34話

 ガーネットの活躍によって、ひとまずは窮地を脱した私たち。けれども、状況が苦しいことには変わりなかった。


「それで、どうするんですかこの怪物っ!」

「それが分かったら苦労しませんよ!」

「ハハハハハははははは! オマエタチ、ココで死ねぇ!」


 とりあえずで取られている作戦はこうだ。前の方にマリナとガーネット、そして私が後方待機。前二人が何とかして攻撃を凌いでいる間に、私がケリをつける。

 まあ、そういうことになってはいるのだが……


「ブリザードはほぼ効いてなかったし、ランス系統の魔法もコスパが悪いし、かといって普通の魔法を撃ちまくっても意味はないし……あーもうどうすりゃ良いんだよっ!」


 率直にいって、手詰まりだった。

 確かにガーネットが来てくれたお陰で私たちは助かった。けれども、こちらから変異種への有効打が無いままなのだ。私の残りの魔力は、ブリザードのような大型魔法を一発撃てるくらい。だが、そのブリザードは変異種にほぼ効かない。他の大型魔法だって同じだろう。


「シエラさん、速く何とかしてくださいよ! そろそろ私も避けきれなくなってきましたよ!」

「気合いで避けなさい! 私だって気合いで防げてるんですから!」

「そんな無茶な!?」


 自慢のスピードで攻撃を避けてきたガーネットは、既に疲れ切っている。あれだけ駆けずり回ったのだ、それも当然だろう。

 もっと酷いのは、重傷を負いながらも何とか剣を振るっているマリナの方だ。応急処置として回復魔法をかけたが、具合は良くない。本人が言っているように、もはや気合いだけで何とかしている。

 ……変異種の攻撃を凌いでいる二人も、長くは持たなそうだ。


「どうすれば、こいつを倒せるんだ」


 残された時間は少ない。必死に考えるが、有効な手立てが何も思いつかない。というか、魔法以外に攻撃の手段が無いのが厳しすぎる。現状使える魔法だけでは、変異種を倒すことはほぼ不可能なのだ。

 しょうがない、を使って賭けに出るか……


「シエラさん、あなただけで倒さなくてもいいんです。私が何とかしてこいつを叩き潰して見せます!」

「ま、マリナさん何言ってるんですか!? こ、この大きさの化け物相手につぶすとか、無茶ですよ無茶!」


 勇ましく宣言したマリナに、ガーネットが攻撃を避けながらツッコミを入れる。変異種を見る。その大きさは、もはや家と同じ程度になっていた。確かにスライムはつぶせば倒せる。だが、今の変異種をつぶすのはどんな手を使っても不可能だろう。


「……いや、いけるのか?」


 改めて、状況を確認する。ギルドの奥の部屋で変異種と相対する私たち。ガーネットは疲労困憊、マリナは満身創痍、私も魔力は残り少ない。それに対して変異種は、未だに元気いっぱい。さっき撃ったブリザードはほぼ効いておらず、その巨体はこの部屋の半分を埋めるほどになっている。

 、か。これだったら、つぶせるかも。


「いける、かも」


 もし上手くいけば、二人は助かる。成功するかは怪しいが、ジリ貧な現状を維持するよりはマシだろう。それに、失敗してもがある。駄目で元々、上手くいけば儲けもの……いつぞやマリナが言った言葉のような心境だ。


「二人とも、私は外から魔法を撃つ準備をするから、三分程度したら外に出て! 後は私がなんとかする!」

「分かりました! ほら、あと少しです。気合いで乗り切りましょう!」

「あ、あと三分だけですよ! このままだと私死んじゃいますからね!」


 変異種の相手は二人に任せて、私は魔法の準備を始める。今回使うのはウィンドストーム。ブリザードと同格の大型魔法で、かなり使うのが難しい風魔法だ。


「魔力を杖に込めて……よし、もう一回……」


 体内の魔力を掻き集めて、その全てを杖に込める。その作業を何度も何度も繰り返して、杖に込めた魔力の量を最大まで増やしていく。あと少しだ。あと少しで、魔法を撃てる……!


「あ、やばっ!」

「危ないっ!」


 ガーネットの焦った声とマリナの声が聞こえ、それと同時に大きな音がした。


「二人とも、大丈夫!?」


 前方を見ると、マリナが壁にもたれ掛かっている。どうやら、マリナはガーネットを庇って変異種に強烈な一撃をもらい、壁に叩き付けられたようだった。

 いい加減、ガーネットの疲労も限界なのだろう。それに、マリナも今の一撃でふらふらになっている。


「ま、マリナさん!? ……すいません、後は私が避けきって時間を稼ぎます!」

「私はまだ大丈夫です! ガーネットさん、疲れ切ったあなたこそ先に引いてください!」

「二人ともどう考えても大丈夫じゃないでしょっ! もう準備は出来たから、引いてくれ!」


 戦い続けることが無理であろう二人に、そう声をかける。もう魔法の準備は完璧だ。これ以上二人に粘ってもらう必要もない。


「わ、分かりましたっ! それじゃお先に失礼します!」


 そう言ってガーネットはドアを開けてこの建物から出ていった。後は、マリナも逃がすだけだ。


「マリナも早く、外に行ってよ!」

「……」


 マリナに逃げるように言ったのだが、急に彼女は考え込みだしてしまった。目の前に変異種が居るってのに何やってるんだ!?


「マリナ!? そこに居ると魔法に巻き込んじゃうよ!」

「……絶対に、無事に帰ってきてくださいね」


 真剣な目で、念を押すように言ってきたマリナ。その真っ直ぐな視線から、私は目を反らして――


「良いから早く引いてってば! このままだと邪魔になるって!」

「……分かりました。では、また後で」





 怒鳴り散らすと、後ろから駆けていく足音がした。……そろそろ、ギルドの外に行っただろうか。


「……よし、行くよ! 『ウィンドストーム』!」


 家の一つや二つを吹き飛ばしてしまうであろう暴風。魔法によって引き起こされたそれの標的は、実は変異種ではない。……冒険者ギルド、この建物そのものなのだ。

 ガタガタ、と強風が吹き付ける音がして、それはそのうちミシミシ、と建物全体がきしむ音に変わっていく。


「コレハ……ま、まさか貴様ァ! 正気ナノカっ!?」


 狼狽え出した変異種。あの様子だと、私が何をしようとしているのか気づいたようだ。


「残念、気づいたところでもう手遅れだよ」

「ふ、フザケルナァァァァァァッ!」


 激怒した変異種が私を襲おうとした、その瞬間。

 バキッ。そんな音と共に、風圧に耐え切れなかった建材の一部が折れて。


「ギャアアアアアアアアッ!」

「これで、終わりだね」


 建物全体が、一気に崩れだした。

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エリート剣士と平凡魔術師が組むだけのおはなし。 スライム小説家 @kanikani225

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