第10話
数体のオークの出現を境に魔物の出現数は徐々にその数を増し、現在無数の魔物の群れに囲まれていた。
「くそっ! 木を背にして後ろを取られないようにしろ!」
「左右に展開しろ! 囲まれるぞ!」
「魔導士はとにかく魔法を撃ちまくれ!」
魔物の咆哮とともに騎士達の怒号が響き渡り、普段は不気味なほどに静かなはずの森の中に似合わない喧騒となっていた。
領主軍を囲む魔物は、オークだけではなかった。集団での狩りを得意とする『フォレストウルフ』やゴブリンなど、群れをなす魔物も多くいた。
一体一体の強さはそれほど脅威ではないが、群れであることと、まるで示し合わせたかのような波状攻撃によって、屈強なはずの領主軍達は徐々に消耗していった。
「っ! 前方約20メートル! メガブルモスですっ!」
「なっ! 避けろぉっ!」
索敵魔法を使っていた魔導士から叫び声のような報告が響く。
メガブルモスは体高が2mにもなるイノシシに似た姿で、その凄まじい突進力が武器の大型の魔物である。
弓や魔法で遠距離から仕留めようにも分厚い皮と脂肪が身体を守り、意に介さず突進してくる厄介な相手だ。
そんな魔物が、加速のために十分な距離を開けた位置に現れた。しかも、左右に展開できず、多くの魔物に押し込まれて密集した時にである。
瞬時に回避を指示したのは英断であったが、行動に移すには時間が足りていなかった。
「アイナ!」
「分かってるっ!」
立派な牙を振り上げて突進を始めたメガブルモスが、何かに足を取られて前のめりに地面へと激突した。アイナが得意の土魔法で地面を陥没させ、そこにメガブルモスが足を取られたのだ。
「っ! 今だ!」
それを見たベルマンの指示によって魔法や矢がメガブルモスに放たれる。始めこそ抵抗していたものの、弾幕のような攻撃にメガブルモスは次第に沈黙していった。
「メガブルモス討伐しました!」
「よしっ、このまま包囲を……」
「あらあら、なかなか進行が進まないと思ったら……あなた達でしたのね」
魔法や怒号が響く中、なぜかその声だけは全員の耳に鮮明に届いた。その声は大人の女性のもので、姿は見えなくとも脳裏に美しい姿を思い浮かべてしまうような、やけに頭に響く声であった。
しかしそれ以上に、喉元にナイフを突き付けられているような殺気に飲まれ、誰もが声すら上げられない。
そして、魔物が群れを成す向こうから、声の主らしき者が姿を現す。
陶磁器のような白い肌。
流れるような艶やかな黒髪。
切れ長の眼に深紅の瞳が覗き、大事な部分の隠すのに最低限の服しか身に付けていない姿は実に扇情的だ。
しかし、頭から伸びる角、背中の翼や尻尾、そして頬や腕、下腹部に刻まれた何らかの紋様が、明らかに人間ではないことを物語っている。
そんな
「これは失礼しました。こんなに殺気を出していては、矮小な人間は身動きすらできませんね」
直後、たった今まで襲いかかっていた殺気が軽くなる。心臓を握り潰されるようなプレッシャーからようやく解放され、無意識に息を吐き出す。
「貴様……何者だ……?」
「あぁ、主様からいただいた名前を名乗り忘れるとは……
カランッと、誰かが取り落とした剣が地面にぶつかって音を立てる。
そして、それを拾おうともしない。
魔物に囲まれている状況で武器を落とすなど致命的だが、カルディネを前にした今この状況ではさして変わらない。
どう足掻いても勝てるわけが無いのだ。
『魔王』とは、歴史にも残っていないほどの大昔に造られた魔法の極致。魔王に滅ぼされた国は今までにどれほどあったか。そんな相手と対峙している。
見た目こそ美麗な女性だが、日々魔法の鍛練を欠かさないルフトだからこそ、その実力の全貌は見えずとも理解してしまったのだ。
まるで雲の上に隠れる山を眺めるような、途方もない差があることを。
首から提げたペンダントを握りしめ、ルフトは思わず声を漏らす。
「ごめん、父さん、母さん、ヴェルト……領地を守れそうにない」
ぎゅっと目を閉じ、次の瞬間に来るであろう魔王の攻撃に死を覚悟する……が、なかなかその時が来ない。恐る恐る目を開けると、透き通るような深紅の瞳が目の前にあった。
「あなた、今『ヴェルト』と言ったかしら?」
いつの間に近づいたのか、彫刻のような美しい顔を近付けて、魔王カルディネがそう問いかけた。
「なっ……何を……」
「ヴェルト、ヴェルト……あぁ、美しい響き……。あなた、その『ヴェルト』とはどんな関係かしら?」
「っ……そんなことを教える必要は……」
「いいから答えなさい」
「っ……ヴェルトは僕の弟だ……」
心臓を握りつぶされるような殺気に、思わずそう答える。
「それは重畳。確かめる価値がありますね……。あなた、
「何……?」
「そのヴェルトという者を私に渡して頂きたい。そうすれば、
「っ!」
自分の命か、家族の身柄か、どちらかを選べという。それはあまりにも酷な選択であった。
「っ……そんなことできるわけが……!」
「これは
「くっ……」
「考えるまでもないだろ! 早くヴェルトとやらを渡してしまえ!」
「そうだそうだ! どうせ準貴族の次男だ。それで領地が守られるのなら安いもんだろ!」
「フフ……他の方々は理解が早いようですね?」
「そんなの……できるわけ無いだろう!」
頭ではどうしようもないことは分かっている。だが、ヴェルトとの思い出が頭の中を巡る。魔王に差し出すなんて、自分の手で殺すようなものだ。
そんなこと、できるわけがない。
「家族を……絶対に守ると約束したんだ!」
「お兄ちゃん、私も……!」
「あぁ、やはり人間は愚かで面白い……。では、あなた方がヴェルトを差し出すというまで、
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