冷たい風

ふと昨日の部活の声がよみがえる。アップとロングパスの練習が終わって一息ついているところに、コーチが声をかけてきた。


「ロングシュートをけれないようじゃ、使えないぞ。」


他のみんなは当然のようにけれる。軽々と彼らが蹴ったボールは太陽が照りつける青空の中に吸い込まれていく。


だが俺はけれない。習ったこともないし、それっぽい動画を見ても同じことをやっているつもりなのにできない。センスがないとは、こういうことだろうか。どうせあいつらは裏でバカにしているに違いない。


冷たい風がふく。思わず身が震える。周りはもう暗くなっていて、薄暗いモヤがたちこめていた。もう直ぐ冬も近い。その分日が暮れるのも早い。


もう一度、ボールを蹴る。動画にあったように、親指を押し上げる感じで。少し上がった中途半端なグラウンダー。暗い中微かな電灯に照らされたそれは、あまりに不格好だ。


帰ろうか、いや、あいつらの顔が頭に浮かぶ。嘲笑う声が聞こえる。一層力を入れてける。夜の闇に鈍い音が響く。


何度蹴っても変わらない。彼らと僕は本当に同じ人種なのかと思えてくる。できる気のしない苛立ちだけがつのる。


ふと、ジャーという音がした。なんだろうと思い、音の正体に気づいた。公園の隣の家がカーテンを勢いよく閉めた。考えれば当然、近所迷惑だ。こんな時間にボールを蹴るガキは、クソガキだろう。


けれど、申し訳ないけれど、そんなことには構っていられない。無神経で厚かましいふりをするしかない。今日できなかったら、次にいつになるかはわからない。


学校から帰ってボールを持って出たら、もう日はかなり傾いている。子供が使っていることも多い。そもそも球技のできる公園は近くにほとんどない。学校では蹴れない。


部活が始まれば、勝手なことは許されない。終わったらレッキをかける。。

家の中では当然けれない。動画を見ても意味がわからないから、やるのだ。


さらに力を込めて蹴った。夜の闇に響く衝撃音。足の痛みと冷たい風。


やめよう、と将一は思った。



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秋灯の中で 保志零二 @hosi_1001

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