第5話
「嘘……ヴェルトが父さんに勝った……?」
普段は俺のことを手放しに誉める姉アイナも、驚きに目を見開いて俺を見ている。
兄ルフトも同様で、信じられないものを見たとばかりにぽかんとしていた。
……まぁ、こんな反応になるよな。
真剣勝負ではなかったとは言え、10歳の子供が大の大人を、それも騎士爵家の当主を倒したら信じられないだろう。
「いや、父さんは最初油断してたでしょ?そこを突いただけで……」
「いや、そこじゃなくて。ヴェルトが魔法を……?」
「え、だって魔法も何でも使っていいって……」
「いやいやいや……魔導書を持っていないヴェルトが魔法を使えるなんておかしいだろう?」
「えー、でも実際に使えるし」
「だからぁ……なんかこっちが自信無くなってきたよ……。間違ってないよね?」
自信無さげな声色になっていく兄ルフトが姉アイナに視線を送る。
姉アイナはというと、コクコクと首を縦に振るだけである。
そんなやり取りをしている間に、母ヴィーナは父フリードの介抱に行き、ようやく父も目を覚ましたようだ。俺に負けた悔しさと、母ヴィーナに膝枕されている嬉しさが混ざった微妙な表情をしている。
「痛ててて……ヴェルト、お前は一体何をしたんだ?」
「大したことないよ? 【魔力撃】のフェイントで隙を作って、そこに【縮地】突っ込んで、最後は【身体強化】で肘撃ちと背負い投げを……」
「「大したことあるわ!!」」
父フリードと兄ルフトの声がハモる。
ビックリした……急に大声出すなよ……。
父さんも兄さんもすごい剣幕だし、怖いよちょっと……。
父さんは頭を抱えて唸ってるし、兄さんは遠い目をして『僕の苦労は一体……』なんて呟いてるし、そこまでのことか?
(イデア、お前が簡単な魔法ぐらい与えてるんだろ?)
『はい、そこは間違いなく。ただし、今の世界では魔法の行使に魔法陣や詠唱が伴うもので、マスターのように即時発動できる者はほとんどおりません』
(ほとんどって……この世界に?)
『はい』
(まじかよ)
それは確かに、この世界の魔法レベルが低下している。
それも、想像以上に凄まじく。
「あれぐらいなら初歩の初歩だし、誰だってできるでしょ?」
見開かれた八つの目が一斉に俺に向けられ、沈黙が支配した。
「ダメだ、常識が通用しない」
「これじゃ兄としての立場が……」
「ヴェルトちゃん、もしかして天才……?」
しばらく沈黙したと思ったら、父さんと兄さんが顔を突き合わせてヒソヒソと話し始めた。そして、姉アイナはぽーっと浮かされた表情をしている
一体何なんだ……。
「よし、ならヴェルトには今から常識を教えてやる! ルフト、見せてやってくれ」
「うん……ヴェルト、今から僕が魔法を使うから見ていてね」
おぉ、兄さんが魔法を見せてくれるのか。
兄さんは確か風魔法が使えるんだったっけ。
さぞかしすごい魔法が……
「唸れ、我が魔力よ」
……なるほど、詠唱か……。
いや、詠唱が悪いわけではない。
魔力のコントロールを補助する詠唱は、魔力がある程度自由に使える者であれば、痒いところに手が届く技術である。コンマ一秒を争う戦闘時でなければの話であるが。
それに、詠唱による恩恵を最も受けられるのは『魔力のコントロールができる者』だ。魔法陣+詠唱による二重魔法など、ある程度魔法が自在に扱える者であればその恩恵は大きい。
しかし、悪いが兄ルフトの魔力コントロールを見ていると、控えめに言っても全然ダメだ。なんかこう……魔法二輪機のタイヤを外し、補助輪だけをつけて走っているようなもの。
いつ壊れてもおかしくなく、壊れなくてもまともな走りができるわけもない。
「渦巻く幾陣の風となり、立ちはだかる敵を切り裂け!ウィンドカッター!」
そんなことを考えている間に、詠唱が完成したようだ。
案の定、放たれた風は決して強いものではなく、不安定な風の刃が正面にあった木に向かっていった。
一応ウィンドカッターとしての効果は発揮されたようで、手首ほどの太さの木の幹を抉り、木はミシミシと音を立ててゆっくりと折れた。
「これが初級魔法ですか? これぐらいなら……」
「いや、今のは僕が使える一番威力のある魔法だよ」
……マジで?
うーん……今の魔法だと、魔法防御のある普通の騎士相手ならせいぜい傷を負わせる程度か。それも、鎧などで守っていない部分にだけ、であるが。
「これが常識的な強さだ。普通であれば、ルフトの歳であっても
うへぇ、マジか。
普通、魔法を使う場合は、魔力を魔導書に送り、魔導書に記してある術式を起動して魔法を行使する、という手順を踏む。
この魔導書へ魔力を送るパイプを無くし、魔導書と一体となった状態が
戦闘を売りにする魔導士にとって、基本中の基本である。
これが出来なければ、剣を持たずに剣士を名乗るようなものだ。
「じゃあ、父さんたちは魔導書に術式を書き込んだりは?」
「術式を書き込む? そんなことができるのか?」
「えっ……」
冗談ではなく、本気で分からないと言った表情を見せる父フリード。
おいおい、それじゃあ……
「じゃあ父さんたちの魔法は……」
「魔法はもともと魔導書に記してある。魔法ってのはそういうもんだろう?」
この世界の魔法の弱さが分かった気がする。
魔導書とは、俺達魔法使いの鏡であり、研究レポートであり、積み上げた歴史でもある。
研究を進め、新たに術式の書き込みをしていくことによって魔導書が成長し、魔導士自身も成長するのだ。
俺の『
つまり、自分で努力して魔導書を強化しなければ、魔法の上達は見込めないのである。
おそらく、父フリードや兄ルフトは、そのことを知らない。そして、そんな兄ルフトが同年代でトップクラスというのなら、他の大勢もそうなのであろう。
俺の目的である『別次元世界への理解』の協力者を見つけるどころじゃない。改めてこの世界の事情を把握しておく必要があるな……。
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