第4話 美咲の寝る場所は俺の膝の上だろ?

 佐久間さんとASMRを囁き合う約束をした。

 それは良いのだが、別件で問題が浮上する。

 佐久間さんに言ってほしい文章を僕自身が考えなければいけないのだ。


「そもそもシチュエーションボイスの定番ってなんだろう?」


 首を傾げながら検索してみる。


「ふむふむ。添い寝、耳かき、寝起き……わわ、息吹きかけなんかあるの!?」


 さすがにエッチすぎん?

 でも……


「佐久間さんの息吹きかけボイス……欲しいなぁ……」


 しかし、一発目からエロ目的なんて駄目だ。

 駄目……なんだけど……

 でも欲しいものは欲しい。


「なるべく定番のシチュエーションの中で息吹きかけを加えられないか?」


 僕はその日、思考を重ねに重ね続けた。

 すべては佐久間さんの息吹きかけ音を手に入れる為に。







『おはよ……優くん……今日も暑いね……美咲が優くんのことを冷ましてあげるね。ふぅ〜……ふぅ〜』


 よし。なんて自然な流れなんだ。

 佐久間に怪しまれず息吹きかけ音をゲットできたぞ。


「……青葉くん。私の息吹きかけ音欲しかったのですか?」


「秒でバレてたぁぁっ!?」


「バレますよ! なんで人を冷ますのに息吹きかけているんですか!? 意味がわからないですよ!」


「イケると思ったんたけどなぁ」


「シチュエーションが普通におかしいです。私だったら耳かきボイスの途中に差し込んだり、熱い飲み物を冷ましたりするシチュエーションにさり気なく組み込みます。ていうか一昨日私がそれやったじゃないですか」


「そ、その手があったぁぁ! さすが佐久間さん姑息ですね」


「普段から姑息な手段に出ている人みたいに言わないでください!」


「次回からの参考にします」


「あの……もっとオープンにしてきても大丈夫ですよ? 私、青葉くんがどんなボイスを求めてきてもひいたりしませんから」


 なんて優しい言葉をかけてくれるんだ。

 次からは姑息に隠したりせずオープンにしていこう。


「さて! 次は私の番ですよ。これ、読んでください!」


 佐久間さんから今日も悪魔の便箋を受け取った。

 咳払いを一つ挟み、緊張気味に読み上げようとするが――

 

「あっ、ちょっとだけ待ってください」


 なぜか待ったをかけられる。


「青葉くん。こちらに座ってください」


 言われるがままに僕は胡座あぐらをかいてコンクリートの床に座り込む。

 佐久間さんも僕の目の前に座り込み、そのままゴロンと僕の右足を枕にして寝転んだ。


「ちょっ!?」


「……優くん……この体勢で……読んで?」


 俗に言う膝枕。

 佐久間さんの頭の重みが直に伝わってくる。

 僕も彼女も顔と耳が真っ赤になっていた。

 こんな夢のようなシチュエーションで僕は先程渡された紙を読むことになるのか。


『……なぁ。どうしてそっちで寝るんだ? 美咲の寝る場所は俺の膝の上だろ? 早くこっちこいよ。ここ以外に座ることは俺が許さないからな』


「そっち行きゅぅぅぅ!」


 ビックリした。

 膝の上で急に叫ばないでほしい。

 あと悶えるたびに頭をゴロゴロさせるの止めた方がいいと思うよ。

 心の中でこっそりとツッコミを入れてからセリフの続きを言葉にする。


『……美咲? もう寝ちゃったのか? ふふっ、いつ見ても可愛い寝顔だな…………やばい……チューしてぇ……さすがに起こしちゃうかな……起こさないように……ちゅ……好きだよ』


「寝てましゅぅぅぅぅ! 一生貴方の膝の上で寝てりゅぅぅぅっ!!」


 寝ろよ。


「あ……あの! アンコールいいですか? 要望を言うと『好きだよ』の部分を『大好きだ。美咲』でお願いしたいです」


「アンコールとかセリフ修正とか有りなのね」


 今度から僕も同じようにアンコールするとして……

 すんなりとアンコールに答えるのはちょっぴり悔しい。

 僕は初めて佐久間さんに対して悪戯心を抱き、口元で薄っすらと笑みを浮かべながら一つのアドリブを加えてみることにした。


「~~~~っ!?!?」


 僕は佐久間さんの頭の上に優しく手を置いて、ゆっくり左右に振りながらアンコールに答える。


『……美咲? もう寝ちゃったのか? ふふっ、いつ見ても可愛い寝顔だな…………やばい……チューしてぇ……さすがに起こしちゃうかな……起こさないように……ちゅ……大好きだ。美咲』


 佐久間さんは僕の膝の上で小さく震えている。

 やばい。頭を撫でるのはやりすぎてしまったかも……


「ふしゅ~……」


「耳から湯気が出てる!? ちょっと佐久間さん!? 大丈夫!?」


「な……なでなで……さいっこう……ぷしゅぅぅ」


「気絶した!?」


 ちょっとした悪ふざけのつもりだったのだけど、佐久間さんにとっては命に係わるレベルの出来事だったみたいだ。

 でもその表情は恍惚で、ちょっと幸せそうにも見えたのは気のせいではないだろう。

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