待合室の扉の前。そこに座るリーマンをずっと見ている女がいた。

 ああ、憑いていこうとしているんだなと、みのるはすぐに気がついた。彼とは縁もゆかりもない。でも、何かが『合って』しまった。この世のものではない何か。その女はずっと、べったりと窓に張りついてリーマンを見ていた。

 ああいうのが笑っているのはよくない。非常に良くない。悪意がある。これまでの経験上、実はそれを理解していた。

 だからリーマンが待合室を出て行こうとした時、引き止めるかどうか悩んだ。不審者扱いされる可能性の方が高いからだ。今までだって気味悪がられたり、頭がおかしいの罵られたり嘲られたり。だから、見て見ぬふりをすることも多くなった。

 しかし、今回は特別だった。リーマンにとっては最悪だっただろうが、実としては幸いな出来事。

 彼にも『それ』が見えていた。

 こうなれば、実に恐れるものはない。女は私がここにいるだけで入ってくることができなかった。私の方が強い。実は躊躇なく、リーマンに声をかけた。

 実が手を打つと女はすぐに消えた。追い払っただけだったが、リーマンは素直に実に感謝を伝え、何度も頭を下げながら改札へ続く階段を上って行った。


 自分には大体の人が見えないものが見える。この世のものではないもの、この世にいてはいけないもの。そしてそれを追い払う力もある。でもそれが『実際にあるもの』なのか。頭の中で何かエラーのようなものが発生していて、ないはずのものを見えていると、追い払えていると勘違いしているのではないか。

 十年以上、実はそんなことを考え、悩んでいる。それでも、時々こうして自分と同じものが見えてしまった人を助けることができる。感謝されると、一時的に悩みは吹き飛んで、こういうのも悪くないのではないかと思えてしまうのだ。


 思わずにやけそうになるのを堪えつつ、リーマンが階段を上り見えなくなるまで見送った直後。実のスマホが震えた。見てみれば、画面には『操』と表示されている。ため息を後、少し間を開けて応答する。

「どしたん」

 低い声で応答すると、電話越しにおいおいおいと笑い交じりの男の声が聞こえた。

『お前なあ。第一声それはないやろ』

「うっさいなあ。こっちは電車遅延して苛々しとんねん。さっさと――」

 実は思わず言葉を飲む。これは、なんだ?

 操が――兄がかけてきている電話。その向こう側から、先ほどの女とは比べ物にならないなにか。あえて言葉にするなら『邪気』とか、そういうのがしっくりくる。そんなものを感じた。

「操」

『兄貴って呼べ』

「あんた今どこにいんの」

 操の言葉を無視して問いかける。彼は待ってましたと言わんばかりに、今自分が取材している出来事を話し始めるのであった。

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駅の待合室にて 平城 司 @tsukasa_t

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