第10話 好きな人のことを知りたいと思う気持ちは本物であろうが、大体知らなきゃよかったと後悔するのが恋愛である。

 若干無言の間が俺たち3人の間に在った。

「……えっと、それでですね」

 気まずさをごまかすために話を進めることにした。

「稲葉さんはウチの妹を殺したんじゃなかったのですか?」

「えっ、なんでオレっち殺されなきゃなんないの⁉」

「ちがうよ、Gだよ」

「さらにGゴキ扱い⁉」

「ああ~~嘘だろ、Gゴキかよ」

「アニキまで!」

 俺が頭を抱えてうなだれると妹が若干涙目に成っていた。

 だけど―――

「あの……なんで名状しがたい悪魔の話になるんですか?」

 と、言い出しっぺの稲葉がドン引きしていた。

「え?Gって言ったらゴキのことだよね、ゴキが出たから始末したって話じゃ?」

「無理無理無理!Gってそんな恐ろしいモノじゃないですよ」

 そう顔と手を振りながら否定していた。

「Gって言ったらゴーストのことですよ」

「ははは、なぁんだそっか…………ってそっちの方が怖いわ!」

「何を言ってるんですか、ここのGなんてせいぜいが20年ほどの雑魚ですよ!」

「20年モノって結構古くない⁉」

 俺らが産まれる前だ。

「ですがヤツ等は2億年ですよ!」

「個でなく種で見てますよね」

「怨霊ごときは滅ぼせますけどヤツ等は滅ぼせません!」

「スケールがデカいな!しかしゴキは出てないってことか?」

「出て来たら祟ってやる!」

「お前が怨霊になってるじゃねぇか。死ぬんじゃねぇ」

「……で、アニキたちは結局漫才コンビってこと?」

 俺らのやり取りに涙目の妹が目を点にして首を傾げていた。

 少々可愛そうだが可愛い妹相手なので許せ。

「別に冗談言ってるんじゃなくガチだぞ。ここって幽霊が出るから家賃が安かったんだな」

「ぎゃあああああああああああ!」

「多分オヤジの伝手って事は事故物件としてだったんだろうな」

「ひいいいいいいいいいいいいいいい!」

「しかも20年物が居たってことは事件は1度や2度じゃなかったんだろうな」

「いいいいいいいいいいやあああああああああああああ!」

「良かったな、これまで何もなくって」

「~~~~~~~~~~~、お兄いいいいいいいちゃあああああああああああああああああ!」

 俺の妹はガチでホラーがダメなのだった。

 それ故にオヤジが仕事柄家を空けることが多いため、俺が1人暮らしを始めてからは入り浸っているのだ。

 母さん?あの人は見える人だから夜中に2人っきりになりたくないらしい。

「狩野君は妹さんが可愛くて仕方ないのですね」

「そう見えるか?」

 俺に抱きついてべそをかく妹の頭を撫でてやっていたら稲葉が「分かってますよ~~」って言いそうな笑顔を向けて来た。

「もちろんです。狩野君は先ほどロッテちゃんが殺されたと思って怒ってましたものね」

「いや、ソレは……」

 ちょっと恥ずかしっくて頬を掻きながら視線を逸らす。

「それはそれは凄く激しくってとても痛かったです」

「……いや、ソレは…………」

 かなり申し訳なくって顔を背ける。

「とっても気持ち良かったです♡」

「って、喜んでんのかい!」

 ついつい振り向きざまにツッコミをしてしまった。

「そういう意地悪なところが素敵です」

「反応に困るな」

「妹さんも可愛くってついつい意地悪しちゃうんですよね。大好物です♡」

「……勘弁してください」

 妹への意地悪は自重しようと思った。

「ほらほら、もう怖い幽霊はいないから泣き止め」

「……ホント?」

「ホントホント」

 怖がると途端に子供っぽくなるところが可愛い。

「本当ですよ。オバケはわたしが退治しておきましたから。もうこの世には居ません」

 ……改めて言ってることが恐いな。恐いと怖いをかけて恐怖と読む。

「……ん。それじゃあ泊っても大丈夫だよね?」

「ああもちろんだ。最初っからそのつもりだったんだろ?」

「……ぅん」

「わたしもそのつもりでした」

「……サラリと問題発言をするな」

「ロッテちゃんもわたしが一緒の方が安心でしょ?」

 外堀を埋めるように妹に確認を取りやがったが、今の妹はまだぐずっているので抱き着く腕に力を入れながら頷いてしまった。

 ……なんだろうなぁ、家に帰って来てから怒涛の展開でお泊りイベントに発展してしまった。

 これも稲葉の計算なんだろうか。

 チラリと顔をうかがってもアルカイックスマイルで見つめ返されて真意が掴めない。

 これが天然なら、なんて恐ろしい娘。


 少しして妹が落ち着いて来た。

 それまでの間隣で稲葉さんが洗濯物の片付けの続きをしていた。これなんてプレイ?

