第6話

「って、あぁぁぁぁっ!!」


「ど、どうしたアイナ!?」



 俺が思考を巡らせていると、突然アイナが叫び声を上げた。

 余りにも突然で、兄ルフトや父フリードまでもビクッと肩を震わせている。



「お兄ちゃん! あのシトリスの木、大切に育ててたのに!」


「「あ……」」



 姉アイナの視線の先には、先ほど兄ルフトの魔法によって幹が折れてしまった一本の木があった。確かに、姉アイナと母ヴィーナが丹精込めて育てていた木だ。


 シトリスは黄色で甘酸っぱい小ぶりな果物で、お菓子作りに重宝される。皮や葉も料理などの香りづけに使われたりと、とても身近な果物だ。


 俺もシトリスを使った母や姉のお菓子は好きだし、これは勿体ない。そこで……



(イデア、『寛容インドゥルゲンティア』使えるか?)


『もちろん。……と言いたいところですが、魔力活性化オーバードライブモードになれない為構築に時間がかかります』


(構築は俺がやる。逆に制御は任せるぞ)


『ではそのように……』


「ヴェルトちゃん……?」



 おもむろに折れたシトリスの木に歩み寄る俺に、目じりに浮かべた涙を拭いながら姉アイナが呟いた。そんな姉アイナの涙を掻き消すように、シトリスの木を中心に魔法陣を描き始める。


 魔導書『真理を覗く者ヴェリタスイデア』が包括する14のタイトルの内の一つ、『寛容インドゥルゲンティア』。


 ここには、自然――主に植物に関する俺の研究成果が記されている。植物の生態、構成、進化、などなど……これだけの理解があれば、折れたばかりの木一本を再生するなど容易い。



――『寛容インドゥルゲンティア』の法、【アグロノアーツ】――



 徐々に描かれていく、気の遠くなるほどに複雑な魔法陣。

 姉アイナはもちろん、母ヴィーナも父フリードも、全員が目を見開いてその光景を眺めている。


 それは、『想像以上』どころではない。『人智を超えた』と表現すべき、超魔術・・・。余りに高度なその魔法を欠片も理解できない彼らは、ただただ呆然とするだけだ。



 全盛期なら一瞬だったんだが、流石に構築は遅い……が、効力自体は何も変わっていない。


 4人の視線を感じる……やはりこうでなくては。

 前世の頃からそうだ。俺を畏れ、敬い、驚愕する視線がたまらなく好きだ。



 その眼によく焼き付けろ。

 俺の魔法を間近で見れたことを光栄に思うが良い。

 ふふ……ははははっ!

 これこそが魔法・・だ!



『マスター、生き生きしていますね……』



 イデアの呟きはスルー。

 魔法陣が完成して数秒後、シトリスの木は、伐り倒される前の状態とほとんど変わらないまでに再生していた。












「こんなぐらいでいい?」



『アグロノアーツ』によるシトリスの木の再生が完了し振り向くと、全員の目が点になっていた。まるで時空魔法をかけられているかのように硬直している。



(やりすぎたか……?)


『そうですね。植物と言えども生物は生物。その再生は不可能、というのが今の一般常識です』


(つまりなんだ、あの数十秒で俺は常識を覆したと?)


『その通りです』


(チョロすぎるだろ)


『すみません……私の力ではこれが限度でした』


(いや、いい。お前の気持ちは伝わっている)


「な、なぁ……今のはヴェルトが?」



 しばらくイデアと脳内会話を交わしていると、ようやく父フリードが再起動したようだ。



「そうだよ?」


「折れた木を再生させるとは……まさか伝説の蘇生魔法……」


「蘇生魔法とは違うんだけどね……。あれは肉体再生と魂の固定、呪術系の魔法に分類されるから。今やったのは、単純に折れた木の断面の細胞を活性化させ、分裂を促して治しただけ。骨折が治るのと同じだよ」


「「「「???」」」」



 あ、これ、誰も分かってないな……。

 簡単に説明するが、全員が頭の上に『?』を浮かべているのが幻視できる。



「……よし、ヴェルトがおかしいということがよく分かった!」



 おいおい父さん、それは酷いだろう。

 考えることを止めてスクッと立ち上がった父フリードは、木剣を兄ルフトに預けて服についた土を払い落とした。



「約束は約束だ。神殿に取り合って何とか魔導書を受け取れるようにしよう。何、これでも私は辺境を守る騎士だからな。『国防のため』とすれば神殿も無下にはできまい」


「ありがとう、父さん」


「いいんだ、ヴェルト。正直、今この領の周辺で魔物が増えていてな、ヴェルトが戦力になってくれるのなら、俺としても助かるんだ」



 魔物が増えている……か。母さんも言ってたな。

 それは少し気になる話だ。



「それにな、ヴェルト。導書を持っていない状態でさえ魔法が使えてしまったお前が、魔導書を手にしてどこまで行けるのか興味が出た。父さんに任せておけ!」



 そう自信満々に胸を張るフリードの表情は、いつになく輝いていた。


 助かるよ、本当に。

 この恩は、いつか必ず。

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