第3話 モハン。果樹園へ行く

「ウェイェイェイ!」


 俺は今、生まれた時から住んでいる家の敷地の外にいる。この前の『イチゴを届けるね〜』的な手紙が届いてからかれこれ数日後——本当に箱一杯に入ったイチゴが家に届き、その荷物と一緒について来たウンコ鳩の『焼き鳥』と共に三日程かけて平らげて、その御礼を言いに行くためだけに、俺達『ニャルクス一家』は家族総出で早朝から俺の祖父であるジンハン——通称ジイジイ(俺命名)がいる果樹園へと『キヤツ島の公共バス』に乗って向かっていた。一二三の記憶を持って生まれた俺からすると、こんなファンタジーみたいな世界に『自動車』が走ってるとか驚きも驚きだったな。もしかして結構……あれだよ、時代が進んでいるのかなって感じだ。テレビとかスマホとかあんのかなぁ? 


「モハン〜。はしゃぎすぎて怪我をしてしまわないように気をつけましょうね〜。はい、お手手を繋ぐ」

「ええ〜〜〜。ちぇっ」


 俺は渋々ながらも景色が高速で流れていく窓に密着させていた顔面を離して、隣の席に座っていた母の差し出されていた左手を握った。子供だからと仕方なしに、窓辺から離れた場所で猫島の景色を見ることになってしまった俺は、頬をプクーっと風船のように膨らませつつ、背もたれから浮かせた臀部に生えている先端が白くなっている黒毛の尻尾をゆらゆらと揺らめかせながら、まだかまだかと目的地への到着をリラックスしながら待つ——はずだったのに! そこで邪魔者——じゃなくて邪魔鳥の声が俺達の家族団欒の輪の中に入る!!


「バスって、やっぱり遅え〜な〜。こんなんの何が『ハイテク』なんだか。俺が飛んで行ったほうが何倍も速いぜ」


 なんで家族ランラン旅行の旅路に、こんな虎に憧れた鳥みたいな『糞鳩』が混ざっちまってんだよ!! 猫の中に鳩ってさ、もう異物混入かなんかだろうが!!


「にゃに言ってんだ、おめーは。邪魔すんじゃねえ!!」

「なあ見てみろよ、モハン! このバスなんとかは空を飛べねえんだぜ? 飛べる俺の方が凄いよな? なあ?」

「うるせえ! バスの方が凄いに決まってんだろうが!! お前こんなに早く走れねえじゃんかさ!」 

「馬鹿にすんな!! 郵便配達してる時の俺と『どっこいしょ』くらいの速さじゃねえかよ! お前の目、腐ってるんじゃねえのか? 俺の目と交換するか!? おお!?」


 マジでうぜえな、ウンコ鳥のくせによお!! わざわざ俺の『友鳥』ぶって付いてきやがってよお!! ——あ!


「分かったぞ! お前、ハイテクに淘汰されるのが怖いんだろ! 郵便配達の仕事を取られると思ってるんだろ! おいおいおいおいおい! 伝書鳩にゃんてのが滅多に街にゃかで見にゃくにゃる未来が見えるぞい! これは近い将来かもにゃあぁ!!」

「お前ぶっ殺すぞ! クソ猫があ!!」

「やーい! バキュンしちゃうゾォ〜〜〜!!」

「ヅウ……ッ! クソ猫めが! ハンっ! お前が寝てる間にウンコで枕を汚してやるよ! 俺は鳥だから小便と一緒に出すぞ!! 食いやがれ! オラオラオラ!!」

「うわっっ!! くそっ! 爪をくらえ! オラオラ!」


 俺は文字通り『飛び掛かってきた』虎柄の糞鳩を相手に、夜な夜な密かに研ぎ続けていた爪を指から出して応戦する。 


「オラああ!!」

「ぐはああ!! くらえ! 鳥の足蹴り!!」

「うわああ!? にゃんの! ひっかく攻撃じゃ!!」 

「痛っ! 痛たた! 爪鋭すぎだろ!!」

「にゃーはっはっはぁ!」


 バタバタバタァッ——と、俺達家族と鳩以外に乗客がいない閑散としたバスの中で突如として繰り広げられ始めた、互角としか形容できない幼稚すぎる格闘戦に対し「がんばれ、モハン!!」と呼気を熱くしながら応援しはじめたトーハンと「そこだ、やれえ!!」とバックミラー越しに応援してくる運転手の声で白熱に一途を辿る『超激戦』の行く末は如何に——ッッッ!!


「ふたりとも、そこまでにしなさいな!」


 考え無しに暴れ回っていた俺の襟首と鳩の首を掴み上げ、手狭なバスの中で繰り広げられていた激戦を止めた英雄は——俺の母である『カーハン』であった。戦場の中に割って入った戦乙女の姿を見た運転手は「やべっ」と帽子を目深に被り直し、トーハンに至っては、まるで『今まで何にもなかった』かのように窓から見える景色を凝視していた。 


「もう! こんなところで暴れちゃ——メっ!!」 

「痛にゃっ!?」

「痛えっ!! あ、ああ」

「うわあ! 汚ったな!!」


 俺と鳩は暴れ回っていた折檻として、頬を怒りで膨らませているカーハンに尻をパシンと叩かれてしまった。そして尻に衝撃を受けたせいなのか、鳩が間抜けな声を漏らしながら『白っぽい黒の物体』を尻からバスの床に落とした。

 その『驚愕の光景』を見て時を止めてしまった全員は、汗を流しているように思える鳩の「す、すんませんね」という恥を恥と思っている声で我に帰った全員は、まるで何もなかったかのように静かに、席に座り直したのだった……。


「お前、マジで『ウンコ鳥』だにゃ」

「…………くそぉ」

「くそ? ウンコ鳥だけに?」

「…………お前、覚えてろよぉ…………?」


 そんな感じで、俺達は長旅——三時間くらい——の末に、ジイジイが両手を組んで待っている果樹園に到着した!!




 あと、プロペラが漏らしたウンコの掃除は俺がしました。


「ありがとな、モハン。少し見直したぜ」

「もっと我を褒め称えよ!! にゃーはっはっはぁ!!」

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猫妖精は自由気ままに生きていく! 東 村長 @azuma_sonntyou

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