第5話 誰のモノにもなるんじゃねぇぞ

「昨日はよくもやりましたね。やってくれましたね」


「正直ごめん。やりすぎたと思うよ」


「本当ですよ! まったくもう! なでなでするなら事前に言ってくれないと気絶するに決まっているじゃないですか!」


 撫でると気絶する意味が正直わからないけど、今度から撫でる場合はなるべく事前に言うようにしよう。


「青葉くんへ復讐します。今日は私がキミを気絶させてあげますよ」


 何をする気だ。


「うふふ……えい!」


 佐久間さんが正面から抱き着いてくる。

 ふわりと漂う女の子の香りが僕の鼻孔を刺激する。


「さ、さささ、佐久間さん!?」


「ゆ~う~くん」


 僕の耳元で甘えた声を囁いてくる佐久間さん。

 やばいやばいやばい。

 いつもより近い距離での囁きは破壊力がありすぎる。


「どうです? 気を失いそうなくらいドキドキしてくれていますか?」


「し、しております」


「んふふ。私の復讐はこの程度では終わりませんよ。この体勢のままASMRタイムに入っちゃいます」


「ちょ!?」


 腕だけじゃなく、脚まで巻き付けてくる佐久間さん。

 逃走不可の抱擁攻撃に僕は茹でダコレベルにまで赤面していた。


「さっ、台本ください。この状態の青葉くんはどんな言葉を私に言ってほしいのですか?」


 無理だ。

 この状態のまま今日僕が持ってきた『ぐいぐい攻めてくる幼馴染』シチュエーションなんて読まれたら悶え死ぬ。


「で、では、昨日佐久間さんが持ってきたヤツを僕へ読んでください」


「あれでいいの? ふふっ、了解です」


 アレはアレで中々官能的なセリフだが、一度聞いたことあるセリフならまだ耐えられるはずだ。


『……ね~ぇ。どうしてそっちで寝るの? 優君の寝る場所はわ・た・しの胸の中でしょ? 早くこっちきて。ここ以外で寝ることは私が許さないからね』


 くっ、この人わざと艶っぽく読み上げているな。

 微妙に男性向けにセリフを変えてきているのがずるい。


『……優君? もう寝ちゃったの? ふふっ、いつ見ても可愛い寝顔だな…………やばい……チューしたいな……さすがに起こしちゃうかな……起こさないように——』


 駄目だ。

 破壊力がありすぎる。

 でも理性を留めることはギリギリ出来ている。僕、偉過ぎじゃない?

 

    ちゅっ


「……!?」


 『好きだよ』


 耳たぶ辺りに佐久間さんの唇の感触が奔った。

 瞬間、全身余すことなく真っ赤になる。

 トロけて気絶寸前な僕に対し、佐久間さんは耳の中を軽く触ってきた。

 瞬間、全身に痺れるような感覚が奔り、堕ちかけていた意識が一気に覚醒する。


「さっ、次は青葉君が読む番です。こちらをお願いします」


 殺す気かな?

 満身創痍の僕にこれ以上の刑を与えるつもりかよ。

 でも読み上げないと解放してくれないんだろうな。

 僕は渡された便箋を開き、若干声を震わせながら精一杯台本を読み上げた。


『佐久間美咲。お前のことが好きだ。お前の頭のてっぺんから足のつま先まで全部俺の物だから。他の誰のモノにもなるんじゃねぇぞ』


「ならないですぅぅぅ! 私の全部貴方の物でしゅぅぅぅ!」


 耳元で叫ぶものだからいつも以上に喧しい。

 ん? 耳元で……か。

 なるほど。なるほど。いいことを思いついてしまった。

 佐久間さんから渡された文章はこれで終わりだったけど、僕はアドリブで続きのセリフを付け加えてみることにした。


『言ったな? 今からお前の全ては俺のものだ。この可愛い耳たぶも俺の好きにさせてもらうぞ』


「へっ?」


    はむっ


「~~~~~~っ!!!!」


 軽~く彼女の耳たぶを口に咥える。

 さっきの耳キスのお返しだ。


「ふ、二日連続で……私を気絶させる気がですね……ですが! 一人では堕ちません。貴方を道連れに……してやるんだから!」


    ぺろっ


「~~~~~~っ!!!!」


 左頬にヌルっとした感触。

 な、なめ、今、頬、なめられ……っ!


「「ぷしゅぅぅぅ~~~」」


 お互い同時に背中から倒れ伏した。

 漫画のように目をグルグル回す僕と佐久間さん。

 どうやら今日の勝負は引き分けらしい。

 それにしても僕ら何の勝負をしてるんだろう?

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