さよならは糞くらえ
於人
さよならは糞くらえ
人を見た目で判断してはいけない、とよく言われるけど「酒を名前で判断してはいけない」というのは僕のそれなりの持論だ。世の中にいろんな人がいるように、この世の中には実にいろんな酒があるわけで。
酒を飲み始めてまもない頃、近くのバーで、目についたカクテルがあった。ブラッディ・メアリ。血のメアリ。名前は狂信的なカトリック教徒で、三〇〇人ものプロテスタントを処刑したことでも知られる、あのメアリ一世に由来する。名前に棘があってピンときたので、頼んでみることにした。
カクテルが運ばれてきて、びっくりした。本当に血のように赤いのだ。それもあまり健康的なタイプの血の色ではない。どろっとした流れの淀んでいそうな血管を流れていたそれだ。
何を隠そう、このブラッディ・メアリはウォッカをトマトジュースで割ってつくる。人によってはこれに食塩、コショウ、照り焼きソースなんかを入れて、自分好みに味を整える。
カシス・オレンジとか、フラミンゴ・レディとかの甘いカクテルを好んでいた僕の舌にはどうしても合わず、ついに飲み切ることができなかった。トマトジュースは大の苦手だった。
日本酒に話題を変えると、これは名前によらず、なかなか良いものがあった。
いつものように日本酒をください、と店で注文すると、
「面白いのが入ってますよ」
と言われて出されたのが、「ヒモノラ」だった。沼津の名産である干物に合うように意識して醸造された辛口純米酒。ラベルには、人々においしく食べてもらい、あまりに気持ちが強くなりすぎた怪獣──いや干物──であるヒモノラが描かれている。味確認(みかくにん)生物ヒモノラというロゴもなかなかウィットが効いていていい。
干物に合う酒ということで、ししゃもと一緒に飲んでみたのだけれど、これが見事だった。酒の辛さが、燻製されたししゃもの香ばしさ、ししゃもの旨みをうまく引き立てている。おかげで初めは五匹もあったししゃもすぐに消えてしまった。
酒好きからしてみれば、ゴジラやモスラなんかの怪獣よりも、恐ろしいのはこのヒモノラのペアリングかもしれない。
話をカクテルに戻す。さて、そろそろ会計にしようと席を立とうとした時、隣の男が、
「兄ちゃん、この一杯だけ飲んで帰りな。俺が出すから」
と一杯のカクテルを奢ってくれた。その日はもうだいぶ飲んでいたから、断ろうかとも思ったが、男はもうオーダーしていたので大人しく飲むことにした。
そうして出されたのが、「アディオス・マザファッカー」だった。アディオス(Adios)はスペイン語でさようなら、という意味だから、
さよならは糞くらえ。これがこのカクテルの名前ということだ。
ブルーハワイを思わせる青さの中に、スライスされたレモン。名前こそパンチが効いているけど、案外飲みやすそうだな、と思って一気に飲んですぐに後悔した。
《まさに歯磨き粉を飲んでいるような味》だったからだ。
見ると、男はいやにニヤニヤとしていている。さも不味かろうと言わんばかりに。一杯食わされたではないが、《一杯飲まされた》わけである。
やはりこういう酒を飲むと、酒の名前と味は一致しているように思うし、そうでもないのか、とも思う。まぁ、結局何が言いたいかというと、この世界には実にいろんな酒があるということだ。
さよならは糞くらえ 於人 @ohito0148
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