32話

 当たってほしくない嫌な予感というのは、案外当たるものなのだろうか。

 受付さんと少年が話していた奥の部屋に急行した私は、そんな感想を抱かざるを得なかった。


「ふふ……まずはソの女から食ってやろうと思っタんだけど、失敗したなあ……」

「……気持ち悪いな、お前」


 醜悪。そんな言葉がぴったりな化け物と、私たちは対峙していた。オーク、ゴブリン、シルバーウルフ……様々な魔物や動物の特徴が見てとれる。すべての生物をごちゃ混ぜにして、それを滅茶苦茶にしたような液体。そして、そこから生えているのは、無数の人間の手足。

 これがスライムの変異種だとは、到底思えなかった。


「し、シエラさん、マリナさん!」

「受付さん、大丈夫?」

「え、ええ。で、でも、いきなりさっきの少年が、化け物に……」


 動揺しながら、そう言う受付さん。

 ……やっぱり、あの少年は魔物だったか。にしても、人間に化けるなんてずいぶんと狡猾な魔物だ。


「受付さん、すぐに騎士団にこのことを報告しに行って。これの相手は私たちがするよ」

「わ、分かりました。……お二人とも、どうかご無事で!」


 受付さんは少し心配そうにこちらを見ると、一目散に走っていった。

 その様子をじっと見ていた変異種は、こちらにターゲットを定める。体の一部を変形させて、鞭のようにしならせて。


「ふーん、応援カア……さっさと君を始末シテ、あの女を追ワナきゃね!」


 そんな一言と共に、鞭のようになった変異種の一部が何本も向かってきた。不味い、数が多すぎる。こっちに来るまで、魔法では全部撃ち落とせない……!


「私を忘れてもらっては困りますね」


 そのときだった。スパッ、と私に向けられた全てが斬り落とされる。


「やはり、この魔物もスライムなようですね。斬った時の手応えが悪い」

「ま、マリナ。助かったよ!」

「礼は後にしてください。今はこれを倒すのが先です」


 お、おお……なんか会って最初の頃のマリナを思い出すなぁ。

 私が謎の懐かしさに浸っていると、変異種はこちらを睨み付けて。


「Aランク冒険者のシエラ・シェリーナ。同じくAランクのマリナ・ウォード。……ソウか、分体を倒したのは君タチだったンダネ」

「分体? ……ああ、ゴブリンの巣に居たあれのことか」


 予想通り、私たちが倒したあの魔物と行方不明の犯人はどちらもスライムの変異種だったか。


「同種だと思ってたんだけど、分体とはね」

「ふふ、分体ごときを倒したからって調子に乗らないデヨ。……何たって僕は、サイキョウナンだからねええええっ!!!」


 数多の冒険者を喰らい、糧にしてきたであろう怪物。自らを最強と名乗るそれに対して、私は。


「寝言は寝て言うと良いよ! 『アイスアロー』!」


 威勢よく、戦いの火蓋を切ってみせた。




「マリナ!」

「分かってますよ!」


 私に向かってくる攻撃を、マリナが全て防ぐ。そして私は、マリナに稼いでもらった時間で魔法を使って攻撃する。変異種と戦った時と同じやり方だ。ただ、あの時とは違う点がある。


「『アイスランス』!」

「ぐ、ぐぐぐ……!」

「『アイスバレット』!」

「ええい、厄介ナ!」


 私の実力が、大きく向上しているのだ。ギルマスに「Bランク相当の実力がある」と言われた時は信じられなかったが、今ならその言葉にも頷ける。

 魔法の威力、撃つスピード、そして状況に合わせて撃つ魔法を変える判断力。その全てが、ゴブリンの巣で戦ったときと段違いだ。


「マリナ、次で決めるよ!」

「させるカ!」


 変異種は再び、体の一部を鞭のようにしてこちらに向けてくる。さっきと違うのは、その数が圧倒的に多いことだ。これはいくらなんでも、マリナでも迎撃しきれない筈だ。


「しょうがない、私も一旦迎撃に……」

「シエラさん! ここは私に任せて、あなたは攻撃に集中してください!」


 強い意志のこもった、マリナの言葉。私はそれを信じて、そのまま魔法の準備を続ける。

 そんな啖呵を切ったからには、やってくれよ……!


「喰ラえっ!」


 数えきれないほどの鞭が、ひゅんひゅんと音を出しながらこちらに向かってくる。それと相対するマリナは、剣を構えなおすと……


「――遅い」


 何が起こったのか、私には何も分からなかった。それは私だけでなく、変異種も同じだったようで。


「な、何ガ……ど、ドウシテダ!?」


 唖然とする変異種。そして切り捨てられた数えきれないほどの細い肉塊。もはや隙だらけとなった変異種に、魔法の準備を済ませた私は――


「喰らっちゃえ、『ブリザード』!」


 トドメの魔法を、撃ち込んだ。




 ――氷雪が、立つことすら難しいほどの猛烈な風に乗って、変異種へと押し寄せる。辺り一面を真っ白に染めてなお、魔法は続く。どんな魔物ですら、耐えることができないであろう強力な魔法。そんな私の使える中で、最も強力な魔法に変異種は。


「く、ククク。いてえジャねえか! オイ!」

「そ、そんな馬鹿な……!?」


 耐え切ってしまった。

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