第7話

「この胸の高鳴り……ついに復活したのですね、主様」



 鬱蒼とした森の奥、誰の目にも触れないその場所で、一人の女性がそう呟いた。


 『転生する』と言葉を残し、消えてしまった主を想い幾星霜。

 彼女はかつてのヴェルトが作り出した魔導書・・・であるが故、その魂を受け継いだ転生体が目覚めた・・・・ことを感知していた。



「あぁ、主様……わたくし、カルディネがすぐにお迎えに上がります。待っていてください」



 恍惚の表情を浮かべてそう漏らすカルディネは、ゆっくりと進行を開始する。その後ろに、数えきれないほど大量の魔物を従えて。



        ♢♢♢♢




 約一週間後、俺とフリードを乗せた馬車は、アンブルフ領も所属する『ファーディナント王国』の王都に到着した。


 護衛はいない。まぁ、無駄に護衛が多くても煩わしいだけだし、騎士爵の父フリードと俺しかいないのに、護衛も何もあったものではないだろう。


 ちなみに、父フリード御者の担ってもらっている。まさか、父フリードに馬車を操る繊細さがあったとは……これも騎士としての経験の賜物か。



 しかし馬車のスピードには不満が残ったな。そもそも馬車じゃなくて魔導四輪機の方が圧倒的にスピードが出るのだが……



『魔導四輪機の現物は、遺跡から出土したものしか残っておらず、使えるものは一つもありませんよ。アーティファクト……というより、先史遺産オーパーツ的な扱いとなっています』



 ……ということらしい。

 魔力さえあれば飛ぶようなスピードが出て好きだったんだが仕方ない。


 仕方なく俺は、馬に強化魔法バフを盛りまくってスピードを上げてみた。



 そうして予定よりも早く王都に着いた俺達は、王都で一泊したのち、早速ルーメンス神殿へと向かった。



        ♢♢♢♢



「神殿なのに随分賑わってるんだね」


「魔導書の下賜の儀式は毎日行われているからな」



 ルーメンス神殿を訪れると、意外なほどに人で賑わっていた。

 よく見ると、俺よりいくつか上の子供達が多い。


 彼らもイデア……いや、『創始之書アカシックレコード』から魔導書を受け取りに来たのだろう。



 聖堂の中央には、俺の身長の3倍はありそうな大きさの結晶が奉られており、その周囲が特に賑わっている。


 間違いない。

 あの結晶は、俺とイデアを繋げるコアとして使用していた巨大な『賢者の石』だ。

長い年月が経った今でも、俺の記憶と相違ない輝きを持つ『賢者の石』が淡く光を放つたびに、周囲の子供達から歓声が沸く。



「おお! 来たぜ、火属性の攻撃魔法が使えるぞ!」


「う~~……『錬金術』だなんて、僕も攻撃魔法使いたかったなぁ」


「『結界魔法』? これってどうなのかしら」



 望み通りの魔法が得られた者もそうでない者も、一喜一憂しながら『創始之書アカシックレコード』を崇める。俺としても、誇らしいやらむず痒いやら何とも言えない気持ちだ。



「アンブルフ様ですね。お待ちしておりました。さあこちらへ!」


「あぁ、本日はよろしく頼む」



 質素だが質のよい服に身を包んだ神官らしき人物が現れ、俺達一行へと頭を下げる。騎士爵の父フリードにも腰が低い……いや、神官はこういうものか。



「変わらず御健壮のようで何よりです、フリード様」


「急な来訪で誠に申し訳ない」


「いえいえ、フリード様の勇猛さは私どもの耳にも届いております。あれだけ魔物が多い辺境で人々が平和に暮らしていけるのも、フリード様のおかげでございます」


「そう言ってくれると助かるよ」


「はい。ではヴェルト様はこちらへ……」



 俺は神官に連れられるままに『賢者の石』へと歩み寄る。すると、まるで俺が来るのを今か今かと期待するかのように『賢者の石』が淡く点滅する。


 イデア……分かりやす過ぎるだろ……。



『別にいいじゃないですか……何年ぶりのマスターだと思っているのですか!もう我慢できません!』


(……後で構ってやるから我慢しろ)


『はい……』



 素直だな。可愛いかよ。


 さて……待ちに待ったこの瞬間。

 ようやく俺の元へ、『真理を覗く者ヴェリタスイデア』が戻ってくるのだ。


 歩み寄る俺を急かすように、『賢者の石』がその瞬きを強くする。

 そう焦らすな。俺も同じ気持ちだ。


 存在を確かめるように、左の手のひらでしっかりと『賢者の石』に触れる———



『お帰りなさいませ、マスター!』



 その瞬間、淡い光が俺を包み込み、俺の中の全ての制約・・が解除される感覚があった。


 来たっ、来た来た来たっ……!

 魔力の限界はあれど、全てのタイトルを制限なく使えるこの万能感……!


