異世界ってぶっちゃけ予防接種のが大事じゃない?

ちびまるフォイ

予防接種こそが最強

「ぐあああ! また負けたーー!」


異世界にきたからにはもっと主人公な活躍ができると思っていた。

それでも生前の運動神経が反映されるらしく、勇者としてはあまりにひ弱だった。


「強い武器も買った。強い防具も買った。

 魔法もちゃんと覚えた……なのになんで負けるんだ……」


「それはあなたに耐性がないからですよ」


「あ、あなたは!?」


「私は異世界の主治医です」


「その注射は?」


「あなたに炎属性の耐性を与えましょう」


注射の針がぶすりと肌に突き刺さる。

瞬間、身体の内側が燃えるように熱い。


「ぎゃああ! いったい何をしたのさーー!!」


「人間の身体には非常に優れた免疫構造があります。

 そして、異世界に転生したあなたには特別な才能がある」


「才能……?」


「圧倒的な免疫耐性です。ギフトと言ってもよいほどに」


「才能ならもっと直接的な能力にしてくれーー!!」


もんどりうちながら一晩を過ごした。

翌日に目が覚めると明らかに身体の内側が変化したことに気づいた。


「克服したようですね。あなたはもう炎耐性ができていますよ」


「本当ですか……」


「ドラゴンの炎だってへっちゃらです」


主治医の言葉には半信半疑だったが、

先日にてひどくやられたドラゴンをなんなく倒せたことで実感を得た。


ドラゴンの吐く岩をも溶かす強烈な熱ブレスも、

炎耐性ができた自分にとってはぬるい風にしか感じなかった。


「主治医さん、あんたすごいよ! 本当に炎耐性ができてた!」


「主治医ですから」


「なあ、他にも耐性ってできるのか?」


「もちろん。主治医ですから」


「実は、あの湖の向こうに水の神殿ができたらしいんだ。

 そこには水の攻撃をするモンスターがいる。

 だから水耐性を付与してくれないか?」


「いきます。チクっとしますよ」


注射の針から水耐性のウイルスが送り込まれる。

身体の内側から免疫反応が派手に出て、急ピッチで耐性が作られる。


翌日になると水耐性もできていて、

水の神殿の魔物たちの攻撃なんかまるで効きやしなかった。


もうすっかり免疫攻略ルートに味をしめてしまった。


「なあ、毒耐性ってできるか?」

「もちろん」


「雷の耐性が欲しいんだ」

「ございます」


「ノーマルへの耐性とかは?」

「準備しました」



「主治医さん、あんた最高だよ!!!」


耐性を得るたびに冒険はイージーモードへと変わっていく。


ありとあらゆる属性耐性を手に入れたことで、

気づけばギルドのトップランカーへと仲間入り。


成り上がりという言葉の体現者となっていた。

そんなあるの日のこと。


「た、大変だぁ!! 魔王が攻めてきたーー!!」


ギルドがある中央都市の空に現れた真っ黒な天空城。

そこにはかつて世界を闇へと堕とした魔王のものだった。


あまりの強さに身体には一切の傷がない。

"無傷の王ノースカー・キング"という異名があるほどに強い。


「なんてことだ……! このままじゃ世界は……!」

「誰か! 魔王を倒してくれ!」


市民は逃げじたくを整える。

その中で唯一自分だけが主治医のもとへと急いだ。


「なあ、魔王に勝てる予防接種はあるんだろ!?」


「残念ながら……」


主治医が初めて顔をくもらせた。


「あれだけのストックがあるのに、

 なんで魔王に勝てる予防接種がないんだよ!」


「あるにはあります」


「ほっ。なんだやっぱりあるじゃないか。さあ打ってくれ。

 サクッと耐性を獲得して魔王をやっつけてやるさ」


「それはできません」


「はあ? なんで?」


「魔王は非常に特殊で強力な属性を放ちます。

 その強力な攻撃は魔王自身にすら有害なほどに」


「……それで?」


「つまり、その予防接種をするということは

 それと同等もしくはそれ以上の抗体を作る必要がある。

 予防接種は非常に危険な荒療治になるんです」


「……」


炎の耐性を得るには焼けるような痛みを。

氷の耐性を得るには凍りつくような辛さを。


魔王の耐性を得るにはいったいどんな苦痛がともなうのか。


しかし、選択肢などなかった。



「……やってくれ。もう俺しか魔王は倒せない!」



「わかりました。しかし……生きるか死ぬかは五分五分です」


注射の針が肌にささり、強力な属性ウイルスが身体に入る。

血液と合流するや腐り落ちると錯覚するほどの激痛が走った。


「ーーーー!!!」


声にならない叫びをあげて、意識が飛んだ。

ああどうか生きていられますようにーー。




「……はっ」


どれだけ意識が飛んでいたのかわからない。


目を覚ますとそこには誰もいなかった。

残されたのは身体の内側から感じるたしかな魔王への耐性。


「俺は……俺は克服したんだ。

 魔王への耐性を手に入れたんだ!!」


意識を飛ばしてから1週間以上の日が経っていた。

すでに魔王がこの街にやってきたのか。

主治医もいない。誰も居ない。


それでも魔王の天敵となる身体となった自分は負ける要素がなかった。


「首をあらって待っていろ魔王! 俺が倒してやる!!」


武器を整え、防具を装備し、アイテムをストック。

あらゆるバフを付与し完全な状態を作り上げる。


そして、禁断の魔王の城へと足を踏み入れた。


そこで待っていたのは、魔王ーー。


「お、お前は……!!」



「主治医です」



魔王ではなく主治医だった。

主治医の足元に魔王はぶっ倒れていた。


「あんたが倒しのか!? そんなに強かったのか……?」


「いえ私はただの主治医です。魔法も武器も使えません」


「それじゃどうして……」


主治医は持っている注射を見せた。



「あなたと同じ予防接種を魔王に打ったら死にました」



魔王の身体には唯一、注射針のあとだけが傷として残っていた。

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