第2話 こーらっ。いきなりキスをねだるやつかあるか

 約束通り、今日も放課後の屋上で佐久間さんと待ち合わせをした。

 目の前には思いっきり頬を緩ませた佐久間さん。

 教室では絶対見せないトロけた顔だった。


「青葉くん! 今日は絶好のASMR日和ですね!」


「……超雨降っているけど」


「この雨がいいんですよ! アンニュイな気分でASMRに沼ることができます!」


 どうして僕はこの場に来てしまったのだろう。


「さっ! 今日の台本はこれです! 一生懸命考えてきました」


 出たな悪魔の便箋。

 今日はどんな羞恥的な文章を読まされるのやら。

 恐る恐る便箋受け取って読み上げていく。


『——今日も一日お疲れ様。さっ、こっちおいで……って、こーらっ。いきなりキスをねだるやつかあるか。ほら。まずは疲れを取らないと……ね? ふふ。膝の上に寝転がって猫ちゃんみたいだ。にゃー、にゃー、ごろにゃーん、ごろにゃんにゃん』


「ごろにゃああああああああああん!!!」


 佐久間さんが悶え転がっている。

 なんだこれ。なんなの、この状況。


「あ、青葉くんの……はぁはぁ……癒しボイスと……はぁはぁ……私の文章が交じり合って……最高のハーモニーを奏でてくれりゅ」


 そうか。

 ようやく悟った。

 死んだのだ。

 僕の知っている清楚で可憐な佐久間美咲はもうこの世にいないんだな。


「あ、あれ? どうして青葉くんが泣いてるのですか? 私の文章に感動しちゃいました?」


「佐久間さんって独特な文章書くよね」


「あ、青葉くんの癒しボイスに褒めてもらえた! さ、最高すぎりゅぅぅ」


「一切褒めてないからね。はっきり言うけど酷すぎる文章だよ。人に読ませて良いものじゃない」


「あ、青葉くんの癒しボイスで叱られたぁぁっ! こ、これはこれで……はかどる!」


「捗るってなに!? どうして叱られてちょっと喜んでいるの!?」


「あ、青葉くん。もっと私を褒めて……いや、ちょっと待って。やっぱり叱って! 叱ってください!」


「お叱りの方を気に入っていらっしゃる!?」


 世のASMRリスナーってもはや全員こうなのか?

 僕はとんでもない世界に飛び込んでしまったのかもしれない。


「よ、要件も済んだと思うので僕は先に帰らせてもらうね」


 これ以上変な世界に引きずり込まれてなるものか。

 僕はこの場から逃げる様に去ろうとする。


「えっ!? ま、待ってくださいよ! まだ1件しか録音できていないじゃないですか!」


「録音してたの!?」


「当たり前じゃないですか! ASMRは一期一会にあらず。繰り返し聞くことで遥か高みへ昇ることができるのです。家に帰ってから50回は聞きます」


「50回!?」


 クラスの美少女が家に帰ってから50回も僕の声でよろこんでいるということ?

 さすがに回数は盛られているとは思うけど、それだけ僕の声を気に入ってくれていることはちょっとだけ嬉しく思ってしまった。


「ほ、本当に僕の声を気に入ってくれているんだね」


「はい。とても素敵な声です。青葉くん周りから『良い声だね』って言われたことありません?」


「ないかな。男同士で声を褒め合うことって一切ないし」


「じゃ、じゃあ、女の子からは?」


「ないですよ」


「よかった。青葉くんの声の良さに気づいているの私だけなんですね。嬉しい」


 本気で嬉しそうな様子にドキッとしてしまう。

 声しか褒められていないのに、等身大の自分が褒められているように思ってしまう。


「青葉くんは私専用のASMR配信者なので、もし他の子から言い寄られても断ってくださいね」


「それなんだけどさ。僕その提案にオーケーした覚えがないんだけど」


「えっ!?」


 青天の霹靂と言わんばかりにショックを受けている。


「そ、そんな! も、もしかして、いや……でした?」


「僕にはデメリットしかないからねぇ」


「うっ……言われてみれば……私にしか利がありませんでした」


 声を気に入ってくれているのは正直嬉しいけど、ASMRを提供するのは今日で終わりにしたい。

 佐久間さんとの接点が無くなってしまうのは残念だけど。


「わ、わかりました! 青葉くんにもメリットがあれば……いいんですよね!?」


「いや、別にそういうわけでは……」


「では! 私も青葉くんにASMRを提供します!」


「……はい?」



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