第13話

 その一撃は空を裂き、地を割り、魔王ですら斬り伏せる――というのは、あくまで神話の中だけだ。『空閃之剣アルマデウス』にそこまでの威力を期待してはいけない。


 だが『空閃之剣アルマデウス』の強さは、あらゆる術式を切り裂く・・・・・・・・・・・能力だ。


 如何に強力な魔法でもこの剣の前では無力であり、存在そのものが術式でできているイデアルの悪魔にとっては凄まじい効果を発揮する。


 こんな風にな。



 俺の目の前には、ぼんやりと淡い光を点滅させる、一冊の本が落ちている。

 これがカルディネの正体だ。


 本来この本には、肉体を作る術式や意識を司る術式など、数えきれないほどの術式が理路整然と並べられており、カルディネという存在そのものを作っていた。



 が、『空閃之剣アルマデウス』の一撃によりそれらの術式がバラバラになり、今まさにカルディネが消えようとしている状態だ。


 一振りでこの威力、これで一日一回が限度じゃなければ常用したんだがな。



 さて、とにかく今は急ぎだ。

 さすがにこのカルディネを失うのは惜しいため、バラバラになった術式を再び組み直すのだ。パズルの要領で組み上げるだけだからまぁ、簡単だろう。


 もちろん、二度と暴走しないように術式を弄るけどな。



(【カリキュラスアーツ】起動)


『了解です』



 ブォンッと魔法陣が展開され、俺とカルディネの本を包み込む。

 この中であれば、俺は術式に手で触れることができる。



(さて、やるか)


『サポートいたしますね』


 イデアの助けを借りながらカルディネの修復を開始。久々に高度な術式を弄るが、果たして何分かかるかな。



        ♢♢♢♢



 僕の目の前で、一体何が起こっているのだろう。


 魔王とも称される化け物が何かを求めて現れ、死を覚悟したのがほんの少し前。



 物語の中のもの、という認識であった伝説の【転移魔法】でヴェルトが現れたと思ったら、今日手に入れたばかりのはずの魔導書を自在に使いこなし、あれだけ猛威を振るった魔王をあっという間に討伐してしまったのだ。


 しかも、それだけではない。

 今度は、一冊の本の形になった魔王を見たこともない魔法を使って直し始めたのだ。


 いや、術式があまりにも複雑すぎて、実際は何をやっているのかは分からない。けど、嬉々として魔法を行使するヴェルトの背中を見て、なんとなくそう思っただけだ。



 見たこともない魔法。

 見たこともない威

 見たこともない――ヴェルトの姿。


 昔から才能があると思っていたけど……まさか、これほどの才能を隠していたとは。



 この場を見なければ、誰も信じないだろう。

 僕やアイナも目を疑っているのだから。

 でも……ヴェルトなら、と納得してしまっている自分がいる。


 驚きよりも、あまりに美しいその魔法に、僕はただ目を奪われていた。



        ♢♢♢♢



 カルディネの術式を組み上げるのに、およそ12分20秒。答えを知っているパズルの割には時間がかかった方だ。



(あ、あまり俺の魔法を見せるのは良くなかったか?)


『いえ、見ているのはルフト様とアイナ様だけですから問題ないかと。むしろ、マスターの魔法を見て自身の向上を計っていただきたいと思います』


(それが狙いか……まぁいいだろう。兄さんと姉さんにならいくらでも教えるつもりだ)


『それが良いでしょう。さぁカルディネを起こしましょうか』



 イデアが語りかけると、カルディネの魔導書が放っていたぼんやりとした光が、一層強く光を放ち始めた。


 その光は生命の鼓動を感じさせるような力強いもので、ようやく意識が覚醒したらしいカルディネが、微かに声を発した。



『ぁ……んっ、主様……?』


(起きたか、気分はどうだ?)


『最高でございます。こんなに主様の顔が近くに……主様の手の中で目覚める時が来るなんて……魔導書の状態なのが悔やまれます』


『その様子なら大丈夫そうですね。早く起きてマスターから離れなさい』


『女性の声? 主様、私という者がありながら、他の魔導書じょせいにも手を出しているのです?』


(それはおかしいだろ。というか、お前は俺とイデアで造り上げたんだぞ)


『なるほど、母上でしたか。では主様の身の回りのお世話は若々しい身体を持つ私に任せて、年増のあなたは引っ込んでいてください』


『何を言い出すかと思えば……マスターに歯向かって負けた魔導書いぬがよく言いますね』


(おいお前ら……)


『フフ……母上でも私の身体が羨ましいと見えますね。えぇ、私は色欲・・の魔王ですもの。男性を悦ばせることに関しては私の土俵です』


『それでは、その自慢の肉体とやらを見せていただきましょうか?』


『えぇ、いいでしょう!』



 俺の手の中でカルディネの魔導書が勢いよく開いて強い光を放ち、同時に複雑な魔法文字列が溢れ出す。


 そして現れたのは……太さが俺の指程度しかない、小さなヘビだった。

 全身黒紫色の鱗で覆われたそのヘビは、自身の身体を見て硬直……そしてわなわなと震え始めた。



「なっ……何ですかこの姿は……」


『おやおや、あれほど自信満々に豪語していた割には、ヒトの形ですらないようですが?』


「くっ……主様! 一体何をしたのです!」


「お仕置きだって言っただろ?」



 カルディネの術式を組み直す際に、一部を書き換えて力を封印したのだ。二度と悪さが出来ないように、俺かイデアの許可がなければ本来の八頭身美女の姿にすらなれないようにしてある。



「そんなぁ……。でもご主人に束縛されていると考えたらそれはそれで……♡」


「まぁ何でもいいが、早く魔導書に戻れ。お前のせいで後片付けが大変なんだからな」


「……つれない人……」



 魔導書の姿に戻ったカルディネに魔力のチェーンをつけて首に提げ、辺りを見渡す。


 抉れた地面、倒れた木々、魔物の死体、意識の無い領主軍……こりゃ本当に大変だな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る