この世界で起こる事象が手に取るように分かる。

俺の死後もイデアは研鑽を怠らなかったようだな、



『当たり前ですよ! マスターに恥ずかしい姿なんか見せられませんから!』


(お前は元々実体がないけどな?)


『フフフ……本当にそう思いますか?』


(えっ……)



 ———『強欲アワリティア』、『寛容インドゥルゲンティア』複合魔法———



(おまっ、何勝手に……)



 俺の身体から魔力がゴッソリと抜けていく感覚とともに、目の前に複雑な魔法陣が描かれる。俺の意思とは別に、イデアが勝手に魔法を使ったのだ。


 しかも、二つのタイトルを複合して使用するという離れ業で。


 魔法陣が放つ神々しいまでの輝きに、神官や他の聖職者も、魔導書を貰いにきていた子供達も、皆が呆然とした表情で目を奪われている。



 徐々に収まる光の中から現れたのは――女神の如く美しい妖精であった。


 ヴェルトの小さな手でも両手なら乗れるぐらいの大きさで、さらりとした金糸の髪をお尻の下まで伸ばしている。


 そして、世にも珍しい虹色の瞳アースアイと先の尖った耳、神の造形だと言わんばかりに整ったルックスとプロポーション。


 さらにガラス細工のような美しい羽を見れば、誰もが妖精と信じて疑わないだろう。



 そんな妖精はヴェルトの眼前へと舞い降りると、彫刻のように美しい裸体を隠すでもなくふわりと微笑み、ヴェルトの頬に自らの頬を擦り寄せる。



「ようやく触れることができましたね、マスター」


「お前……イデアか?」


「はい、マスターのイデアです!」



 満面の笑みで俺に飛び付いてくるイデアを、仕方なく受け入れる。そっと頭を撫でてやると、気持ち良さそうに息を漏らした。


 ……触った感じも本物そっくり……どれだけの複雑な魔法を使ったんだか……。



 と、そんなことをしていたら、しばらく放心状態だった神官が起動し、勢い良くその場に平伏した。他の聖職者達も同様。



「ま、まさか、あれは女神様……」


「伝承通りの……なんと、なんと美しい……」


「女神様と親しげに……あの少年は女神様に選ばれたとでも言うのか」


「それが本当ならば、もしやあの少年は神の御使い様……?」



 おいおい、めっちゃ不穏な声が聞こえるな……。

 平伏したままの聖職者達が小声で話しているのをみて、只事ではないことは容易に察することができる。



(イデア、お前何した?)


『人間の発展に関して、魔導書を与える以外は手を出さないようにはしていたのですが、実は少しだけ……自然災害だとか感染症だとか、それこそ人類滅亡クラスの災害の時に、この姿で……』


(あぁ、なるほどね)



 納得した。

 本気でヤバい時に突然現れ、人々を救って居なくなる美しい妖精……そりゃ伝説にもなるよな。


『美しいだなんてそんな……でもここ数千年は姿を見せてなかったのに、この方達は良く分かりましたね』


(大方、文献か言い伝えで残ってるんだろう。……はぁ、イデアのお陰で今後が面倒になりそうだな)


『す、すみません! マスターに触って貰えると思ったらつい……』


(いや、目立つのは構わん。だが絡まれるのも面倒だから早いところ引き上げ……)


「お、お待ちください!」



 ほらきた。女神様(通称)の再臨を目の前に、神殿の者が黙っている訳がない。踵を返した俺を、必死……というか鬼気迫る表情で取り囲む聖職者達。



「御使い様、どうかこちらへ……」


「女神様の御言葉を聞かせていただきたく……」


「是非とも神殿の象徴に……」


「お断りします」



 口々に勧誘してくる聖職者達を食いぎみに断る。『別次元の理解』に足踏みしてる暇など無いのだ、こんなところで留まっていられるか。


 しかし神殿側も、断られてすんなりと引き下がるわけもない。



「い、いやしかしっ、我々は女神様の……」


「申し訳ありませんが」



 なおも食い下がる神官の言葉を遮って、イデアが口を開いた。両手を胸の前で組み、祈りを捧げるような体勢のイデアを見て、神官達はすぐさま押し黙って視線を向ける。


 まるで、イデアの言葉を僅かにも聞き逃すまいとするかのように――



わたくしはマス……ヴェルト様と共に行くと決めたのです。邪魔をするようでしたらその時は……分かっていただけますか?」


「は、はい……」



 イデアの口から放たれたのは、ハッキリとした拒絶であった。女神様(だと思っている相手)からそこまで言われては、信仰心の強い彼らは従う他にない。


 もちろん、『その時は……何をするつもりですか?』などとは、とてもじゃないが聞ける訳もない。



「ぁ、もちろんわたくしやヴェルト様についてのことは一切他言無用ですよ」


「「「「 」」」」



 小さな姿の女神様から放たれる謎のプレッシャーに、神官はただただ頷く他になかった。


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