第16話 どうして

「うぅ……やっぱり緊張するなぁ……」


「大丈夫、Aランク冒険者が二人もいればこんなクエスト楽勝」


「エヌの言う通りだ。ノアが怪我することは絶対にないしさせないから安心してくれ」


「うん、二人ともありがとう」


 エヌを加えての初めてのクエストはエヌの提案によりDランクのホーンブルの討伐を行うことになった。ホーンブルは鋭い角の生えた大きな牛らしい。怒らせたら最後、尋常じゃない速度で追いかけ回し、人間の何十倍もの力で突進してくるとかなんとか。


 地球ですら牛に突進されたらひとたまりもないのに、それにまさかの超強化が入るというバグ具合。流石異世界と言ったところか、命を落とす可能性が高い高い。とは言え、Aランク冒険者であるティオとエヌが居れば最悪の事態が訪れるなんてことはほとんどないだろう。緊張はするが体が固まりすぎて動けないなんてことにはならなさそうで良かった。ただ油断は大敵、最大の警戒をしつつクエストに挑もう。




 ノアに感謝された……嬉しい……。だがこれで満足してはいけないぞ私。前回は上手くは行かなかったが、今回は違う。難易度が上がったことで迫りくる危険は増える。その状況でノアを颯爽と助けることが出来れば……きっとノアは私のことを好きになってくれるに違いない!


 ティオは内心とても焦っていた。ノアと出会ってから何とか振り向いてもらうためにかっこいいところを見せようと頑張ってきたのだがまだ一度たりともかっこいいところを見せることが出来ていない。それどころか逆に自分のイメージを損なうような行動ばかり取ってしまっている。


 出会ってまだ短い、これから先もノアと行動を共にするかもしれないという事を考えればまだ焦るような状況ではないのかもしれない。が、エヌがパーティーに加わったことによって事態は急変する。


 このままのんびりしてたらエヌに取られてしまう……それだけは何とか阻止しなければいけない。じゃないと私の脳みそが大変なことになってしまうからだ!!


 エヌ、昔からの仲間であり彼女の強さや性格はよく知っている。彼女がパーティーに加わったことはクエストを成功させるという点においてはとても心強い。だがしかし、彼女は私が呆れるほどの男好きなのだ。


 普段は冷静な素振りをしているのに男を前にすると理性という名の鎖を即座に食い千切り、本能のままに男を貪ろうとする。こいつの男癖の悪さはよく知っている、そんな奴がノアのことを狙わないはずがない。


 案の定出会って即座にプロポーズをするという頭のいかれた行動を取ったし、ノアと近づくために魔法という最強のカードを人質に私とノアの二人きりのパーティーにも割り込んできた。


「ノア……私と付き合って欲しい!!」


 私は未来の自分を想像する。ノアを呼び出し、溢れんばかりの想いを伝える私の姿を。そんな私を見てノアは申し訳なさを滲ませながら笑顔を浮かべる。


「ごめんティオ、俺もうエヌの男なんだよね」


 その言葉を聞いた次の瞬間、何かの魔法を使ったのかどこからともなくエヌが姿を現す。そしてエヌはティオの腰に手を回し、自分の方へグイッと引き寄せる。


「ティオ、そういうことだから今後ノアにはこんな風に気安く触らない様に」


「ちょっ、エヌ……まだお昼だよ?」


「お昼だろうが関係ない、私とノアはラブラブ」


「もう……エヌってば……」


 目の前で突然行われるイチャイチャ。私はそれを止めることも、何かを言う事も、参加することも叶わずただ眺める事しか出来ない。自分の好きな男が目の前で別の女に全てを預ける姿──────


 ぐはっ……これは……脳みそとメンタルがおかしくなるな……。


 想像をしただけで血を吐き出して倒れそうになるほどのショックを受ける。まだその現実は訪れていないというのに自分の心は割れたガラスの様にバラバラになり、すぐにでもベッドに籠りたくなった。


「……?ティオ、顔色悪いけど大丈夫?」


「あ、ああ。大丈夫だ、心配してくれてありがとうノア」


 ノアは私の様子がおかしい事に気が付いたのか心配そうな表情を浮かべながら顔を覗き込んでくる。癒される……ノアによって破壊された脳みそがだんだん回復していく……。


 あんなにダメージを受けていた脳みその機能が一気に回復する。ノアで脳を壊され、ノアで脳を回復させる。一体どんなマッチポンプだと叫びたくなったが、これはこれである種の快感を感じてしまった自分に焦燥感に似た何かを感じる。この快感は絶対に良くない奴だ、流石の私でもわかる。ノア……恐ろしい子……。

 


「心配しなくても大丈夫だよノア。ティオが具合悪くなるなんてこと99%ない」


「失礼だなエヌ、私だって体調を崩す時くらいあるぞ」


「毒キノコを食べても平然としていたティオに説得力は微塵もない。それにティオと一緒に過ごしてた時間は長かったけど具合悪い日は一度も無かった」


「……そういう見方もあるな」


 自分の記憶を遡ってみたが確かにそんなことがあったようななかったような気がしたため私は言葉を濁す。ノアに脳筋とは思われたくないが嘘つきだとも思われたくないが故に取った行動である。


「実際の出来事だから──────ティオ!!」


「っ!任せろ!」


 エヌの声に私は即座に反応し剣を抜く。そして前方向へとステップしノアのことを守るようにして剣を構える。後ろは見れないがおそらくエヌも杖を構えいつでも戦えるような態勢は取っているだろう。


「ブモオオオオオオオ!!!!」


 戦闘態勢を取った次の瞬間、目の前からホーンブルが凄まじい勢いで走ってきた。


「ウィンドショット」


 エヌは杖をホーンブルの方へと向け、魔法を発動させる。すると風の弾丸がホーンブルの頭へ向かって発射され、風の弾丸は見事にホーンブルの頭を捉える。


 予想だにしていない衝撃が頭に走ったからか、ホーンブルの勢いがほんの少しだけ弱くなる。私はその一瞬の隙を見逃さず、グッと地面を踏みしめる。


「はああああ!!」


 私は大剣を下から上へと振り上げ、ホーンブルの首と頭を両断する。手ごたえ十分、見事にホーンブルの頭と体は別れを告げ、頭はボトリと落ち、体は地面とキスをしながら勢いが失われるまでズザザという音を立てながら私の後ろへ進んでいく。


 私は剣に付着した血糊を落としてから鞘へ納める。決まった……これならノアも私のことをすごい、かっこいいと思ってくれるだろう。そうなれば私への好感度も上昇、エヌに着けられた差もこれでひっくり返るだろう。


「ふぅ……怪我は無いか、ノ……ア……」


 私は普段よりもカッコつけながら後ろを振り返る。きっとノアは私の勇姿を見届けてくれたに違いない。そう思いながら振り向いたのだが──────


「……」


 ……何という事でしょう。先ほど私が両断したホーンブルの身体は奇跡と言わんばかりにノアの目の前でストップし、ノアはホーンブルの血にまみれているではありませんか。


「ティオ……ノアが可哀そう……」


「……すまないノアアアアアアアアアアアア!!!」


 かっこいいところを見せたかっただけなのにどうしてこんなことに……。 

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貞操逆転世界は生きづらい! ちは @otyaoishi5959

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