 ぐぅぅぅ~~~~~~。

 俺が天井を仰いでいると下からお腹の虫の鳴き声が聞こえて来た。

「……アニキ、ハラ減った」

「あ~~~、メシの材料が3人分じゃ足りないし買いに行かなきゃ」

 晩飯の材料は妹が来るかもと思って多めに用意していたが、図々しい3人目までは想定が出来なかったので足りない。

 どこの世界にストーカーの分も想定して食材を買う奴が居るんだって話だ。

 …………なんかそのうち俺がそうなりそうな気がしてきた。

 とりま買い出しに行こうと腰を上げると。

「アニキ、オレも一緒に行くぞ」

 珍しく妹が同行しようとしてきた。いつもは兄をコンビニまでパしらせるヤツが。そんなに怖かったんだ。

「そんじゃ行くけど稲葉はどうするんだ?」

 正直稲葉を1人で部屋に残すのは、ではばからるので一応聞いてみた。

「それなら問題ありません」

「はっ?」

 稲葉に疑問をぶつける前にガチャリと背後で玄関のドアが開く音を聞いた。

 振り返るとスーツ姿のメイドである杏さんが部屋に上がて来たところだった。

 こいつもこいつで普通に他人ん家の鍵開けてやがった。

「……ナニしてはるん?」

 本日2度目の京都弁に杏さんは返事もせずに手に持った買い物袋をキッチンに運び、そこに放置していた割れた卵が入ったビニール袋を見て。

「……生活力たったの5か、ゴミだな」

「お前はサイヤ人か!」

「……メイドたる者、スカウターが無くても生活力を測ることができるのです」

 嫌な能力だな。メイドというより姑じゃないのか?

 そんな風なツッコミをしていたらすぐ横からおどろおどしい声音が響いて来た。

「…………また新しい女」

「稲葉さん、アンタが言いはるんかい!」

「修羅場ごっこの続きです♪」

「止めていただけませんか。ほら、英子がすっごく軽蔑の目で睨んで来てます」

「ご褒美ですね♡」

「アンタ何処出身や!」

「アニキ、それで誤魔化してるつもり?」

 お~~う、怖いで~~す。

 俺も誰かに甘えたい。

「——————♡」

 無言で稲葉が両手を広げて待ちの構えでいた。

 だからナチュラルに心を読むな。しかもこんな情けないやつを。

 「……なんですか、コッチ見んな」

 杏さんに助けを求めたらこれである。

 あぁなんだろう、これで安心するって末期じゃね?でも塩を送るのも優しさなんですよね。

「それでさっき言ってた野暮用って稲葉のお泊りについてだったんですか」

 杏が持っている買い物袋にはネギが飛び出しているので晩飯の食材追加で買い出しだったのだろう。

 しかしエコバックが初音ミクのプリントだからネギが似合い過ぎる。

「……まぁ一応」

「?とりあえず何買ってきたんですか」

「……鍋の追加材料です。スープも同じやつですよ」

「なぜ分かった!」

「……さっき覗いて確認しておきましたから」

「あん時か!」

「……割れた卵の代わりもこの通り」

「抜け目ないね!」

「……あとマロニーちゃん買い忘れてんじゃねぇよ!」

「好きなんですね!」

「……っあ、ゴム買い忘れた」

「いらねぇよ!」

「……ナマだと病気が」

「どっちのことだよ!」

「……もちろんお肉の話ですよ」

「余計に分からんわ!」

「……ちなみにゴムというのはスジ肉のことで、この場合はおでん用の牛スジ肉です」

「だと思ったよ!出汁が出て美味しいんですよね」

「……分かってんじゃ~~ん。そういう訳ではいダッシュ!」

「行ってきやああああす!」


 そういう訳でスーパーにダッシュして帰ってきたら女3人で鍋の準備が為されていた。

「そのコタツは?」

「お鍋にはコタツですよね」

「何処から持って来たのか、って聞いてるのですけど」

「……アマゾンです」

「だったら牛スジも一緒に頼めヤァ‼」

 走ったから喉が渇いていたので叫ぶと喉が痛い。

「ゴホッ!」

「あらら、お爺さんや寒かろうて、風邪さひくめぇにコタツ入りや」

「おうおう、あんがとな婆さんや」

「ほれ、お茶だべ」

「どれ―――――アッチィィィィィ!」

 稲葉のボケにノリで付き合ったらガチで熱いお茶でびっくりした。

「アニキ、楽しそうだな」

「ふっ、今日1日この勢いで流されてきたんだ」

「もう付き合っちゃえば?」

「…………」

「おい、何で目を逸らす」

 妹にどう応えようか悩んでいたら稲葉さんが助け舟を出してくれた。

「既に恋人です」

「えっ、マジで」

「はい、わたしが告白しました」

「おぉ、やったじゃんアニキ」

「わたしが決めました」

「え?」

「………俺、返事してない」

「何やってんの?」

「本当にねぇ」

「しみじみしてんじゃねぇよ!何でそれでお泊りになってんの」

「流れで」

 もちろん俺はその流れに押し流されただけである。

 そして漂流していた俺を稲葉さんは助け舟で釣り上げたわけですね、ははっ。

「大丈夫ですよ。まずは恋人からってことで将来はペット家族の一員にしてもらいますから」

「えっ、それってつまり」

 違うよ♡ルビと地の文は全く別ですから。お前は今勘違いをして居る。

 けど訂正はしない。だって余計にこじれるから。

「ふ、ふふ。そうか……そういうことならいいだろう」

 妹さんは何やら不敵に笑いだすと立ち上がって稲葉を指い指した。

「これより『チキチキ!嫁力テスト~小姑編~』を始めよう!」

 なんか始まった。

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不用意な発言で学園のアイドルがストーカーになってしまった! 軽井 空気 @airiiolove

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