第30話 進撃のモーゼ9
「さすが、アストライア。おかげで何とかなりそうだよ」
「いえ、マスターの策があってこその結果です」
散らばったカードを拾い集めながら、光鳴とアストライアは、お互いを褒め称えている。その横で、グレイくんは、(自分は何も役に立っていなかったな)と言わんばかりの微妙な表情で、同じくせっせとカードを拾っている。
志賀町からの軍勢を撃退し、さらに七尾市の軍にも打撃を与えた。この上ない戦果だ。あとは敵戦力のカードを集めて、自分たちの本陣へと戻ればいい。
そう思っていた。
「! マスター、危ない!」
アストライアは叫び、地面を蹴った。何がどうしたのかと光鳴が事態を把握するよりも先に、彼女は、光鳴の前に体を割り込ませ、正面から飛んできた矢を掴み取った。
「ま、まだ、敵が……⁉」
すっかり驚いたグレイくんは、射線上に入らないよう、アストライアと光鳴の体の陰に、我が身を隠した。
建物の陰から、ゆらりと、法衣禿頭の男が現われた。
法衣には大きな円と小さな円九つで構成されている家紋が刻まれており、口やあごにたくわえた髭の雄々しさ、目つきの鋭さ、何よりも法衣の上からでもわかるはち切れんばかりの筋肉から、ただ者ではないことがわかる。同じ僧形でも、先ほど敗れた海山坊も決して弱くはなかったが、単なる武勇の差ではない、もっと人間的な大きさの違いを感じさせる、一種異様な男だ。
「誰……だ……?」
脂汗を流しながら、光鳴は尋ねた。
僧形の男は、弓矢をスッと構え、静かに返してきた。
「我が名は
弦の弾ける音。すかさず、アストライアは剣を振り、飛んできた矢を叩き落とした。
長連龍の名を、光鳴はよく知っている。昔遊んだ戦国時代のゲームに出てきた、武将の一人だ。しかし、そのゲームでは大した評価はされておらず、凡百の将として、他の人物たちの中に埋もれていた。
だけど――いま目の前にいる、この男は、果たして並の武将であろうか。一国の主と言われても不思議ではないくらい、大きく見える。気が付けば恐れで歯がガチガチと鳴っている。どんな小細工も、この長連龍には通じない、そう感じさせる迫力がある。
「あまり怯えないでよ、みっちゃん。勝負にならないから」
懐かしい声が聞こえてきた。大人の音色が混じっているが、小さいころはよく耳にしていた、あの澄んだ声。
「達矢……!」
なぜこんな、羽咋市との国境にいるのか――と疑問に思った時には、すでに、達矢のほうから答えを返してきた。
「君がそっちで活躍しているのは知ってたからね、俺が軍を進めたら、どう出てくるんだろうな、と思って、わざわざ最前線まで足を運んだんだ」
女性的で優しい風貌に、穏やかな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。明らかに光鳴を敵視している。軽く混乱している光鳴は、達矢に近寄ろうとしたが、アストライアに腕で制された。長連龍に、弓矢で狙われている。
「どうして僕がここにいるのを知ってるんだ」
肝心なのは、そこだ。裏切り者が羽咋市の勢力の中にいるのか。相手の反応から、少しでも手掛かりを掴めればと思っての問いかけだったが、達矢はそれほど甘くはなかった。
「そんなことより、いいの? 軍師が本陣を離れてて。宝達志水の軍が攻めてきたワケ、わかるかな」
「は……?」
「遠交近攻――戦略のいろはだよね」
クスクスと達矢は笑う。
すぐに光鳴は、相手の言っていることの意味がわかった。
「まさか、七尾市と宝達志水は、同盟を……⁉」
「あーあ。ガッカリだよ。もっと早くに気が付いてくれるかと思ってたのに、俺から言われないとわからないなんて」
「そうか……宝達志水と組めば、南北から羽咋を攻めることができる……なんで、そんな単純なことに、思い至らなかったんだろう……!」
「ふふ、その様子だと、いまのところ俺が一歩リードしているようだね。だけどね、みっちゃん。この程度で終わりだと思っていたら、甘いよ」
「どういうこと、だ」
「さーあ、考えてみよー」
達矢は後ろ手に持っていた白羽扇を、胸前へと持ってくると、優雅に顔をあおぎ始めた。それと同時に、弓矢を構えたままの長連龍は、ジリジリと後退を始める。達矢を守りながら、ともに撤退するつもりだ。
「逃さない!」
アストライアは吼えると、後退する敵二人へと突っ込んでゆく。
が、長連龍は、あるラインを越えたところで、
たちまち炎の壁が立ち上がった。あらかじめ地面に可燃物を埋めていたのだ。アストライアは突撃をやめたが、危うく黒焦げになるところだった。
「本陣に戻ってみるといいよ、みっちゃん! そうすればわかるさ! この戦争は、人間の常識を超えたものだってね!」
高らかに笑いながら、達矢は炎の壁の向こうへと去ってゆく。
かつての親友の変わりように、どんな感情を抱けばいいのか、どんな表情を取ればいいのか、ただひたすら戸惑いながらも、指示を求めるアストライアとグレイくんの顔を見て、光鳴はギリッと歯を食い縛り、次なる行動を言葉にした。
「戻ろう、宇宙博物館へ」
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