第1話 大学の講義室

 夏の日差しが窓から差し込む大学の講義室。蝉の鳴き声が遠くから聞こえ、暑さがじわりと感じられる。


 女子大生の鈴木彩香は、講義に集中できずに窓の外を見つめていた。講義室の窓から見えるのは、青く広がる空と、わずかに揺れる緑の木々。白い雲がゆっくりと流れ、夏の風が葉を揺らす様子が見える。


 彩香の目は、窓の外に固定されたまま、何かを探しているようだった。彼女の心は遠くにあり、現在の講義の内容にはまるで興味がない。講師の声が背景の雑音のように聞こえ、周囲の学生たちのノートを取る音がかすかに耳に入る。


 彩香の表情には、どこか物憂げな影があった。眉間には軽い皺が寄り、唇はきゅっと結ばれている。彼女の手は机の上で無意識に動き、ペンを転がしていた。


 ふと、彩香は窓の外に目を戻す。木々の間から見える空は、一瞬の安らぎを与えるようだった。だが、その安らぎも一瞬で消え、再び現実に引き戻される。


 「ねえ、彩香。今度の週末、映画行かない?」


 隣の席に座る友人の美咲が声をかけてきた。美咲は明るい笑顔で彩香を見つめている。


 「うん、いいね。何を見るの?」


彩香は微笑みながら答えたが、その目はまだどこか遠くを見ているようだった。


 「アクション映画がいいなって思ってるんだけど、どう?」


 「うん、それでいいよ。楽しみにしてる。」


 美咲は満足そうにうなずき、他の友人たちとも話し始めた。


 授業が終わり、教授が退室を告げると教室内は一気にざわつき始めた。学生たちは机の上のノートや教科書を片付け、友人と話しながら次の予定に向かう準備をしていた。彩香もまた、ノートを閉じてバッグにしまった。


 「ねえ、彩香。今日この後どうする?」と、隣の席に座っていた美咲が声をかけてきた。


 彩香は少し間があった後、笑顔を作って「特に何も。この後バイトだから、家に一度戻ろうと思ってる。」と答えた。


 「そっか…じゃあ、また明日だね!」

 

 美咲は少し名残り惜しそうに手を振りながら、他の友人たちと一緒に教室を出て行った。


 教室内は次第に人が減っていき、彩香も立ち上がってバッグを肩にかけた。廊下に出ると、他の学生たちの話し声や足音が反響していた。彩香は人混みを避けるようにしながら、静かに校舎の出口に向かって歩き始めた。


 階段を下りていくと、涼しい風が吹き込んできて、外の暑さを一瞬和らげた。校庭にはまだ多くの学生が集まっていて、友人同士で笑い合ったり、スマートフォンで写真を撮り合ったりしていた。彩香はその様子をちらりと見ながら、校門を抜けた。


  外に出ると、日差しはさらに強烈で、アスファルトの熱が足元から伝わってくる。彩香は自転車置き場に向かい、鍵を外して自転車にまたがった。これから家に戻り、アルバイト先の居酒屋へ向かうための準備をしなければならない。


 ペダルを漕ぎながら、彩香の頭の中には今日の授業内容や友人たちとの会話がぼんやりと浮かんでいたが、次第に別の事が心の中を占めていく。家に帰るまでの道のりは、暑さの中で思いにふける時間となった。

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