第31話 進撃のモーゼ10

 宇宙博物館に戻ると、すでにクロガネたちも帰還していた。


「敵は?」


 もう戦闘に勝利したのかと、不思議に思って光鳴が尋ねれば、


「途中で撤退したよ」


 とクロガネは憮然とした表情で答えた。直接戦っていた本人が一番納得していない様子だ。


 宇宙博物館西部の、羽咋駅周辺で戦っていた一団も、後から戻ってきた。やはり敵は急に退散したとのことだった。


(なぜ……?)


 達矢の投げかけた言葉もあり、不気味なものを感じた光鳴は、小走りで二階の展示室へと向かった。アストライア、グレイくん、クロガネも一緒に向かう。


 コマボックスを使って、地図を空中に表示させた。


 途端に、光鳴は思わず叫んだ。


「なんだあれは――!」


 「王」と「し」(歩兵)を表す赤い光点が、南から北へと進んでいる。だが、その位置は、道などないはずの、海上だ。宝達志水の海岸線からまっすぐ北に向かって、海の上を、赤い線が伸びている。


 どうやって移動しているのか、と光鳴はなかばパニック状態に陥っていたが、さすがに現役自衛隊員のクロガネは冷静に、「見に行こう」と提案してきた。


「ここで地図を眺めていても答えは出ないさ。実際に近くまで行ってみよう」


 光鳴としても異論はない。


 宇宙博物館の職員に頼み、車を貸してもらって、海岸線まで出た。千里浜海岸。車で走ることができるという砂浜で、日本では唯一、世界でも三つしかないという、非常に特殊な海岸である。そこへ、セダンで乗り入れ、波打ち際まで近づいてから、一行は外に出た。


 海が、輝いている。


 海岸線からだいぶ離れた海上を、左から右へ、光の帯が走っている。よく見れば、海が割れている。海水が割れて谷間となっており、その内部が光り輝いているのだ。


「モーゼの奇跡……!」


 聖書やオカルトに詳しくなくても、多くの人間が知っている、かの有名な逸話。エジプト軍に追われたモーゼが、紅海に追い詰められた際に、奇跡を起こして海を割って無事に逃げ延びたという、あのエピソード。


 その奇跡が、いま目の前で、展開されている。


 とんでもない作戦だ。こんなことモーゼでもなければ実行不可能。地上を進攻するのではなく、本来なら巨大な壁となる海を割って、その谷間を進んでいく。そうやって途中の障害をショートカットして、敵地の奥深くへ攻め入ろうとは……! 古今東西どんな戦術家であってもなしえない、常軌を逸した策である。


「くっ、狙いはどこだ!」


 光鳴はスマホを使って、地図を表示した。宝達志水の浜辺から北へ向かって、たどり着く場所。


 それは、志賀町にある、増穂浦海岸。縁結びの桜貝で有名なリゾートビーチが、いま、戦火にさらされようとしている。


 光鳴は理解した。七尾市と宝達志水は手を組んでおり、そして、宝達志水はいま、志賀町に攻め入ろうとしている。その作戦が成功すれば、羽咋市は、七尾・宝達志水の連合軍に完全に南北から挟まれる形となる。


「このままだとまずい……僕らに勝ち目はなくなる」


 他の者たちにも状況を説明した。グレイくんは両頬に手を当ててムンクの叫びのような顔になり、アストライアとクロガネも険しい表情になる。


「ってことは、私らも、志賀町と同盟を結んだほうがいい、ってことか」

「一時的に共闘関係になるのはやむをえないと思う。ただ、問題は……」


 問題は、先の戦いで、光鳴は志賀町の軍を完膚なきまでに叩きのめしている。


 敵将の海山坊をカード化しており、所持しているから、それを材料に交渉は可能だと思うが、果たして志賀町は乗ってくるかどうか。援軍のメリットはあるとはいっても、羽咋はいまや憎き敵であろうし、そもそも海山坊に交渉材料としての価値があるかどうかもわからない。


 だが、モーゼの進撃を食い止めるには、他に方法はなかった。

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能登ウォーズ 逢巳花堂 @oumikado

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