第4話

 父フリードがイノシシの魔物を捌くのに時間がかかり、今は夕方とまでは行かずとも、気温が下がり始める時刻となっている。


 少しだけ肌寒いと感じる風が頬を撫でる中、俺と父フリードは対峙していた。



「ヴェルト、大丈夫かしら……」


「父さん! ヴェルトちゃんに怪我でもさせたら嫌いになるからね!」


「まぁまぁ二人とも、ヴェルトも試合を受けるぐらいなんだから秘策でもあるんだと思うよ。」



 庭先には母ヴィーナ、兄ルフト、姉アイナも見に来ており、心配そうな母ヴィーナと姉アイナとは対照的に、どんな戦いが見られるかと兄ルフトは興味津々だ。



「ルールは単純! 剣でも魔法でもなんでもありだ! ただし、剣は木剣を使うこと。どちらかが気絶するか降参宣言、もしくはルフトが危険と判断して止めた時が試合終了だ。問題ないか?」


「うん、大丈夫だよ」


「良し! では父さん納得させてくれ!ルフト、始めてくれ」


「うん。……それじゃ、お互い準備はいいかな? では……始めっ!」



        ♢♢♢♢



 まさか、こんな風にヴェルトと試合をする時が来るとはな。

 何より意外だったのが、ヴェルトが我が儘を言ったことだ。


 ルフトもアイナも優秀だからか、ヴェルトも幼い頃から対抗心を燃やして何でも一人でやりたがった。


 決して、ヴェルトが劣っていると言うわけではない。何でも一人でやりたがって、結局できてしまうヴェルトはむしろ、上の二人より才能を持っている可能性すらあるんだからな。



 そんなヴェルトがどうしてもと、俺に頼んできたのだ。

 答えてやるのが父親だろう。

 試合を提案したのはあくまで口実だ。

 本当は悩むまでもなく了承してやりたい。


 が、ヴェルトの身を案じているのも事実。



 だから、ヴェルトが慢心しないように、俺も手を抜かずに相手をするつもりだ。少し手痛く負かしてやれば、今後も無茶はしなくなるはず。


 その上で、「惜しかった」とか「予想以上だった」とか、適当に理由をつけて許可を出してやれば、ヴェルトも喜ぶだろう。



「父さん! ヴェルトちゃんに怪我でもさせたら嫌いになるからね!」



 観戦にまわっていたアイナからの精神攻撃に、思わず苦笑いしてしまう。

 まったく……仲がいいことは良いことだが、甘やかしてばかりはダメだ。それに、アイナも弟離れができるのか……。


 ヴィーナとアイナを嗜めるルフトへと声をかけ、試合開始の合図を待つ。


 使い慣れた木剣。魔物との戦闘で多少疲れたとはいえ、コンディションは絶好と言えよう。


 果たして、ヴェルトはどんな戦いを見せてくれるのか。



「始めっ!」



 ルフトによって試合開始の宣言がなされた。

 さぁ、ヴェルトの戦いを見せてくれ!



        ♢♢♢♢



 さて、兄ルフトによって試合開始の宣言がされたが、父フリードは動く気配がない。俺が動くのを見て、それに対応するつもりなのだろう。



『サポート致しましょうか?』


(いらん)


『え?それでは魔法が……いえ、マスターには愚問でしたね』


(あぁ、術式が無いのなら作れば良い)



 おそらく、この世界の常識としては、『魔導書がなければ魔法を使用できない』という考えなのだろう。


 『魔法』とは、魔法陣や詠唱、トリガーなどの術式によって魔力を様々な力に変換し放つ技である。機械が動くのと同じように、人間の魔力バッテリー魔導書システムの二つが揃い、初めて機能するのだ。


 だから『魔導書がなければ魔法を使用できない』というのは強ち間違ってはいない。



 ……のだが、よく考えて欲しい。

 そもそも、『真理を覗くものヴェリタスイデア』に術式を刻んだのは俺なのだ。


 俺が、何の変哲もない一枚の紙に術式を創造し、長い年月をかけて『真理を覗くものヴェリタスイデア』を造り出したのだ。


 今、魔導書を持っていないとしても、あの時と同じように一から術式を構築すれば良いことだ。


 あとは……魔法を使えないと思っている家族みんなの度肝を抜いてやるだけ……!



 腰だめの木剣を構え、足元の地面に魔法陣を構築する。使用する魔法は【魔力撃】。魔力を衝撃波にして飛ばすだけの簡単な魔法のため、魔法陣の構築は一瞬で終了する。



「なっ!?」



 俺が魔導書も無しに魔法を発動したのを見て、父フリードは驚きの声をあげる。しかしそれで隙を晒すようなことはなく、剣に魔力を通して防御を固める。


 そうはいかない。

【魔力撃】の魔法陣を放置して、【縮地】を発動!

魔力をコントロールして一瞬だけ消えるようなスピードを出せる【縮地】で、父フリードの横へと回り込み、横薙ぎに剣を振るう。



「ぅ……おっ!」


「っ!」



 これは残念。

 木剣が父フリードに当たると思われた直前に、父フリードの木剣が間に滑り込んで受け止めてしまった。



 父フリードは不安定な体勢のため、本来なら押し切って然るべきだが、如何せん今の身体では力負けし、両手で力を込めても片手の父フリードの剣を押しきれない。


 仕方ない。父フリードの体勢が崩れたから、今回はそこを突かせてもらおう。



「うおっ!」



 鍔迫り合いになった剣を斜めに向け、身長の小ささを利用してさらにもう一歩間合いを詰める。


 すると、支えを失った父フリードの剣は俺の木剣の表面を滑り、俺の背後へ。

 ここで一発。



「ぐっ……!」



 抉るように突きだした肘が、父フリードの腹部に突き刺さる。

 続いて、体勢を直そうとした父フリードの動きに合わせて足を引っ掻けてやれば……



「んんっ!?」



 子供の力でも簡単に倒せる。

 とはいえさすがは騎士爵位持ち。とっさに身体を捻って片膝を付き、仰向けに倒れることは防いだようだ。



「ちょっ……ヴェルト、待っ……」


「待った無し!」



 ここで、さっき放置しておいた【魔力撃】の魔法陣を発動し直す。

 父フリードは片膝を付いた状態のため、咄嗟には避けられない――



「うおぉぉぉっ!ぐはぁっ!」



 発動した【魔力撃】が父フリードに直撃し、その身体を弾き飛ばす。数m飛ばされた父フリードは今度こそ仰向けに倒れ込んだ。完全に伸びてるようだ。



「嘘……ヴェルトが父さんに勝った……?」



 母ヴィーナや姉アイナだけでなく、兄ルフトでさえも、信じられないものを見たとばかりにぽかんとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る