33話
「し、信じられない。ブリザードで倒せないなんて……」
「落ち着いてくださいシエラさん。奴の反応からいって、間違いなく効いてはいます!」
血の気が引いていく私に、マリナは励ましの言葉をかけてきた。
「で、でもあれで倒せないんじゃあ、どうすれば良いんだよ!?」
「一回では効果がなくても、何回も撃てば倒せるはずです! 諦めずに戦い続ければ……」
確かにそうだ。マリナの言う通り、さっきの魔法は変異種に効いていた。よく見れば変異種の一部が凍りついているし、動きは少し鈍っている。二、三回では無理かもしれないが、十回とか二十回とか撃てばいずれは倒せるだろう。そして、マリナならそれだけの回数を撃ちきるまで時間稼ぎが出来るかもしれない。
だとしても。
「……んだよ」
「え? な、なんて言ったんですか?」
「あんな強力な魔法、あと一回しか撃てないんだよ!」
魔法というのは、行使者の魔力を消費して行われるもの。だからこそ、魔法を使う人間にとって、魔力量は重要な項目の一つだ。その点、私の魔力量は決して少なくないし、むしろ多い方である。
……それでも、ブリザードのような強力な魔法は何発も撃てるものじゃない。どんなに頑張っても、私の魔力量では精々撃てて二発なのだ。
そして、既に一発撃ってしまった私には、残り一発分の魔力しか残されていない。ブリザードをもう一発撃ったところで、この化け物は倒せない。それが表すことは、つまり――
「……私じゃ、こいつは倒せないんだ」
「……え」
そんな諦めの言葉を、私が吐いた瞬間。呆気に取られたマリナは、変異種に吹っ飛ばされた。
「あ、あああ……」
「し、シエラさん……せめて、あなただけでも……逃げ……」
もう、終わりだ。どうあがいたって、私たちではこの化け物には勝てっこないのだ。
絶望で立ち尽くす私に、変異種は体の一部を向けてくる。今までの冒険者と同じように、私もこの化け物の餌にされてしまうのだろう。
「やっぱり、私って弱いや」
ちょっと強くなっただけで、私は何でも出来るようになった気でいた。でも、そんなことは無かったのだ。
迫りくる、変異種の魔の手。最後の瞬間を覚悟して、目を閉じた私に伝わってきた感触は――
「何諦めてるんですかシエラさん! とっととこの変てこりんを倒して、私の独占取材を受けてくださいよっ!」
誰かに運ばれているような、そんな浮遊感だった。
……いや、これ本当に誰かに運ばれてるじゃん。それも、お姫様抱っこで。
誰がこんなことをしているんだと思って目を開ける。そこに居たのは、この街随一のお騒がせな新聞記者だった。
「あ、ども! 昨日ぶりですね、シエラさん!」
「……ガーネット!?」
慌てふためく私を抱えなおすと、ガーネットはびゅーんとものすごいスピードで変異種に近づいていく。
「ちょ、ちょっと!? 何やってるの!?」
「何って、マリナさんも助けるんですよっ! 絶好の取材対象を私の目の前で、みすみす死なせてたまるもんですかっ」
そう言いながらも、スピードを緩めることなく走り続けるガーネット。そんな彼女を、変異種が見逃すはずもなく……
「貴様、ちょこまかト……死ネェ!」
「う、うわっ!? さっきの攻撃が来た!」
先ほどと同じように、体の一部を鞭のようにしならせて、こちらに振るってきた。
「や、ヤバい、このままだとやられちゃうよ!?」
「喋ると舌噛むので、ちょっと黙っててくださいよ!」
「え!? ねえ? な、何をすっ!?」
唐突なその言葉に、私が聞き返そうとした瞬間。
ガーネットと私は、飛んだ。
「どわあああああっ!?」
「あーらよっと!」
大ジャンプして攻撃を躱したガーネットは、そのまま着地するとあっという間にマリナも回収してしまった。
今の状況は、ガーネットが私をお姫様抱っこしていて、そんな私に覆いかぶさるようにマリナが抱きついている状況だ。
「な、なんでそんなに逃げ足速いの!?」
「ふふんっ、虚偽報道にブチギレた方々から逃げまくっているうちに、私の逃げ足は神の領域に至ったんです! 一部の界隈では、『世界最速のマスゴミ』なんて呼ばれてるんですよっ!」
それは自慢げに話せる内容なのか……?
ま、まあ普段のその能力の使い道はともかく、今はガーネットの逃げ足のお陰で助かったのだ。感謝以外に言うべき言葉は無いだろう。
「助けてくれてありがとう。でも、どうしてガーネットがここに……?」
「ふふ、騎士団が管理する牢獄に居たら、ギルドに化け物が出たという騒ぎが耳に入ってきましてね。記者としては居ても立っても居られず、騒ぎに乗じて脱走してきましたっ☆」
「脱走してきましたっ☆じゃないよ!? 何やってるの本当に!?」
……あーあ。何だか、さっきまでもう無理だとか勝てないとか絶望していたのが馬鹿らしくなってきた。
「……勝てるかな、あの化け物に」
「勝てますよ」
「え?」
それまでのおちゃらけたテンションと全く違う、実感のこもった一言。驚いて、ガーネットの方を向くと、彼女は真面目な表情で。
「ていうか、あなたが勝って特ダネ作ってくれないと新聞社つぶれちゃーう! お願いだから勝ってください、土下座でも何でもしますからっ!」
……なんだ、いつものガーネットか。普段なら、マスゴミだとかふざけるなとか、そんな風に叱っていたであろうおちゃらけた態度。でも、そんな態度に私は――
「分かった、勝ってみせるよ」
勇気づけられたのかも、しれない。
「え、えへへ……シエラさん、いい匂いがするぅ……」
胸元から聞こえる、溶けたような甘ったるい呟きは、聞こえなかったことにした。
……こんなときに何してるんだよ、こいつ。
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