秋灯の中で
保志零二
夕日と公園
閑静な住宅街の中の公園。穏やかな雰囲気の中公園では歓声が響く。公園の隣にはコンクリートでできた人工的な谷がある。その中をを川がゆっくりと流れている。夕陽が反射して、水面にまばゆい光が散らばる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」
「そうね。」
若い夫婦が言った。
「えー。」
小さい子供が不満げに言った。小学生にも満たないように見える。
「そろそろ暗くなるから、晩御飯はハンバーグよ。」
「やったー!」
家族は遊んでいた百均の柔らかいボールをカバンに入れ、球技専用の柵を出た。そんな家族を尻目に、将一は立ち上がった。
もう日の入りだ。あたりは赤く染まっている。将一は帰ろうかと思ったが、リュックからスパイクを取り出した。
笑い声が聞こえた。さっきの家族だ。小さい子供の満足げな笑顔が赤く染まって見えた。
ボールを取り出した。将一はもう一度あの家族の方を見たが、眩しさで顔を伏せた。
ボールを将一は置いた。細長い箱型の、球技用スペースの中。区が子供の遊び場とうたって作ったものだ。それでも将一の家から行ける範囲には二つしかない。それ以外の場所では球技はできない。その壁に向かって、ボールを蹴る。
ばーん。
不細工な回転がかかったグラウンダーが壁に跳ね返った。壁にはうすくなった壁当禁止という文字が微かにあったが将一には見えてなかった。
ボールを取りに行き、置いて、蹴る。何回か繰り返したが、全力で蹴ったボールは嘲笑うかのように地面を這っていく。ただうるさい跳ね返りの音と、じんとした足の痛みだけが残る。
将一は表情ひとつ変えずただボールを蹴る。電車で50分かかる学校帰りで疲れていたが、ただボールだけを見ていた。何も思わないようにしていた。心を殺していた。
張り詰めた気持ちの中でボールは相変わらず地べたをはい周った。気持ちが沈みきっているかもしれない。でも自分の気持ちを感じてしまうと、もう家へは帰れなくなる、そんな気がしていた。
夕日の中で、バーンという音が響く。
街灯のあかりがつき始める。
秋の夜が始まろうとしていた。
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