズ…)

 私の言葉に、客人はわかりやすい動揺を見せる。

「生憎、私は無駄なお世辞や前置きは嫌いです。要件は手短にお伝え下さい」

「……分かりました。単刀直入に申し上げます。先日、我が地区が誇る部隊の隊長が、落雷によって重症を負いました。本来落雷が直撃する確率は極めて低い…この件に関して、私共は、あのカウンセラーと名乗る人物の異能力が関わっていると考えておりますが、そこのところどうなのでしょう?」

 …早く言えと言った筈なのに、わざわざあの厄介者の異能力を聞きたいだけで、よくもまぁ、こんな前置きを言えるものだ。

「…もう少し短く言っていただきたい。それで、あのカウンセラーの異能力に関してですね。そうですね、異能力の種類はお分かりですか?」

「申し訳ありません。お恥ずかしながら…」

「分かりました。それでは種類からお話しましょう。異能力は三つに分けられます。抜かれた死の概念、極楽優劣パラス。苦しみのない狂気、無酷狂気レイジ。残酷な優しさ、救命童神グリム。これらは、発現する為の条件など、性質が色々と異なりますが、今回は割愛させて頂きます。よろしいですか?」

「はい…勿論です」

「次に、あの者の異能力について。あの者の異能力については不明な点も多いので、現在確認されている仮説についてお話します。あの者の異能力は、自分に降り掛かった不幸な出来事や都合の悪いを溜め、それを自分にとって都合の悪い相手に溜めた分の不幸な出来事が起こってしまう。あくまで起こってしまうだけで、本人はコントロールが出来ない。そのような異能力を持っています」

「……!聞いていた話と…違う…?」

 あぁ、またこのパターンか…と少し心のうちが冷たくなって行くのを感じる。相変わらず、アイツは間違った事を言わないのが余計にたちが悪い。

「おそらく、あの者は、こう言ったのでしょう。私の異能力は、現状維持の異能力だと。だから死なないし、死ねないと」

「は、はい…」

「その点についても、間違いではありません。確かに、あの者の異能力は現状維持の要素も含まれているのでしょう……それも、最悪の形で」

「最悪の形…?」

「ええ。あの者の異能力には、もう一つ特徴があります。それは…その異能力を持っている者に、日常的に世間一般からしたら不幸な出来事と、本人にとって不幸な出来事が起こります。それこそ、日常的に雷が当たったり、車に引かれたり、チンピラに絡まれたり、ですかね」

「……何故不幸な出来事を二つに分けたのでしょうか?」

「冷静に考えれば、日常的に雷や車、挙句の果てにはチンピラに当たる生活…貴方ならどうでしょう?そんな生活に耐えられますか?」

「……お恥ずかしながら、恐らく耐えられないでしょう…それがほぼ毎日となると、気が狂ってしまうでしょうね…」

「そう、そんな生活を送ってたら、常人だろうが超人だろうが、死にたくなってくる。それが罠なんですよ」

「…というと…?」

「さっき分けた理由は、本人にとっての不幸な出来事が…死ぬことが出来ない事だからですよ」

「………!?」

「そんな生活を送っていたら、気に病んで、死にたくなってしまう。けれど、本人にとって不幸な事が日常的に起こる、つまり死にたくても死ねない…文字通りの生き地獄の完成ですよ」

「ということは……!」

「そう…文字通り、“生きている事そのものが不幸なんですよ”。だから現状維持、それも最低で最悪の」

「……それは…他の無酷狂気レイジも同じなのですか…?」

「さぁ?何を基準に言ってるか分かりかねますが、少なくとも“生きている事そのものが不幸”というのは違いますね。しかし、“人間性の欠如”、この点に関して言えばその通りだと言えるでしょう」

「…人間性の欠如…?」

「ええ。例えば、不老不死の再生能力有りの無酷狂気レイジ持ちの方が居たとしましょう。その者は、不老不死と再生の能力を用いて、何をすると思いますか?」

「……軍隊に入って、その不死を活かして戦争で活躍する…とかですか?」

「そう。大体の方は、不死という点を活かして、戦闘関係を想像するでしょう。しかし、無酷狂気の方は、こんな活用をします」

 私は、一呼吸おき、心の平穏を保たせ、おぞましい事を口にする。

「答えは、不死性とその再生能力を活かして、“自分の肉を使った加工肉の食品を売る”ですよ」

「…は……?」

「要するに、“不特定多数の方々に、食人行為を無自覚に行わせる’’といった行為を行います。それも、金の為に」

「は…はぁ……そんなのおかしい……狂ってる……」

「そう、狂ってるんです。だから、苦しみのない狂気なんですよ。苦しい事は、苦しかった事として、やがて何も感じなくなる。正確には、痛みなどは感じるが、慣れたのか、大した反応をせず、それが当たり前の様な反応をする。それが無酷狂気レイジの恐ろしい点ですね」

「……………」 

「だから私達は、無酷狂気レイジに名前を付けます。極楽優劣パラスがそうだったように、能力を聞く時、一発で危険なモノなのかを判断する為に。そして、あの者の無酷狂気には、畏怖と望みを込め、こう名付けました」


「“ 災厄パンドラ群像劇場ボックス’’…と…」


________________________


「本日の話のお代は、指定の口座に振り込んでおいて下さい。そして、もう二度とあの孤児院に関わらない事をオススメします」

「…本日は有難う御座いました。謝礼は必ずお支払いします…」

 そう言い、本日のお客さんはトボトボとお帰りになった。

「ふう…」

 一人になった社長室で、ため息を吐いた。今日は色々と疲れた…早く帰って寝よう…そういえば…

 ある事を思い出し、先日有ったジュラキウルス区の部隊が、カウンセラー以外も襲ったという情報を元に、擬態型カメラの映像をチェックし始めた。

 チェックし始めて少し経ち、お目当ての映像が見つかった…

「………!?」

 …が…やっぱり、断っておいて正解だったのかもしれないと、そう思わずにはいられない、惨状だった…

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