第9話

「ルフト様、アイナ様。カロスフルール領主軍のベルマン様より、至急の救援依頼が来ております」


「救援? 魔物か何かかな?」


「はい。強力な魔物が現れ、魔法による助力が欲しいとのことです」


「なるほど、ともなればこのアンブルフ領も他人事ではないね。くそっ、どうして父さんがいないタイミングで……」


「嘆いても仕方ないわね……すぐに準備して向かいましょう」



 『カロスフルール領』は、アンブルフ領の隣に構える辺境伯だ。

 アンブルフ家と比べれば天と地ほど階級の差があるため、今回のようにアンブルフ家のものが救援に駆り出されることが多い。



 早速準備に取りかかるアイナ見て、随分頼りになるなと思うルフト。


 確かにアイナの魔法は、同年代の子と比べても強力だし、特に土の魔法に関しては大人でも敵わないほどだ。


 しかし、父フリードが不在の間領主代行を任されているルフトにとってはアイナも守るべき対象であり、できれば戦いに連れていきたくはない。


 それに、なんだか胸騒ぎがするのだ。



「……無事に終わればいいけど……」



 そう小さく呟き、ルフトもアイナを追うように準備に取りかかった。



        ♢♢♢♢



「アンブルフ領よりルフト・アンブルフ、アイナ・アンブルフ、ただいま到着しました」


「ふん、ようやく来たか。今、不自由なく暮らせているのは誰のおかげだと思っているんだ? アドニス様に感謝しているのなら、もっと迅速に動くんだな」


「っ……」



 嫌味を含んだベルマンの台詞に、ルフトは出しかけた言葉を引っ込めた。領主軍を率いるベルマンは、『騎士』の称号を与えられ、アドニス伯爵に雇われている人物。


 領地は持たずとも、地位で言うのなら父であるフリードと同等なのだ。爵位も継いでいない騎士爵家の息子が何かを言ったところで心象を悪くするだけ。



「まぁいい。発生した魔物は既に迫ってきている。領民の居住地に入れさせないのがお前らの仕事だ。他の奴らと共に迎撃にあたれ」


「……はい」



 ルフトは一言だけ返し、早速準備に取り掛かる。

 自ら戦地へ向かうルフトがお守り代わりに首から下げたペンダントがゆらりと揺れた。





「1時の方向、オーク一匹!」


「はぁっ!」



 カロスフルール領最西端、人が住む村から外れ、草木が生い茂り視界が悪い中に喧騒が響く。オークとは二足歩行する豚のような大型の魔物で、動きは速くないものの分厚い脂肪が身体を守り、剣や魔法が効きにくい場合もある。


 とは言え今は戦闘員が複数いる訳で、オーク一匹などさほど脅威ではない――はずであった。



「グォォォォッ!」


「っ! 離れろ!」



 魔法によって身体強化が施されオークを切り裂くはずだった剣の一撃は、異様に硬いオークの皮膚によって受け止められていた。何が起きたのか理解できない様子の騎士に、オークの剛腕が迫る。



「『グレート・ウォール』!」


「『ウィンド・カッター』!」



 オークの攻撃が騎士に当たる直前、突如として地面から突き出た石の壁がその拳を防ぎ、風の刃が横からオークを吹き飛ばす。前者はアイナの、後者はルフトの魔法だ。



「ひっ、た、助かった!」


「安心するのはまだ早いです! 魔法もあまり効いていません!」


「グォォォォォォォォッ!」



 ルフトの忠告通り、ルフト自慢の風魔法でも皮膚が切り裂かれる程度しか傷つけることができず、出血しているものの地面を震わせるような雄叫びから致命傷には至っていないことが分かる。



「ちっ、噂通り通常の魔物より強くなっているようだな」


「お前はさっきの魔法を撃ち続けろ! 他の者は魔法でできた傷口を狙え!」


「はっ!」



 領主軍隊長の命令従い、ルフトは再び魔法陣を構築し始める。正直、魔力の消費は馬鹿にならないため連打はできないが、ここで手を抜いて負傷者が出ては本末転倒だ。


 ルフトは可能な限りの魔力を込め、次の攻撃を用意する。



「なっ、うぁっ!」


「くそっ、そっちは……!」



 そんなルフトを脅威だと直感したのか、剣を振るう領主軍を無造作に払いのけたオークは真っ直ぐルフトを狙って走り出した。



「そうだ、それでいい。もう少しで……アイナ、合わせてくれ!」


「うんっ!」


「行くよっ!はぁっ!」



 狙いを外さないようオークを十分に引き付けてから放たれた『ウィンド・カッター』は、正確にオークの目に襲いかかる。


 その魔法を一度受け、威力を知っているオークは両腕で顔を覆い隠し、『ウィンド・カッター』を頑強な腕で受け止めた。


 が、視界が遮られたその瞬間をアイナは狙っていたのだ。



 オークの足元に魔法陣が展開され、同時に岩が足の下から突き上げる。自ら顔を覆い隠し、魔法陣が見えていなかったオークは簡単にバランスを崩し、傷口を晒して倒れ込んだ。



「今だ!」


「おぉっ!」



 領主軍団長の号令で殺到した騎士達が一斉にオークに襲いかかる。いくら通常より強力な個体だとしても、倒れた状態で複数を相手にしてはどうしようもない。


 攻撃を開始してすぐに、断末魔を上げたオークはそのまま沈黙した。



「オーク、討伐しました!」


「ふむ、確かに強くはなっていたが我々の敵ではなかったようだな。このまま討伐を続けるぞ!」



 怪我人もなく魔物の討伐に成功した領主軍の表情は明るい。が、その横でルフトの顔色は冴えない。



(怪我人もなく討伐できたのは良かったけど、予想以上に魔力を消費してしまった……このまま討伐を続けられるか……)



「お兄ちゃん? どうかした?」


「いや、思ったより魔力を使ってしまってね。このまま続けていいのかどうか……」


「確かに……このぐらいの強さの魔物が何匹もいるとなると心配かも」


「だね……ベルマンさん!」


「……なんだ?」


「僕やアイナもそうですが、魔導士達の魔力消費が予想以上に大きいです。すぐに魔力切れになる訳ではありませんが、魔物の出現頻度を考えると……三合目辺りで引き返さないと帰りの魔力がなくなります」


「ふむ……珍しく立案があると思えばそんなことか。魔物を多く討伐して名を上げるチャンスなのだぞ? 途中で引き返すなど許さん」


「なっ……魔力が無くなれば、今度こそ負傷者が出るかもしれないのですよ!」


「いつも我々の背後で魔法を撃つだけでは心まで臆病になるようだな! 爵位も持たない平民風情が、黙って命令に従え!」



 爵位を笠に着て先のことを考えずに己を過信するベルマンに、ルフトは絶句してしまう。


 何より、同じく魔力を消費しているはずの領主軍の魔導師でさえ、危機を感じていない様子なのだ。


 辺境伯の領主軍という矜持がそうさせているのだろうが、状況は客観的に見なければならないのだ。



 とは言え相手は父と同じ騎士爵。

 これ以上は逆らえず、ルフトとアイナは仕方なく領主軍の後をついて行った。

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