第11話

 おいおい、『イデアルの悪魔』の一柱、カルディネがカロスフルール領に迫ってるじゃないか。


 俺ならともかく、俺や父フリードもいない今、カルディネが襲ってきたら間違いなく全滅だろう。



(イデア、お前なら分かってたんじゃないか?)


『いえ……申し訳ありません。この世界の人類が持っている魔導書と異なり、イデアルの悪魔は真理を覗く者わたしとは完全に独立した魔導書。私でも把握しきれません』


(そうか……確かにな。すまん)


『いえ。ですが、カルディネと戦えば、ルフト様でも命は無いかと』


(まずいな)


『まずいですね』


衛星魔法陣サテライトスフィアからの局所砲撃の準備。同時に空間転移を展開できるか?)


『了解しました。しかし空間転移にはマスターの魔力が足りません。徴収しますか?』



 ……まさか俺が、イデアが何を言っているのか分からない時が来るとは。



『この世界の何億という人々に、私の系譜の魔導書を貸し出しているのです。貸出し料を取っても文句はないでしょう』



 なるほど、世界中にばら蒔いたイデアの一部である魔導書を通して、少しずつ魔力を徴収する訳だ。



『私は無償でマスターの研究成果を公開するほど優しくはありませんので』


(ならすぐに取りかかれ。術式は俺が組む)


『かしこまりました』



 空間転移魔法の術式の大部分は既に出来てはいるが、やはりピンポイントの座標に転移するのであれば相応の術式を組み込まなければならない。


 まぁ、大した手間でもない。


 衛星魔法陣サテライトスフィアからの探査魔法により座標を割り出し、結果を術式に導入。数秒とかからず完了し、空間転移魔法陣を展開する。



『マスター、衛星魔法陣サテライトスフィアに魔力の充填が完了しました』


(撃て)


『はい』



 遠くの空が僅かに輝きを増し、流れ星のような軌跡が空を彩った……ように見えた。


 それに気づいた人はほんの僅か、まさかそれが魔力収束砲による局所砲撃だとは、誰も思わないだろう。



「ヴェルト、一体何を……」


「時間が惜しいから説明は省くけど……カロスフルール伯爵領に魔物が迫っているようだ」


「何っ!? ヴェルト、それは本当か!」


「広域魔力探査で確認しましたので間違いない。伯爵領軍はルフト兄さんとアイナ姉さんとも協力して対応するよう動いているけど、このままでは……」


「なっ! くそっ……馬車で数日、何とか耐えてくれるか……」


「……残念だけど、数が多すぎる。領主軍やルフト兄さんがいても、これは———」


「なんでこんなタイミングでっ……! ヴェルト、何とかする方法はないのか!?」



 父フリードの悲痛な叫びが辺りに響く。

 しかし、ここからカロスフルール領までは馬車を使っても数日かかる距離だ。今から向かったところで、間に合うはずもない。


 少なくとも自分ではどうにもできないと分かっていても、何かに縋らずにはいられないのだ。



「父さん、今から俺がやることは黙っててくれる?」


「あぁ、家族を守れるのなら何だってする」



 即答か……まぁ、父さんならそう言うと思ってたよ。



「【空間転移】を使って一気に領に戻る……ただし転移できるのは一人だけだから、俺が戻って何とかするよ」


「【転移魔法】だと!? そんな伝説級の魔法、冗談……ではなさそうだな。ヴェルト、それならば間に合うのか?」


「既に殺されていなければ、ね」



 まぁ、兄ルフトも姉アイナも失いたくないから、たとえ死んでたとしても何とかするけどな。



「ヴェルト! 騎士爵として、父として情けないことを言うが……頼む! 私達の領地を救ってくれ!」



 ……本来、領地を守るのは領主の仕事だ。それを息子とは言え子供に頼らなければならないというのは、一体どれほど忸怩たる思いなのだろう。


 だから俺は言ってやる。絶対の自信を持って。



「任せろ」


――勤勉インドゥルゲンティアの法、【カリキュラスアーツ】――



【空間転移魔法】、発動!



        ♢♢♢♢



 『魔王』とも称される悪魔、カルディネはあまりにも強すぎた。

 ルフトとアイナが如何に魔法を放とうとも、彼女から漏れているだけの魔力すら突破できず、たったの一度も本体には届かない。


 それだけではなく、カルディネの扱う魔法も驚異的だった。おそらくは『魅了チャーム』の上位魔法。


 呪文であろう単語を呟いただけで、ルフトとアイナを除く領主軍の全員が、一瞬でカルディネの手中に落ちてしまったのだ。



 ……操られているとはいえ、鍛えられた領主軍の攻撃を掻い潜りながらカルディネを倒すことが土台無理な話だ。


 あっという間に取り押さえられたルフトとアイナは、苦々しい表情のままカルディネの前に膝をついた。



「っ……くそっ」


「フフ……そろそろヴェルトとやらを差し出す気になったかしら?」


「ふざけるな! 僕の家族を悪魔なんかの手に渡してたまるか!」


「私達がどうなろうと、悪魔の言いなりにはならないわ!」


「私、勇敢な子は好きよ。でも、それがいつまで続くかしらね?」



 カルディネが、そのしなやかな指をタクトのように振ると、完全装備の騎士達がルフトとアイナは殺到する。


 彼らはカロスフルール領軍の騎士であり、正気を失い淀んだ目を見れば、彼らがカルディネの魔法により操られていることは明白だ。



「くそっ、こんなところで……!」



 カルディネが操る領軍の剣がルフトへと迫るその瞬間、煌々と輝く何か・・が暗い夜の闇を裂き、ルフト達を照らした。



「ん? なんっ———」



 ———瞬間、空から降り注いだ一筋の閃光は、カルディネの背後に群がる魔物の群れのど真ん中を貫き、その暴威を撒き散らした。


 直撃した魔物は跡形もなく一瞬で蒸発し、周囲の魔物も衝撃波で粉々に吹き飛んでいく。



 『魔王』とも称されるカルディネを以てしても、反応しきれないほどの高速の一撃。


 結果的に、爆心地とはカルディネを挟んで逆側にいたルフトやアイナを守ることになったが、今の閃光で吹き飛ばされるよりはマシだ。



(今のはドラゴンブレス? いや、ブレスであればもっと広範囲に広がるはず……こんなピンポイントの狙撃、まさか……)



 カルディネには、今の攻撃に覚えがあった。そしてそれは、奇しくも正解であったようだ。



「良かった。間に合ったみたいだね、兄さん、姉さん」



 ルフトとアイナの目の前でグニャリと空間がネジ曲がったかのように見えた直後、まるでカルディネの前に立ち塞がるように一人の人物が姿を現した。


 その背中はルフトより小さい……のに、自信に満ち溢れ、なぜだか一回り大きく見えた。血の繋がった家族の姿を、見間違えるはずもない。



「「ヴェルト!!」」

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