朝ご飯はお腹いっぱい食べたい
「寒い」
エチレンが目を覚ますと、まずそんな言葉が出てきた。そして毛布を顔まで引っ張って埋まった。
"いやだめだ、今日はいくらなんでも起きないと!"
"いいや、予定はある程度余裕を持っているんだ、もう5分くらい寝ても大丈夫さ"
エチレンの頭の中で天使と悪魔が交互に囁いた。この声が包容力のあるお姉さんと小さくて生意気な女の子だったなら一生起きず、かと言って眠らずに両耳をすましたろう。
しかし残念ながらこの悪魔はエチレンの思考によって生まれたのだ。C.Vエチレン・フィルターの一人二役なのだ。
「エッチレン〜〜〜フィルター!起きてるかー!起きなさーい!」
どたどたとうるさい足音を鳴らしてに扉の前へ来たそいつは青龍という男だった。
彼は背が高く、筋肉があり体術、剣術、槍術、弓術に長けている。基本的にうるさいということと、魔法の類が下手くそなこと以外欠点がなくい。
「青龍や、」
ダン!と強く扉をノックしてきた。
「おら開けんかいおらぁ!」
ドンドンドンと何度も扉をたたきエチレンの起床を手伝う青龍、なんて優しいんだろうか。
「青龍や、はよ開けんかいおらぁ!」
ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン
「あ〜〜けるから今、」
エチレンはこのままでは扉が壊れてしまうと思い無理やり体を起こした。鍵を外すと扉が押されて青龍が入ってきてもう一度言った。
「はよ開けんかい!」
「…………おはよ」
「おはよう、ちゃんと朝ご飯食べろよ」
「………………はい」
灰色を青く染めた長髪を揺らして青龍は部屋から出ていった。
「あ〜〜〜〜眠い!」
エチレンは朝に弱いのだ。しかし今日は絶対に寝坊は許されない。高校受験があるのだ。厳密には学校が遠いため受験日の1日前である今日に出発するということだが。
エチレンは部屋にある洗面台の前でボサボサの赤いくしを通して長い髪を後ろで結んで視界を遮る前髪を横に引っ張って分けた。顔を洗って保湿用のクリームを顔に塗った。
中学校の制服に袖を通した。受験は礼服で受けるものだ。エチレンは貴族の身分だから適当な恥ずかしくない格好でも良かったが、友人たちと揃えたかった。
ワイシャツのボタンを留めてズボンに裾を押し込んだ。ブレザーは着心地が気に入らないのとネクタイは面倒なので食堂へ持っていって椅子に掛けた。
「おはようございます、エテン」
「うん、おはよう」
メイドのアイドリンが挨拶をしてきた。アイドリンは背が高くてつやつやの黒髪で美人で指が綺麗な人だ。"やべぇかわいい〜結婚してぇ〜"と彼女を見る度にエチレンは先祖たちに祈った。
「調子はどうですか?よく眠れましたか?」
ずいっとエチレンの顔を覗き込んできてドキッとした。
"かわええ"
「うん、よく眠れたよ。昨日はありがとうね。」
よく眠れるようにと温かいミルクを寝る前に持ってきてくれたのだ。実際は胸が熱くなってしびらく寝れなかったけれど、ある時途端に眠りに落ちて真夜中に目を覚ますことはなかった。
「よかったですね。朝食の用意ができていますので、どうぞ」
彼女は屋敷の掃除と料理と洗濯をすべて一人でこなしていて1日以上休んでいるところをエチレンは見たことがなかった。
今日からおよそ3日屋敷を開けるのでせめてその間だけでも休息をとってほしいと思った。
朝食は歯ごたえ抜群のレタスとチキンのサラダ。強く胡椒が効いている。エチレンの好みだ。
マヨネーズで味付けされたカツサンド。うまく衣がしんなりとパンと馴染み一体となっている。しかし噛むとかりっとした歯ごたえが口内に響く。肉汁と柚子胡椒のタレがパンと衣に染み込んで味が飽きない。
そしてエチレンの大好物のオムレツ。砂糖とチーズがたっぷりと入っていてずっと味わいたくなる。チーズがじびび〜んと頬を痺れさせとろとろの甘い卵が口内を癒やす。
デザートに少し柔らかいカヌレ。本来はもっとカリカリとしているものだがアイドリンが失敗してふやけてしまったのを食べたとき、エチレンの好物となった。
「アイドリン。」
「はい」
「すごく美味しい。」
「ええ、そうでしょう?」
ふふんと笑って喜んでくれた。"かわちい"
「満喫し過ぎじゃないか?」
"まったく、空気ってものが読めないのかこいつは?"あまりにも遅いからと青龍が再度迎えに来た。
「失せろ平民が。」
エチレンは彼女との時間を邪魔されるのが嫌いだった。
「絶賛暴落中だろお宅」
「ごちそうさまアイドリン。留守にする間ゆっくりしてていいからね。」
ナプキンで口を右から左へ拭って立ち上がってブレザーとネクタイをとった。
エチレンは玄関に向かいながら"ああ、ほんとうに始まってしまうのか"と思った。エチレン達が志願する高校はここブロック県から少し行ったシールド県にある。徒歩で通える距離でないため寮で過ごすことになる。もちろんそれは合格してからのことだし、入学までの間はまだこの屋敷で暮らすことになるが少しの時間しか残っていない。
「エテン、青龍、行ってらっしゃい」
お辞儀をしながら見送ってくれるアイドリン、"行ってらっしゃい、いい言葉だ。"だってそれはまた帰ることが当たり前に思える言葉だから。
「うん、行ってきます。」
イロモノタチ ぬるぬるわわお @bunkakuyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。イロモノタチの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます